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64 令嬢は裏市場へ行く④
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賑やかで煌びやかな露店の群れを抜けると、目の前にずっと気になっていた地下空間の奥に聳え立つ、まるで城のような建物があった。
グレムが門番に許可証らしきものを見せて、私たちは中へと足を踏み入れた。
外の生き生きとした賑やかさとは打って変わり、内部には立派な階段が正面に広がっていた。階段へと向かう客人たちは、従者に付き添われ、高品質な服装に身を包み、仮面の下からもその立ち居振る舞いから確かな財貨か地位が感じ取れた。
そして、体に染み付いた習性のせいか、本能的に悟る。この暖かな空間の奥底には、社交界特有の泥臭い暗流がひそかに渦巻いていることを。
この空気は……嫌いだ。
(この階段の上には、領地で一番デカいオークションがあるぜ。でもさ、入場券のお金すらケチケチするお坊ちゃんには、参加したところでロクな買い物はできなさそうだなぁ)
いつの間にか、グレムは狼の仮面を装着し、服も執事の服装を纏った。そして、ライラの鮮やかな赤い髪も黒髪へと変わっていた。
私の視線に気づいたライラは、自分の髪をつかみ、へらへらと笑うグレムを軽く指し示した。
どうやら、グレムが何か細工を施し、ライラの髪色を変えたようだ。
いくら偽装されていたとしても、この場所に私の素性を知る者がいるかもしれない。そう考えると、グレムの挑発を受け流し、慣れない念話の術で返事をした。
(それで、私が探している人はどこにいる?貴方の言葉では、上のオークションにはいないようだが)
(ホンマ、せっかちなお坊ちゃんね。こっちだよ)
どこにでもいるガラの悪いチンピラの姿勢が一変し、彼はこの場の雰囲気に合わせたのか、手のひらを上に向けた改まった態度で私たちを案内する。その淀みのない所作からは、礼儀作法を学んだ痕跡が伺えた。
あ、確か、彼、商会の人と自称していたよね。
エマさんが言っていた。悪質な大商会では、チンピラや乱暴なけんか屋を雇い、用心棒の名目で武力を使い、不正に一般人から金を巻き上げることがあると。
グレムもまた、そういったたぐいの人間なのだろうか。
たとえ今は客として親切にされているとはいえ、やはり彼に対する警戒は緩められない。
導かれた横の門の向こうには、さまざまな華やかな店が連なっている。立派な看板には時折他国の文字が刻まれ、立っている店員たちの顔立ちからも異国情緒が漂う。
でも、気のせいのかしら、何となく、展示される商品は城下町の国際商店街にある品々よりも、品質が良いように感じられた。
少し前へ進むと、グレムは「ジャンジャン」と言わんばかりに、眉を上げて<転運>と書かれた看板を掲げた建物を示した。
看板の隣には『運勢を変える』、『未来が見える』、『不幸を吸い取る』、『予見99%』といった、迷信じみた宣伝文句が並んでいる。
そういえば、学園でも以前、女子たちの間で恋占いが流行っていたな。
そのうち、読星術が最も流行した。
読星術の説によれば、人は一つの星の化身であり、その誕生と同時に自分だけの本位星が空に現れるという。もし人としての肉体が尽きれば、魂は再び星々へと帰還する。
男女が子を望むとき、創世神に祈り、恩寵を授かることで一つの星が生まれる。その星の魂は女性の体内に宿る。10か月の歳月を経て、女性は己の血と肉を代償に子供の肉体を生み出し、新たな命が迎えられる。
また、人の一生は既に定められているとされるため、読星術を極めた術師は、相手の本位星を見るだけでその人物の過去・現在・未来の全てを読み解けると言われている。
だが、この場所が行方不明のトムの居場所とどう関係しているのか?この店でトムの行方を尋ねるつもりなのか?
疑わしげにグレムを見つめたが、彼はただ軽く笑ってみせるだけだった。
息を呑み、覚悟を決めた私は中へと足を踏み入れると、スーツ姿の男性店員が素早く「いらっしゃいませ!」と深くお辞儀し、熱意を込めた挨拶で迎えてくれた。
続けて、丁寧な口調で「何かサービスをご所望でしょうか?」と尋ね、メニュー表を差し出した。
そのメニュー表には『読星術』、『運命鑑定』、『⭐︎開運&転運《てんうん》』など、様々な項目が記されている。
選択に迷っていると、再び脳裏にグレムの念話が届く――(お坊ちゃん、⭐︎のつけた目玉商品を選べ)
「これを頼む」
「お客様はとても運がよろしいですね。こちらは当店の人気商品でして、すぐに売り切れてしまうんです。ちょうど最近、新しく入荷したばかりでございます。はい、どうぞこちらへご案内いたします」
グレムの念話に従い、⭐︎のついたものを指差して選ぶと、店員は爽やかな営業スマイルで応対し、案内された部屋には既に何人かの執事風の者たちが着席していた。
私たちも指定された席に腰を下ろすと、店員から番号札が手渡され、隣の机には飲み物や食べ物が整然と並べられていた。
(ここもオークション制だからさ、金持ってる奴が商品をゲットする。さてさて、お坊ちゃんはちゃんとお金持ってるのかな~)
砕けた姿勢に戻ったグレムは迷うことなく食べ物に手を伸ばした。私はポケットにある財布をそっと触れ、軽く頷く。
今日のために、また子供時代の洋服を一着売った。お父様と乳母がいた頃に仕立てられたそれは、公爵令嬢としての規格に準じたもののため、高く売れた。
この領地に公爵令嬢は私だけなので、あの古着店ではそのまま売るのではなく、一度分解し、別の服に仕立て直してから別の令嬢に売られるのだろう。
「さて、次の商品をご紹介いたします」
と、競売人の声が響くと、周囲の注意が彼に向けられた。その時、一人の子供が、首に鎖をつけたまま、女性店員に引っ張られて台の上へと連れ出された。
店員は子供の鎖を台の柱にしっかりと縛り付けると、子供を台の中央に放り出した。
5歳ほどと思われるその子は、床に座り込んだまま、自分の首にかかる鎖をぎゅっと掴み、焦点の感じない目で不安げに首を左右を見回していた。
「5番の商品はハルタス村出身。生まれながらにして煞星の気を持ち、自分の母を殺しました。創世神の罰として、目を閉ざされた不浄の化身になりました……、……どうかお客様の手で、この母殺しの邪悪な子供をお浄めいただき、徳を積み、運をお高めくださいますようお願い申し上げます」
熱のこもった競売人の言葉に、私の頭は真っ白になり、体温までが下がるのを感じた。
この人、一体何を言っているのか?
(浄めって……なに?)
胸騒ぎを覚え、おそるおそるグレムに問いかけると、彼はつまらなそうに椅子にもたれかかった。
(そりゃあ、痛ぶるとか、殺すとか、そういうことじゃねぇの?)
(はあ!)
(なんだっけ、ええと…彼らの話じゃ、人の不幸は神様が与えた罰とかでさ。で、神様の代わりにいいことをすれば、自分の不幸がなくなる…とか、そんな感じだったかな?)
(これがいいこと?!)
(さぁ、彼らに言わせりゃそうなんじゃねぇの?創世神にケチつけられて、生まれつきどっかおかしい奴は、スゲェ邪気を背負ってるってさ。で、そいつをやっつけたら、かなりの点数稼ぎになる…とか、そんなノリらしいぜ)
(アナタ!)
グレムの軽々しい口調に憤りを覚え、立ち上がって睨みつけると、その赤い瞳は一瞬冷たく光り、また何事もなかったかのようにニヤリと笑った。
「お客様、どうされましたか?」
「何でもありません」
突然立ち上がった私に、壁際で待機していた店員が駆け寄り、声をかけてきた。私はそれを断り、再び席に座った。
でも、体は自分の意思に反して震えが止まらなかった。
咎人などの古い迷信がなくとも、人は誰かを貶めたい時、理由などいくらでも作れるものだ。
————————————————
悠月:
更新が遅くなってすみません。短くても週に一話は更新したいと思っています。
そうしないと、一度長く中断してしまうと、ちゃんと書き続けられる自信がなくて……
自業自得ですが、予定した内容がどんどん長くなってしまいます。物語を進めるうちに設定が増えて、それにつれてさらに長くなり、その結果、話が全然進んでいない気がして、ちゃんとストーリーになっているのか疑問です。
さらに、つまらない細かい部分にこだわりすぎると、迷った末に注意力が分散し、別のことをしてしまって、ますます執筆に時間がかかる……バカですね(笑)。
最初は、もっと軽くてほのぼのした物語を描くつもりだったんです。でも、なんやかんやで気づいたら暗い話になっている気がして……ごめんなさい。
でも私個人としてもハッピーエンドが好きなので、ちゃんと全てがハッピーエンドになりますよう頑張ります。
グレムが門番に許可証らしきものを見せて、私たちは中へと足を踏み入れた。
外の生き生きとした賑やかさとは打って変わり、内部には立派な階段が正面に広がっていた。階段へと向かう客人たちは、従者に付き添われ、高品質な服装に身を包み、仮面の下からもその立ち居振る舞いから確かな財貨か地位が感じ取れた。
そして、体に染み付いた習性のせいか、本能的に悟る。この暖かな空間の奥底には、社交界特有の泥臭い暗流がひそかに渦巻いていることを。
この空気は……嫌いだ。
(この階段の上には、領地で一番デカいオークションがあるぜ。でもさ、入場券のお金すらケチケチするお坊ちゃんには、参加したところでロクな買い物はできなさそうだなぁ)
いつの間にか、グレムは狼の仮面を装着し、服も執事の服装を纏った。そして、ライラの鮮やかな赤い髪も黒髪へと変わっていた。
私の視線に気づいたライラは、自分の髪をつかみ、へらへらと笑うグレムを軽く指し示した。
どうやら、グレムが何か細工を施し、ライラの髪色を変えたようだ。
いくら偽装されていたとしても、この場所に私の素性を知る者がいるかもしれない。そう考えると、グレムの挑発を受け流し、慣れない念話の術で返事をした。
(それで、私が探している人はどこにいる?貴方の言葉では、上のオークションにはいないようだが)
(ホンマ、せっかちなお坊ちゃんね。こっちだよ)
どこにでもいるガラの悪いチンピラの姿勢が一変し、彼はこの場の雰囲気に合わせたのか、手のひらを上に向けた改まった態度で私たちを案内する。その淀みのない所作からは、礼儀作法を学んだ痕跡が伺えた。
あ、確か、彼、商会の人と自称していたよね。
エマさんが言っていた。悪質な大商会では、チンピラや乱暴なけんか屋を雇い、用心棒の名目で武力を使い、不正に一般人から金を巻き上げることがあると。
グレムもまた、そういったたぐいの人間なのだろうか。
たとえ今は客として親切にされているとはいえ、やはり彼に対する警戒は緩められない。
導かれた横の門の向こうには、さまざまな華やかな店が連なっている。立派な看板には時折他国の文字が刻まれ、立っている店員たちの顔立ちからも異国情緒が漂う。
でも、気のせいのかしら、何となく、展示される商品は城下町の国際商店街にある品々よりも、品質が良いように感じられた。
少し前へ進むと、グレムは「ジャンジャン」と言わんばかりに、眉を上げて<転運>と書かれた看板を掲げた建物を示した。
看板の隣には『運勢を変える』、『未来が見える』、『不幸を吸い取る』、『予見99%』といった、迷信じみた宣伝文句が並んでいる。
そういえば、学園でも以前、女子たちの間で恋占いが流行っていたな。
そのうち、読星術が最も流行した。
読星術の説によれば、人は一つの星の化身であり、その誕生と同時に自分だけの本位星が空に現れるという。もし人としての肉体が尽きれば、魂は再び星々へと帰還する。
男女が子を望むとき、創世神に祈り、恩寵を授かることで一つの星が生まれる。その星の魂は女性の体内に宿る。10か月の歳月を経て、女性は己の血と肉を代償に子供の肉体を生み出し、新たな命が迎えられる。
また、人の一生は既に定められているとされるため、読星術を極めた術師は、相手の本位星を見るだけでその人物の過去・現在・未来の全てを読み解けると言われている。
だが、この場所が行方不明のトムの居場所とどう関係しているのか?この店でトムの行方を尋ねるつもりなのか?
疑わしげにグレムを見つめたが、彼はただ軽く笑ってみせるだけだった。
息を呑み、覚悟を決めた私は中へと足を踏み入れると、スーツ姿の男性店員が素早く「いらっしゃいませ!」と深くお辞儀し、熱意を込めた挨拶で迎えてくれた。
続けて、丁寧な口調で「何かサービスをご所望でしょうか?」と尋ね、メニュー表を差し出した。
そのメニュー表には『読星術』、『運命鑑定』、『⭐︎開運&転運《てんうん》』など、様々な項目が記されている。
選択に迷っていると、再び脳裏にグレムの念話が届く――(お坊ちゃん、⭐︎のつけた目玉商品を選べ)
「これを頼む」
「お客様はとても運がよろしいですね。こちらは当店の人気商品でして、すぐに売り切れてしまうんです。ちょうど最近、新しく入荷したばかりでございます。はい、どうぞこちらへご案内いたします」
グレムの念話に従い、⭐︎のついたものを指差して選ぶと、店員は爽やかな営業スマイルで応対し、案内された部屋には既に何人かの執事風の者たちが着席していた。
私たちも指定された席に腰を下ろすと、店員から番号札が手渡され、隣の机には飲み物や食べ物が整然と並べられていた。
(ここもオークション制だからさ、金持ってる奴が商品をゲットする。さてさて、お坊ちゃんはちゃんとお金持ってるのかな~)
砕けた姿勢に戻ったグレムは迷うことなく食べ物に手を伸ばした。私はポケットにある財布をそっと触れ、軽く頷く。
今日のために、また子供時代の洋服を一着売った。お父様と乳母がいた頃に仕立てられたそれは、公爵令嬢としての規格に準じたもののため、高く売れた。
この領地に公爵令嬢は私だけなので、あの古着店ではそのまま売るのではなく、一度分解し、別の服に仕立て直してから別の令嬢に売られるのだろう。
「さて、次の商品をご紹介いたします」
と、競売人の声が響くと、周囲の注意が彼に向けられた。その時、一人の子供が、首に鎖をつけたまま、女性店員に引っ張られて台の上へと連れ出された。
店員は子供の鎖を台の柱にしっかりと縛り付けると、子供を台の中央に放り出した。
5歳ほどと思われるその子は、床に座り込んだまま、自分の首にかかる鎖をぎゅっと掴み、焦点の感じない目で不安げに首を左右を見回していた。
「5番の商品はハルタス村出身。生まれながらにして煞星の気を持ち、自分の母を殺しました。創世神の罰として、目を閉ざされた不浄の化身になりました……、……どうかお客様の手で、この母殺しの邪悪な子供をお浄めいただき、徳を積み、運をお高めくださいますようお願い申し上げます」
熱のこもった競売人の言葉に、私の頭は真っ白になり、体温までが下がるのを感じた。
この人、一体何を言っているのか?
(浄めって……なに?)
胸騒ぎを覚え、おそるおそるグレムに問いかけると、彼はつまらなそうに椅子にもたれかかった。
(そりゃあ、痛ぶるとか、殺すとか、そういうことじゃねぇの?)
(はあ!)
(なんだっけ、ええと…彼らの話じゃ、人の不幸は神様が与えた罰とかでさ。で、神様の代わりにいいことをすれば、自分の不幸がなくなる…とか、そんな感じだったかな?)
(これがいいこと?!)
(さぁ、彼らに言わせりゃそうなんじゃねぇの?創世神にケチつけられて、生まれつきどっかおかしい奴は、スゲェ邪気を背負ってるってさ。で、そいつをやっつけたら、かなりの点数稼ぎになる…とか、そんなノリらしいぜ)
(アナタ!)
グレムの軽々しい口調に憤りを覚え、立ち上がって睨みつけると、その赤い瞳は一瞬冷たく光り、また何事もなかったかのようにニヤリと笑った。
「お客様、どうされましたか?」
「何でもありません」
突然立ち上がった私に、壁際で待機していた店員が駆け寄り、声をかけてきた。私はそれを断り、再び席に座った。
でも、体は自分の意思に反して震えが止まらなかった。
咎人などの古い迷信がなくとも、人は誰かを貶めたい時、理由などいくらでも作れるものだ。
————————————————
悠月:
更新が遅くなってすみません。短くても週に一話は更新したいと思っています。
そうしないと、一度長く中断してしまうと、ちゃんと書き続けられる自信がなくて……
自業自得ですが、予定した内容がどんどん長くなってしまいます。物語を進めるうちに設定が増えて、それにつれてさらに長くなり、その結果、話が全然進んでいない気がして、ちゃんとストーリーになっているのか疑問です。
さらに、つまらない細かい部分にこだわりすぎると、迷った末に注意力が分散し、別のことをしてしまって、ますます執筆に時間がかかる……バカですね(笑)。
最初は、もっと軽くてほのぼのした物語を描くつもりだったんです。でも、なんやかんやで気づいたら暗い話になっている気がして……ごめんなさい。
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