やり直し令嬢は箱の外へ、気弱な一歩が織りなす無限の可能性~夜明けと共に動き出す時計~

悠月

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63 令嬢は裏市場へ行く③

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 暗い部屋で一人静かに過ごす時間が好き。
 けれど、こんな夜更けに外を歩くことなど、今までなかった。

 公用照明の光が届かぬ細い路地を、私たち三人は歩いでいる。その中で、私の足音だけがやけに響く。

 なぜ?私が一番軽いはずなのに。

 足音を抑えようと、足元を気を付けながら慎重に歩き、ローブの下で無意識に手を弄る。
 こっそりと横目でライラを見ると、彼女は私の小さな歩幅に合わせ、周囲を警戒しながら進んでいた。その揺るぎない姿がひどく羨ましく思える。

 もう、私は小さな子供ではないのだから、前みたいに彼女の服を掴むのは、さすがにどうかと思う……
 ム……前回の私もどうかしている。子供になっているからで、子供じみた行動を取ってしまうなんて……わぁ、恥ずかしい。

 そんな考えを巡らせていると、不意にライラが沈黙を破る。

「お前、さっきコソコソと木の上で何を企んでた?」

 彼女の冷たい質問に、グレムは肩をすくめ、悪びれもせずに答える。

「えぇー?企んでるとか、人聞きの悪いことを言うなよ。おじ、坊ちゃんがなかなか来ねぇもんだから、つい寝ちまったんだけだよ」
「木の上でか?」
「そうっすよ」

 ライラと同じ目薬を使ったのか、獣人族のグレムの赤い瞳は、暗い小道の中では目立っていない。
 彼は極めて単純で無害そうな表情で私たちを見返したが、それでもどこか胡散臭さが拭えなかった。

 ネコ科の獣人族ならともかく、イヌ科の獣人族も木登りに興味があるのかしら?

 そんな疑問が浮かび、好奇心から尋ねると、グレムが私の無知を馬鹿しているかのように舌打ちして指を振る。

「チチチ、お坊ちゃんは分かってねぇな。狼だって、猫族の心を持ってるんだぜ」

 ……いいえ、『猫族の心』って何か、まったく理解できない。でも横を見ると、ライラが明らかに嫌そうな顔をしている。

 グレムに案内され、私たちはいくつもの曲がりくねった道を抜け、一軒の道具屋へと入った。彼は店主と何やらコソコソ話し込んだ後、奥の部屋へと私たちを招き入れた。
 そこには、使い込まれた痕跡のある転移陣が刻まれていて、それを乗り、先にはさらに複数の転移陣が広がっている。まるで痕跡を隠すかのように。
 グレムと責任者らしき男は私を指しながら、短く言葉を交わし、金を渡した後、私たちは指定された転移陣へと足を踏み入れた。

 昨日グレムにこっそり『裏市場』としか教えてくれなかったが、こんなに惜しげもなく転移陣を使うなんて、ここは私の想像以上に大規模な場所なのかもしれない。

 転移陣の光が収まり、目を開くと――そこは広大な地下空間だった。

 天井は分厚い石で覆われ、無数のランプが灯ることで、薄暗いながらも視界を確保している。道の両側には無数の露店が立ち並び、そこを行き交うのは明らかに一般の商人とは異なる者たち――ボロをまとった男、顔を隠したローブ姿の人物、さらには魔物のような格好をした者までいる。
 露店に並ぶ品々も、ざっと見た限り、呪われた道具や、どこかの墓から掘り出された品、ある富豪から盗み出された家宝など、明らかに不正の手段で得られた商品を恥じることなく、大大に宣伝されている。

 そんな中、ふと目に入ったのは『スペンサーグ公爵出品』と書かれた看板だった。
 眉を顰めながら近づくと、机の上にはさまざまな品が雑多ざったに並べられていた。そのほとんどは見覚えのないものだったが、一つだけ、以前ルクレティアがわざわざ私に見せびらかしてきた髪飾りが目に留まった。

 私はそのピンク色の髪飾りを手に取り、慎重に観察する。宝石の色と質からして、偽物ではないにせよ、相当に価値のある品だと分かる。

「どうだ、兄ちゃん、彼女さんに買っていかないか?どれも公爵家から出た品だぜ、質は保証できる」

 仮面をつけた店主が声をかけてくる。その仮面の下の素顔は当然分からない。
 私は試しにほかの品も見てみるが、大半は偽物が混ざっているようだ。

 何にせよ、どうやら、我が家にも主人の持ち物を盗んで売る使用人がいるらしい。
 ……まあ、私もその一人ではあるのだけれど。

(ここは『普通じゃ手に入らねぇもの』が何でも売られてる。本物もあるけど、大体は数合わせだな。いいもんを買いたいけりゃ、眼力も必要だぜ、お坊ちゃん~)

 突然、グレムの声が頭に響いた。驚いて振り向くと、彼は何事もなかったかのように、手にある呪いの道具を眺めている。

 誰かと交わしたことはないが、一応授業で学んだ知識があるので、すぐに<念話>だと理解する。

「必要ない」

 熱心に商品の出所しゅっしょを語る店主を冷たく退け、髪飾りを元の場所に戻して、私はグレムの元へ向かった。

「私が探している子はどこ?」
「まあまあ~、そんなに急ぐなって。他に欲しいもんがねぇのか?なかなか来られる場所じゃねぇだろ」

 確かに、興味本位で見て回りたい気持ちもあるが、それは今回の目的が終わってからの話だ。

 私はまっすぐグレムを見つめ、無言で圧を掛けてみた。

「へぇへぇ、分かったよ」

 グレムは仕方なさそうに両手を挙げ、降参のポーズをとる。

 やはり、彼の動作はいちいち大袈裟だと思った。

「あの子、生まれつき足が悪いのか?」
「そう聞いている」
「なら、考えられる場所はひとつだな」

 ニヤと自信すらを感じるグレムの笑みに、私は嫌な予感が湧き上がる。

 足の悪い子が送られる 『専用の場所』……聞くからに真面まともな場所ではない。
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