嘘は吐けない

みど里

文字の大きさ
2 / 8

2 否認

しおりを挟む
「いいえ。ちがい、ます」

 しん、と、静寂が広がった。続けて詰問する筈の裁判官も、次に紡ぐはずの言葉が頭から抜けてしまった。記録する速筆官も一瞬筆が止まるが、しかと被告の言葉を書き記している。

 誰であろうこの国の王子が原告側にいる。自らの元婚約者が首謀者であると、さも確証を得たように息巻いてこの場を設けた。
 だから当事者も、内情をよく知らない部外者も裁定側も誰もが、そうなんだな、と思い、この場に臨んでいた。
 だが、自白剤を投与された被告は、容疑を否認した。

「も、もう一度。ルヴィ・システィーヌは、リアンナ・マードックを害そうとした。相違ないか?」
「いいえ」
 裁判官は、何度も言葉を変え、同じ質問を繰り返す。しかし、朦朧とほぼ意識の無いルヴィは、否、を返すのみだった。
「……ルヴィ・システィーヌは、リアンナ・マードックに危害を加えようとしていない。相違ないか?」
「はい」
 逆転の発想で、質問の意図を逆にしてみたが、そうすると帰ってくるのは肯定のみ。

 ここで、傍聴側から戸惑う囁きが漂い始める。
 彼ら彼女ら部外者は、ただ、こうである、と噂程度に聞いただけ。元婚約者の寵愛を受けるリアンナに嫉妬したルヴィが、外道な方法で危害を加えようとしたと。そのルヴィはしかし、ここに至るまでずっと否認し続けていた事も。
 何も知らない第三者たちから、やっぱり無罪なのでは? という内容の囁きが漏れだした。
 エルネスト始めリアンナの護衛リュゼは焦り出した。風向きが悪い。

「静粛に」
「……では、被告ルヴィ・システィーヌ。被告は元婚約者と共に居る原告リアンナ・マードックを事ある毎に睨んでいた、という証言がある。これについて述べよ」
「げんこく……リアンナ、嬢を見ては、いません」
 またもや、ざわめきが広がった。
「静粛に」
「では、元婚約者のエルネスト・フォン・グランデを見ていたのか?」
「いいえ。エルネスト殿下を見ては、いません」
 一際、ざわめきが戸惑いとなって広がった。
 嫉妬に狂ったルヴィが、元婚約者も、共に居る恋人も見てはいなかったと言うのだ。

「っ、タンジェロ! 自白剤が効いていないぞ!」
 たまらずエルネストが立ち上がり、投薬した医師を名指しで詰る。タンジェロ医師は顔色悪くしながらも、しかし、首を振る。
「いえ、間違いなく、効いています。殿下の命令通り、通常の何倍もの自白剤を……」
「っタンジェロ、黙れ!」
 エルネストの制止も遅かった。中立である筈の医師の口から、非人道的な言葉が出てしまった。
「裁判長。これは公平な審問ですか? すぐにでも被告を他の医師に診せ薬を抜くべきでは?」
 二人の裁判官が公開審問の中止を提案した。
 頷いた裁判長が口を開く。だがそれを遮るように迷いのない手が上がった。それは傍聴側にいる、いかにも壮健そうな男。
「発言をよろしいか。裁判長」
「……よろしい」
 その男は立ち上がり、温度の無い目で原告側を、茫然と膝をつく意識の無い被告を見る。
「ルヴィは……娘は、こうなってはここで中断する事を望みません。不当に用量外に投薬をされ、公然に辱められている。また、再度同じ事をされるのは屈辱でしょう」
「ならば続けろと言うのか? 時間をかければ被告の体に負担がかかる」
「だからこそです。このような尋問は、一度で終わらせるべきではないですか?」
 中年の壮健そうな男、ルヴィの父は、ぐるりと鷹揚に周りを見渡した。主に、自らが立つ傍聴側を。
 案の定、男の言う通りだと、早く終わらせ治療させるべきだという声が多数上がる。

「静粛に。審問を続行する」
 ルヴィの父は、ゆっくりと座り直し、真正面、遠くに見える原告側をじっと見た。
 エルネストは悔しそうな顔を蒼白にし、震えている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

上手に騙してくださらなかった伯爵様へ

しきど
恋愛
 アイルザート・ルテシオ伯爵は十七歳で家督を継いだ方だ。  文武両道、容姿端麗、人柄も良く領民の誰からも愛される方だった。そんな若き英雄の婚約者に選ばれたメリッサ・オードバーン子爵令嬢は、自身を果報者と信じて疑っていなかった。  彼が屋敷のメイドと関係を持っていると知る事になる、その時までは。  貴族に愛人がいる事など珍しくもない。そんな事は分かっているつもりだった。分かっていてそれでも、許せなかった。  メリッサにとってアイルザートは、本心から愛した人だったから。

とある伯爵の憂鬱

如月圭
恋愛
マリアはスチュワート伯爵家の一人娘で、今年、十八才の王立高等学校三年生である。マリアの婚約者は、近衛騎士団の副団長のジル=コーナー伯爵で金髪碧眼の美丈夫で二十五才の大人だった。そんなジルは、国王の第二王女のアイリーン王女殿下に気に入られて、王女の護衛騎士の任務をしてた。そのせいで、婚約者のマリアにそのしわ寄せが来て……。

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

《完結》悪女と噂されたわたくしのざまぁ

ヴァンドール
恋愛
悪女と噂のわたくしとの結婚なら、どれほど軽んじても問題はないと思っていた旦那様。 ところが……。

可愛らしい人

はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」 「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」 「それにあいつはひとりで生きていけるから」 女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。 けれど、 「エレナ嬢」 「なんでしょうか?」 「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」  その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。 「……いいえ」  当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。 「よければ僕と一緒に行きませんか?」

氷の公爵の婚姻試験

潮海璃月
恋愛
ある日、若き氷の公爵レオンハルトからある宣言がなされた――「私のことを最もよく知る女性を、妻となるべき者として迎える。その出自、身分その他一切を問わない。」。公爵家の一員となる一世一代のチャンスに王国中が沸き、そして「公爵レオンハルトを最もよく知る女性」の選抜試験が行われた。

処理中です...