【一〇一匹モフモフ】落ちこぼれクランから追放されたGランクテイマー、獣耳少女と出会う

お茶っ葉

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18 月夜の会合

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 穏やかに揺れる海面に月光が浮かぶ。街の中心部から外れた北西にある港地区。
 日中は荷物が運び込まれる倉庫街に複数の人影があった。全員がフードを被っている。
 それぞれに暗い色調が振り分けられ、歳、性別、出身、すべてが不揃いの集まりであった。

 魔石カンテラの光に誘われる蟲のように、この場に八つの人物が円を作っている。

「このようにして直に集まるのは危険なのでは? 帝国兵や冒険者が集うここは敵地です。どこで監視されていてもおかしくありません。取引であれば仲介人を使えば済むと思うのですが……」

 年若い女性の声。黄灰色のフードを纏った人物が、真面目な口調で語る。

「俺たちの支援者様は疑り深いお方でな。取引の際は顔を合わせないと信用してくれないんだよ。そして、今回は例の計画に賛同する幹部全員を揃えろとのお達しだ。定期的にだ、先方は俺たちの忠誠心を試されていらっしゃるんだよ」

「そんな、相手は一体何様のつもりなのですか。協力関係と伺っていましたが、まるで対等ではない」

「まぁ堪えろよ。お前は新人だから知らないだろうが、俺たちでは逆立ちしても抗えない、とてつもなく高貴なお方だからな。下手な物言いは命に関わるぞ。……さて、贈り物の準備も整ったか」

 軽い口調で新人を説き伏せるのは、黒色のフードを纏った人物。
 愛用のナイフを磨きながら、倉庫から荷物が運び込まれるのを見届けている。
 それから数秒後、南から海岸線へ向けて風が吹いた。円の中心に女性が降り立っていた。

「――これはこれは皆様お揃いのようで。此度は夜更けにも関わらずお集りいただき感謝いたします。一人の欠けなく出席とは、貴方方の組織はお暇な方が多いのですね? 失礼ながら、日中出歩くなどして、健康に気を遣われてはいかがでしょうか?」

 現れて早々に皮肉を交えながらクスリと笑う、背筋を綺麗に伸ばした人物。
 桃色の髪に古めかしいカチューシャを付け、白い仮面を被ったメイド姿の女性だ。
 腰に携えるのはこの辺りでは滅多にお目にかけない。東方の国に伝わる刀と呼ばれる武器。 

 美しい立ち振る舞いからして、それなりの由緒ある血筋であるのは伺える。
 ただし、全身から溢れ出るのは――おびただしい血を浴びた者が纏う修羅の装衣。

「……ひっ」

 向けられる視線は口ほどに笑っていない。感情がまるで見えない。
 黄灰の新人は、一瞬で身体を凍えさせていた。それは純粋な恐怖だった。
 皮肉に対する返答も、言葉が浮かばない。脳が完全に思考を放棄していたのだ。
  
「あら、そちらの女性はお初にお目にかかりますが、ご挨拶はしてくださらないのですね……」

 仮面のメイドはわざとらしく、茶化すようにして悲しげな声を作り出す。
 新人の教育係である黒フードの人物は、地面に汗を落としながら、頭を下げた。

「その……コイツはまだ、覚醒したばかりのひよっこでして。こういう場に慣れていないのです。どうかご慈悲を。次からは決して、貴女を不快にさせないよう、教育を施す事を約束しますので……」

「くすっ、新人の教育はとても大切です。次こそはくれぐれも大切な客人に、粗相のないよう再教育をお願いしたいですね」

「ありがたい。寛大な処置に、感謝いたします」

 次の約束を取り付けて、すぐにでも斬られる可能性がなくなり安堵する。
 この場は完全に仮面のメイドが掌握していた。絶対君主に屈する臣下の面持ちだ。

「さて、貴方方との戯れもこのくらいにして、今宵の目的を果たしましょう」

「はい。早速ですが、こちらが約束の物です。お納めください」

 フードの人物たちが献上したのは、大量の魔石が入った袋だった。
 一つ一つが質の高い魔力を帯びており、個人で所有する量を遥かに超えている。
 魔石はその用途が幅広く、カンテラのような生活道具から武器、大型攻城兵器に至るまで。

 用意された魔石分だけで、小さな国を一つ落とせるだけの兵器が作れるだろう。

「要望通りの数で間違いありません」

 仮面のメイドは一瞥だけして、袋を亜空間へと収納した。彼女の指で宝石が輝いている。

「では次にこちらの約束の品を、譲っていただけますでしょうか?」

「ええ。どうぞ、ご希望の古代の遺物です。丁重に扱ってくださいね」

 仮面のメイドは、白い布に包まれた武器のようなものを手渡す。
 代表して灰フードの人物が受け取ると、中身を確認し、間違いないと頷いた。

「――待て、話が違う。こちらが受け取るはずの聖遺物は二つだ。ここには一つしかないぞ!」

 誰かが取引の不正に気付いて声を荒らげた。
 見守っていた人物たちが動き出す。裏切りは許されないと。
 次々と武器に手を掛けていく。巻き込まれた灰フードの人物が庇った。
 
「よ、よすのじゃ! この者に、【常闇ノ戦鬼神】に決して手を出すな。根絶やしにされるぞ!」

 瞬間、眩い稲妻が倉庫街を走った。視界が白く焼ける。
 焦げ付くような臭いを伴って、仮面のメイドが刀を構えていた。

「がっ……あっ、あああ……!」

「あひっ……!」

 狙われたのは黒フードの人物だ。隣では新人の黄灰少女が腰を抜かしている。
 
「揃いも揃って魔神の力をその身に宿しておきながら、この程度にすら満足に抵抗できないとは、情けないですね。……先に約束を違えたのはそちらではありませんか?」

 フードを被る人物は全員、魔神の臓器を移植され、人を遥かに超越した身体能力を持つ。 
 だが、誰一人としてメイドの剣筋を見切れた者はいなかった。その場から一歩も動けずにいた。

「この街での諜報活動を見逃す際、あの子との接触は固く禁じておいたはず。ですが、こちらの殿方は約束を破り、あの子が所属するクランに配属されたというではありませんか。これは、信頼を揺るがす重大な裏切り行為ではないのですか?」

「ち、違う、故意じゃない。偶然なんだっ! 偶々親戚筋に頼られて、【鍋底】が例の姫様のクランだとは知らなかったんだ! 本当だっ!!」

 フードが外れ、現れたのは無精髭の男だった。愛用のナイフが床に落ちる。
 剣先を向けられたガンツは、額に脂汗を浮かべながら必死の形相で命乞いをしている。
 元Aランクの冒険者ですら、目の前のメイドにはどんな手段を講じても勝ち目がないのである。

「俺はまだ何もしていないし、今後クランをどうこうするつもりもない。そ、それにだ。あの青年は既にクランを離れている! 俺と入れ替わりで追放されたんだ! もう接触する機会もないだろう。なっ、なっ、これなら問題ない……ないでしょう?」

 しばしの沈黙ののち、「見逃すのは今回限りです」とメイドが応じ、刀が離れていく。
 
「……以前から疑問だったのだが、あのオルガという青年は俺たちと同じ人造魔神。いっそこちら側に引き入れてしまってはどうだ? きっと我々の理念、計画に賛同してくれるはず。あの姫様だって、彼の動向を気にしていらっしゃるのだろう? かの魔神王を肉体に宿し最初の成功例、まさに最高傑作なのだからな!」

 青黒フードの男が恐れずに、疑問を投げかける。

「……黙りなさい。失敗作風情が姫様の崇高な願いを曲解して語るか。次にその小汚い口を開けてみなさい。【守り人】の名において、この地に生を受けた事を後悔させて差し上げましょう」

 殺気を向けられ、青黒フードはそれ以上何も言えず後ろに下がった。
 入れ替わりに、魔石を倉庫から運び終えた赤黒フードの女が、質問する。

「今後間違いがないよう一つだけ確認しておきたい。私たちの方は接触を禁じられているが、向こうから接触してきた場合はどうすればいい。目覚めたばかりの神獣の存在も捨て置けない。計画を邪魔されるとなると、こちらとしても手を出さざるを得ないが……」

「それは貴方方の努力次第ではないのですか? こちらとしては計画の成否にこだわりはないのです。あくまで協力関係であって、わたくしたちは対等ではありません。そこを勘違いされないように」

 冷たく突き放すように言い捨てる。が、途中で考えを改めたのか、仮面の下の口元を緩めた。

「……そうですね。今後もあの子と神獣に害をなさないとお約束していただけるのでしたら、少しだけ手を貸しましょう。まだまだ魔石は必要ですし、帝国軍に捕まってもらっても困ります。あと――報酬の先払いとして、金貨を五枚ほど融通していただけないでしょうか?」

「もちろん、初めからそのつもりでおります。ご援助いただき大変ありがたく存じます」

 この場で最年長である灰フードが、金貨を入れた袋を手渡し、深々と頭を下げた。

「感謝いたします。それではわたくしは、温い紅茶がないと寝付けない愛らしい姫様のお世話に戻りますね。また次の取引でお会いいたしましょう。みなさま、御機嫌よう」

 スカートを摘まみ気品漂うお辞儀をして、吹き荒ぶ風と共に仮面のメイドが姿を消す。
 極度の緊張から解放され、フードの人物たちが息を吐いた。無意識に流していた汗を拭う。

「ふぅ……げに恐ろしい女だよ。まるで生きた心地がしなかった。アイツの仮面から覗かせる氷のような目を見たか? 人も魔も平等に生物として捉えていない。”特別”以外の生き死にまるで関心がないんだ。どんな教育を受けたら、あんな魔神よりも冷酷な人間に育つのか聞いてみたいものだな」

「【血塗られた三ヵ月】では単独で連合軍六部隊、三〇〇〇人あまりを惨殺。囚われの姫君を救いだした、世界でも類を見ない特級指名手配犯だ。まともにやりあえるのは元Sランク冒険者であり現代の英雄と謳われるオルレアン傭兵団の団長様くらいか。それでも、歳を考えると分が悪いかもな」

 人類史上最強の実力者が味方であることの安心感と、その人物を御しきれない不安。
 どちらがマシかと問われると、寸前で前者だろうか。その剣は常に首元へ向けられているが。

「……先輩、早々にあのメイドを排除しておくべきではないでしょうか。奴も人間です。現状は味方に甘んじていても、いざとなれば我々を裏切るに決まっています。いずれ最大の障壁になるかと……」

「はぁ……。んで、その役割を一体誰が担うんだ? 俺は死んでもごめんだぞ。お前は礼儀作法と同時に現実も学ぶべきだな。次はもうないと忠告を受けたばかりだろ」

 ガンツの警告に無謀な新人は黙りこくった。危険人物であるのは否定しない。
 が、ここに残る八人全員が寝込みを襲ったところで、数秒も持たないのは目に見えている。

「ワシたちが人の皮を被った化物だとするなら、奴は人の姿で生まれし鬼神。今さら表の世界には戻れんじゃろう。そのうえ奴は【守り人】、所詮姫様の命令なくしては動けぬ傀儡でしかない。放っておけばよい。我々【真実の救済者】は【アルカディア計画】に専念する。ガンツよ、その聖遺物はお主が使え。……失敗は許されんぞ!」

「それはそれは、責任重大だな」

 ガンツは仮面のメイドから譲り受けた聖遺物。
 黒い錫杖を握り締める。杖からは禍々しいオーラが漂っていた。
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