やり直し令嬢は箱の外へ、気弱な一歩が織りなす無限の可能性~夜明けと共に動き出す時計~

悠月

文字の大きさ
77 / 107

61 令嬢は裏市場へ行く①

しおりを挟む
 ·問い:どうしてこの職業を選んだ?

『えーっとね!だってアタシ、ここで生まれたし、周りの姉ちゃんたちもみんなやってるから? でもね、お兄ちゃんに会えてすっごく嬉しいよ!』

 目の前のスミレは、微かに首を傾げ、私の質問に困惑そうに、でもすでに満面の笑顔とキラキラしている瞳を浮かべ、無邪気に答えた。

 ·問い:別の仕事は探さないの?

『えぇ、他の仕事なんで知らないよ。今のままがいいのよ~。そんなことよりさ、あたし、今はまた見習いなんけれど、三年後には正式に女娼になるの。だーかーらー、だから、その時はお兄ちゃんもちゃんと来てね!』

 前を歩く彼女は楽しげにステップを踏み、スカートを軽やかに揺らしながらこちらへと体を寄せ、また三年後の約束を掛けてくる。

 ·問い:もし、ここより給料が良いところから仕事の誘いがあったら、行きたいか?

『うーん、行かないかな。だって姉ちゃん達が、そんな胡散臭いところには行くなって言ってたし』

 言葉を詰まれれる私に、スミレは逆に不思議そうな顔で問い返す。

『あたしはずーっとここで生きるし、大きくなったら姉ちゃん達と同じ仕事をする。それが何か悪いこと?』

 ――わる……くはないわ。

 どんな職業も、平等であるべきだ。


 ***
「は――」

 夢から覚めると、私は勢いよくベッドから飛び起きた。

 あれは夢というより、つい昨日の出来事。

 失礼だと重々承知しているが、帰り道、二人きりの通路で私はスミレいろいろ質問を問いかけた。
 彼女はあたかも当然のことのような表情で、自分の職業を楽しげに語っていた。それが……私には凄く悲しく思った。

 無知の私だとしても、女娼という仕事が女性にとって決して良い職業ではないことを知っている。世間の視線だけでなく、日々あのような営みを強いられては、彼女たち自身の体にも支障が生じてしまうのだ。

 ヴァルハン村は夜蝶館みたいな立派な建物はないが、女娼のような活動をしている女性は存在する。
 小さなあの村で隠し事など到底不可能で、毎日の井戸端会議で様々な噂が飛び交う。その中には、異国から密入国してきたという一人の女性の話もある。

 噂によれば、彼女は亡き夫に拾われ、夫が事故で亡くなった後、子供も持たずに夫が遺した家で女娼の売買をしているという。
 そして彼女が姿を現すたびに、普段は私に親切してくれたおばさん達は、突如として会話を打ち切り、まるで彼女を忌避きひするかのように無視したり、あるいは蔑むように冷ややかな眼差しを投げたりした。

 エマさんは医師として、そんな彼女を普通の患者として扱っていたが、私が彼女と二人きりになることを決して許さなかった。

 だが――
 人手が足りない時、私が彼女に薬を渡す短い接触の中、目にしたのは皆が口にする卑劣な女性像とはかけ離れた、おっとりとした容貌と穏やかな言動だった。
 むしろ、周囲から孤立されている中、偶に見かけた、道端でしゃがんで小さな野花を愛でる彼女の姿は、優しいい目をしていて、酷く落ち着いていた。

 確かに、私が人を見る目に自信があるとは言えないが、スミレとは違い、彼女は自ら望んでその職業を選んだのではないと感じた。

 スミレもまだ幼い……あぁ、駄目だ。自惚れてはいけない。私の浅はかな考えで、他人の人生を軽々しく決めつけるべきではないのだ。

 しかし、スミレも、あの乞食の子供たちも、かつての私と同じ、変わらぬ生活の中で狭い視野に囚われ、物事を判断しているのではないだろうか?

 すべての苦しむ人々を救う力など、私には備わっていない。でも見かけたなら、見過ごすわけにはいかない。
 それが一度失った命が巡られ、今なお貴族の身分である私がやるべきことだと思うのだ。

 あの歓楽街で、スミレと同じ考え方を持つ者は一体どれほどいるのだろうか?彼女たちには、もっと広い世界を知ってほしい。
 もし全てを知った上でその道を選ぶなら、勿論反対する事はしない。しかし知らぬまま、目の前だけが全てだと信じ込んでいるのは駄目だと思う。

 それから、物乞いをしている奴隷の子供たち……他人の財産に口出しする資格はないが、せめて彼らをあの過酷な環境から救い出し、生きるために最低限必要な条件を整えてあげたい。

 でもその前に、今がやるべきこと――トムを探さないと。貧民街であの子たちが見掛けないなら、グレムが話していたあの場所へ向かうしかない……

 どうか、生きていてほしい。

 深呼吸一つに、私は腕時計を見て時刻を確認する。既に10時だ。

 グレムとの約束は深夜0時なので、私は今日の夕食を早めに済ませ、これまで仮眠を取っていた。

 ベットから降り、魔術師の軽装に着替えた後、シズがくれた魔導具を全て身に付けて、衣装室の鏡にある自分の格好を確認する。
 そこに映っていたのは、老人のような白い髪と、不気味に微かに光る金色の瞳を持つ子供の姿だった。

 一部の夜視能力を持つ獣人族は、夜になると瞳が光ると言われる。しかし、私は人間であり、歴史と伝統を重んじるスペンサーグ公爵家には当然他種族を招いた記録はない。

 私は魔導具のイヤリングをそっと指を触れる。すると、かすかな魔力の気配が伝わり、次第に魔導具の効果が発動し始めた。
 再び鏡を見ると、髪と瞳の色は落ち着いた茶色に変わり、顔が少しぼやけて見える。

 しかし昨日、グレムに魔導具の存在に気付かれてしまった。

 溜息をつき、私は机の上に置かれたカツラを被り、引き出しから仮面も出して装着する。

 だが、全てが準備完了後、転移陣の前でそれを発動しようとしている時、「ドン」という音とともに部屋のドアが開き、私は驚きで身を固くなり、そこへライラが現れた。

「お嬢様、こんな夜更けに、どちらへ向かわれるご予定でいらっしゃいますか?わたくしは何も聞いておりませんが」

 月光だけが頼りの暗い部屋の中、ランプの淡い光に照らされた彼女の横顔に、明らかに咎めを含んだ翡翠色の瞳が、ほのかに綺麗な輝きを放っている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

この闇に落ちていく

豆狸
恋愛
ああ、嫌! こんな風に心の中でオースティン殿下に噛みつき続ける自分が嫌です。 どんなに考えまいとしてもブリガンテ様のことを思って嫉妬に狂う自分が嫌です。 足元にはいつも地獄へ続く闇があります。いいえ、私はもう闇に落ちているのです。どうしたって這い上がることができないのです。 なろう様でも公開中です。

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

コンバット

サクラ近衛将監
ファンタジー
 藤堂 忍は、10歳の頃に難病に指定されているALS(amyotrophic lateral sclerosis:筋萎縮性側索硬化症)を発症した。  ALSは発症してから平均3年半で死に至るが、遅いケースでは10年以上にわたり闘病する場合もある。  忍は、不屈の闘志で最後まで運命に抗った。  担当医師の見立てでは、精々5年以内という余命期間を大幅に延長し、12年間の壮絶な闘病生活の果てについに力尽きて亡くなった。  その陰で家族の献身的な助力があったことは間違いないが、何よりも忍自身の生きようとする意志の力が大いに働いていたのである。  その超人的な精神の強靭さゆえに忍の生き様は、天上界の神々の心も揺り動かしていた。  かくして天上界でも類稀な神々の総意に依り、忍の魂は異なる世界への転生という形で蘇ることが許されたのである。  この物語は、地球世界に生を受けながらも、その生を満喫できないまま死に至った一人の若い女性の魂が、神々の助力により異世界で新たな生を受け、神々の加護を受けつつ新たな人生を歩む姿を描いたものである。  しかしながら、神々の意向とは裏腹に、転生した魂は、新たな闘いの場に身を投じることになった。  この物語は「カクヨム様」にも同時投稿します。  一応不定期なのですが、土曜の午後8時に投稿するよう努力いたします。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

厄災烙印の令嬢は貧乏辺境伯領に嫁がされるようです

あおまる三行
恋愛
王都の洗礼式で「厄災をもたらす」という烙印を持っていることを公表された令嬢・ルーチェ。 社交界では腫れ物扱い、家族からも厄介者として距離を置かれ、心がすり減るような日々を送ってきた彼女は、家の事情で辺境伯ダリウスのもとへ嫁ぐことになる。 辺境伯領は「貧乏」で知られている、魔獣のせいで荒廃しきった領地。 冷たい仕打ちには慣れてしまっていたルーチェは抵抗することなくそこへ向かい、辺境の生活にも身を縮める覚悟をしていた。 けれど、実際に待っていたのは──想像とはまるで違う、温かくて優しい人々と、穏やかで心が満たされていくような暮らし。 そして、誰より誠実なダリウスの隣で、ルーチェは少しずつ“自分の居場所”を取り戻していく。 静かな辺境から始まる、甘く優しい逆転マリッジラブ物語。

笑い方を忘れた令嬢

Blue
恋愛
 お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。

処理中です...