恋はしていませんが ~お飾り妻と片思い夫が夫婦になるまで~

みど里

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06 騙す夫 信じる妻

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 這う這うの体で部屋を出て、ユーリスは一人で慰める羽目になってしまった。
 アンジェは恐らく気付いていた。ユーリスが曖昧に話を切り上げて部屋を出る際の、不自然な前傾姿勢に。

(つらい……真昼間から……)
 扱きながら思い出すのは、自分の下で乱れた恋焦がれる人。
 だというのに、その反応も声も感度も、その人のものではない。
(アンジェ……)
 ユーリスの頭の中の乱れた姿は、すっかりアンジェに置き換わる。

『あ、だめ、このまま、中にっ……おねがい、ユーリ……っ、だして……』

「っ、アンジェ……っ」
 マリリアになりきって懇願した言葉も、すっかりアンジェのものになってしまった。脳と耳に残るのは、アンジェの声だ。
 ユーリスは何度も記憶に新しい声を思い返しつつ、昇りつめ、果てた。

 届かない恋より身近なおんな。ユーリスもただの男になっていた。
 この時は、まだ。


 その夜、ユーリスはどうやって切り出そうか悩んでいた。
 妻を閨に誘うだけ。しかし、奇妙な契約がある。そのままでは駄目だ。

「あの、その。今夜……どう」
 湯浴みの前だった妻は、もじもじする雄々しくも美しい夫の言いたい事は伝わったようだ。
「まだお酒を取り寄せていませんの。昨日の今日でしょう?」
「じゃ、じゃあ、俺が外で飲んでくる。それで、いいか……?」
 アンジェは、微笑んだ。
「いいですわ。たっぷり飲んできてくださいませね。待っていますわ、あなたの恋する人が」
 ユーリスは敢えて反論せず力強く頷いて、別宅を飛び出し街に向かった。



「マリリア、きれいだ、マリィ……」
(アンジェ、胸、なんていい形だ……すべすべで、腰、腹も……完璧だ、うつくしい……)
 一糸まとわぬ妻を見下ろし眼福に浸る。
「マリィ、ん、マリィ……!」
(アンジェの、凄い、ピンク色……固くなって……!)
「あ、んっ、ユーリ……それ、きもちい……っ、あっ、あ、せつな……い、の」
 ふるんと揺れる丘の先端は色づき、固く主張する。ユーリスは指でこねくり、舌で舐る。時折口を大きく開けむしゃぶる。




 そんな夜が何回か続き、ある夜。
 何度目かの性交で、ユーリスはおごってしまった。
(アンジェ、こんなに悦んで……もう、いいのか? 俺を好きに……?)

「アンジェ……」
 胸を揉みしだきながら顔を埋めて、つい、名前を呼んでしまった。
 柔らかく微笑み時折喘いでいたマリリアであった妻は、ぴたりと動きが固まった。
 小さな溜息がユーリスの体温を大幅に下げていく。

「ユーリス殿。酔っていませんわね? 離れてくださいませ」
 今までの戯れは何だったのか、と言わんばかりにアンジェは白けたようにユーリスから離れ、放り投げられた夜着を素早く拾い始めた。

「契約違反、ですわよ。以後お気を付け下さいな」
 濡れた布でさっと体を拭き服を着たアンジェは、二人の寝室を出て行った。

 ユーリスは全裸のまましばらく唖然として、その後、静かにその部屋で妻の残り香を嗅ぎながら就寝する羽目になった。あと、少し泣いた。


 ユーリスは、もうさすがに察した。
 妻は、絆されない。流されない。ぶれない。
 過去、馬鹿をやらかしたユーリスに、恋などしない。

 直情型で単純なユーリスも、この時ばかりは学習した。




「マリィ、マリィ! 奥、いいのか?」
(アンジェ、だんだん、慣れてきて……!)
「あん、あっ、あんっ! ユーリ、おく、やら……っ!」
「いや、じゃないだろ……! こんなにぬらして……っ」
 妻が達するのと同時に、夫も奥で果てる。全てを出しきるように、放つ。

 ユーリスは、泥酔し、終えた後ぐったりと泥のように眠る、をする。
「ふぅ……重いわ……あ、いやだ、中から垂れて……ふふ、いつか子が出来るかしら」
 声を聞きながら、アンジェの動く気配を感じる。
 酒が入り運動を終えたユーリスは、フリとはいえ目を閉じ横になっているだけで徐々に睡魔に襲われる。
(子を……やはり俺との子を望んでいるのか……?!)
 その感動だけでまたユーリスの一部は元気になるが、アンジェは気付かず身支度を終えて夫婦の寝室とした部屋を出ていった。
(アンジェ、アンジェ……! 好きだ……! 何で俺は最初から……いや、最初からアンジェを好いていたら、彼女は……)

 ユーリスは、偏食家だと自認する妻の偏屈を理解し始めていた。
 最初からユーリスがアンジェに好意を見せていたなら、契約の名のもとにこんな関係にはなっていなかったに違いない。
 貴族の中には、そういった契約を交わす夫婦は少なくない。ロンド家の現当主夫妻がそうだ。
 引く手数多なアンジェも、ユーリス以外の男とそうなっていた可能性は高い。それが例え体を伴った関係でないとしても。
 胸の、腹の奥が煮えたぎる。
 ありもしない嫉妬に駆られる。

(アンジェ……君は俺の妻だ……誰にも渡してなるものか)
 どれだけ抱きたいと思っていても。
 片方が突出した歪な関係であっても。
 妻が見放さない限り、夫はこの関係を続ける。





 そしていつしか妻は母に、夫は父になる。

「ユージェニー……ジェニィ、ジェニィ……」
 産まれたばかりの赤子をおっかなびっくり抱かせてもらい、ユーリスは咽び泣いた。
「まあ、困ったお父様ですね、ユージェニー」
 クスクスと笑う疲労困憊なアンジェを労わりながら、ユーリスは泣き続けた。
(おとうさま……!? 俺をこの子の父にしてくれるのか……)
 当然、血縁上はユーリスの子だ。女児は父親に似ると言うが、産まれたばかりでも確かにユーリスの面影が見える。
 だがユーリスは、まさかアンジェの産んだ子の父親認定されるなどとは夢にも思わなかった。いや、夢を見ていた事は否めない。

「ありが、とう、この子の父にしてくれて……」
 ぐずぐずと男泣きするユーリスを、助産師と母ラミリスは呆れながら部屋の外へ放り出した。アンジェは弱弱しくも笑っている。

 ユーリスは結婚が決まった時点で、ほぼ勘当に近い処遇だった。
 それは今でも変わっていない。王太子妃が離縁された一因なのだから、未だ他人の目は厳しい。
 だがこの2年近く、ユーリスは一切、元王太子妃の所へは行かなかった。
 最後に個人で顔を見たのは、アンジェと特殊契約を結んだすぐ後。酒の過ちを犯した翌日だ。
 それっきり。
 基本的に、「相談役」たちは元王太子妃に呼ばれて傍に寄るのではない。彼らが訪問を絶てばそれまでの関係だった。

 少なくともユーリスは、そう思っていた。
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