恋はしていませんが ~お飾り妻と片思い夫が夫婦になるまで~

みど里

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03 新境地の妻 土壇場の夫

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 既に自国の王太子妃になった女性に、いつまでも「相談」されて頼られる事に浮かれ、恋をするユーリス含む男たち。
 王太子は、そんな彼ら、自分の妃に、警告は出している。「来るべき時まで身の振り方を考えておけよ」と。

 王太子妃は王太子と結婚できれば安泰だと考えているようで、悲しそうに「彼らはただのお友達なの」「相談に乗ってもらっているの」と言うばかり。
 彼らも「重圧を背負った王太子妃の相談に乗っているだけ」と言う。そんな彼らの中には、当然、婚約者や配偶者がいる者も多数。

 王太子はそもそも相手は誰でもよかった。家柄、容姿、教養。無難を選んだつもりが、一番厄介な物を抱えてしまった。
 失態だがあまり重く捉えていない。まとめて簡単に裁断できる地力が彼にはある。
 だが、その地盤もぬかるみ始めた。馬鹿な男たちの相手の女性からの反発、不信によって。
 王太子は近々、男たち諸共、妃を切り捨てるつもりだろう。側近はすでに優秀な者たちで固めてある。候補ですらない「妃の相談相手」など不要だった。


(基本的にものぐさなんだもの。あの人も)
 従兄弟の王子に呆れつつ、アンジェは自分が彼の立場でも、のらりくらりと同じような結果を辿るだろうと分かっている。決して棚に上げてはいない。
(優秀な人が上に立つ資質を持つとは限らないという典型よね)
 従兄弟を散々に貶しながら、アンジェは持ち込まれた契約書に目を通し、サインをした。

 後日。
 何か言いたそうなユーリスと対面し、式は挙げず署名だけで済ませ、両家の正式な顔合わせもせず。
 アンジェはまるでいつも遊びに行くように、または引っ越し気分でロンド家に嫁入りした。親からの手土産を片手に。
 手土産の中には不労所得もいくつかある。アンジェが独り立ちのため、手を出した事業で得た副産物のようなものだった。
 結局、両親は独り立ちを反対し権利を預かっていたが、婚姻に合わせてアンジェの収入源おこづかいとして返還した。

 婚姻については納得していないユーリスだが、自身の後の無さを理解はしていたようだ。だからあまりにも条件のいい契約に頷くしかなかった。

 互いに夫婦関係を求めない。
 互いの交友関係に口を出さない。
 アンジェロンド家において自由に振る舞う権利がある。
 子が出来た場合、乙に関する権限は無いものとする。
 ユーリスの離縁意思は自由とし、その際は乙からの除籍処分とする。
 夫婦の生活費用は全て甲が担うものとする。
 など、など。
 ユーリスにとってはあまりにも都合が良すぎる契約内容だ。

 ユーリスに都合がいいのではない。アンジェとロンド家が、いつユーリスを切ってもいいように組み上げた条件だったのだ。子に関してはどうしてもと嫡男夫妻が願ったもの。


 その夜。

「あら、どうなさったの」
 新しい寝室でいざ寝ようとしていたアンジェは、義母となった友人と楽しくおしゃべりをした後だった。
 そのアンジェをユーリスが訪ねてきた。
「いや……その、俺は。君を抱けない……」
「まあ、おやすみの挨拶をしに来てくださったの? 妙なところで律儀なのですね」
 寝る構えのアンジェはシルクのナイトドレスを纏い気を抜いている。いつも見ない姿にユーリスは動悸が早まるものの、浮気のような気分になって頭を振る。
「あいさつ……」
「おやすみなさい、ユーリス殿」
「あ、ああ、おやすみ」
 ユーリスの眼前で、扉が閉まった。施錠の音が鳴る。

 唖然とするユーリス。
 浮気のような気分、というのが的外れだと気付いたのは少し後になってからだった。恋する人は他人の妻で、ただ相談に乗っているだけの関係。戸籍上の妻となった人に揺れるのは、浮気と言えるのだろうかと。
 だがやはりユーリスは、まるで不義を働いた気分のまま。
 ふらふらと別宅を出て、本宅の自室へ戻らず友人たちが集う酒盛りの場所へ赴いた。

「心は無くてもいい、抱いてください」と縋りつくか。
「形式上とはいえ夫婦。貴族の務めを果たしてください」と毅然と言われるか。ユーリスの頭にその想像が全く無かったとは言えない。
 いや、むしろ、ユーリスはそのつもりでアンジェの寝室を訪れたのだ。「夫婦関係を求めるな」という契約などすっぱり頭から消えていたから。
 契約書には目を通した筈だが、自身に都合の悪い部分だけを探すのに精いっぱいだった。

 その無自覚な傲慢が、彼に訪れる未来の、ある意味決定打となった。


 アンジェは、新たに建てたばかりの別宅に部屋を貰ってわくわくしていた。ラミリス夫人と部屋の内装や家具について相談し、買いに出掛け、取り寄せ、満足そうだ。
 こだわりにこだわって選んだベッドに体を投げて、夫人との会話を思い返し笑いながら、柔らかな眠りについた。

 お飾りの妻と、片思い中の夫。
 二人のそれぞれの思惑により、このまま同居人のような関係が続いていくものと、誰もが思っていた。当人たちすらも。





「マリリア……っ、マリィ、マリィ……っ」
「はい、マリィですよ……っあ、すご、い、こんなにきもちい……なんてっ! ユーリス、どの」
「いつも、みたいに、ユーリ、と……っ、マリィ……っ」
「ええ、ええ……っ、そうね、ユーリっ……あ、あぁ、んっ、わたくし、もう……っ」
 薄暗い寝室に、肌と肌を打ち付ける音と淫猥な水音が鳴る。
 ロンド家の別宅。新しく嫁入りした令嬢にあてがった寝室であるのに、その主の名は一切夫の口から出てこない。

 しかし、抱かれているのは間違いなく。

「マリィ……! いいぞ、俺、も」
「あ、んんっ、あぁあっ! や、これ、すご……っ、イ……っ!」
 揺さぶられて、夫の筋張った逞しい腕に爪を立て、味わった事のない快楽で頭が真っ白になった妻がいた。
「でる……っ、だめ、だ、外に」
「あ、だめ、このまま、中にっ……おねがい、ユーリ……っ、だして……」
「……っ! マリィ、マリリア……っ! あ、出るっ……!」
 妻アンジェは夫の種を受け入れ、男は泥酔状態の中、禁断の相手の奥に注ぎ込む。
 端から見れば、ただの新婚夫婦の初夜。

 繋がったままぐったりと気絶するように寝入ってしまった夫ユーリスの下から、力の入らない体で何とか抜け出し、アンジェもぐったりと手足を投げ出した。
「すごい……性交ってこんなにきもちいい、のね……それに」
 アンジェは仰向けに天井を見ながら自らの腹に手をやる。
「まさか、こどもができるかも……? これで、いろいろめんどうが……なくなるわ」

 泥酔した夫が急に訪問してきて、妻に無体を働いた。
 始終片思いの相手を抱いていると思っている。
 朦朧として完全に妻を認識していない。

 これらは全てアンジェにとって好都合だった。
 そして、その都合が、アンジェには青天の霹靂だったのだ。

 夫ユーリスは溜まりに溜まった想いを発散するように、隅々まで愛した。何もかもを自分のものとするように、味わって、刻み込んだ。
 堅かった躰を徐々に解され、とろとろにされて、強引に、しかし苦痛はない。

 妻は新たな扉を開いた。自分ではない名を呼び続ける口、自分を見てはいない目。それらが、独特の価値観を持った偏食家のアンジェには、刺さった。
 夫が抱いているのは、自分ではない。知られていない、見られていない。
 なのに与えられる快感は自分が享受できる。
「こんなに……都合のいいことがあって、いいの?」
 まるで物語に没入するような。

 アンジェにとって恋愛とは面倒事だった。まだ、利益があるからと感情の無い目を向けられ求められる方がいいとすら思っている。
 しかし、それは自分が渦中にいるのが嫌だというだけ。物語の中の恋愛模様には常人のように心を動かされて、ときめいたり泣いたりもする。
 要は、自分でなければいい。

「ふふっ……あなたにとっては災難だけど、いいわよね? 一応夫婦なのだから。後は記憶が無いといいんだけど。それはさすがに贅沢言い過ぎかしら……」

 アンジェはこれからを思い、度数の高い酒を取り寄せようと画策した。
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