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22話 休息

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 小さな泉の前で馬車が止まる。御者が馬の手入れをしていた。
 俺たちも地上に足を下ろして水筒の中身を補充していく。綺麗な水だ。
 魔物の気配もないし、まだ新しい焚火の跡も残っている。安全が保障された空間だ。

「すまないね。急ぎの旅かもしれないが、馬にも休息が必要なんだ」
「別に構わないぞ。乗せてもらえるだけで十分だ。ここで一晩泊まるのか?」
「そうだね。でも安心しな。もしもの時は後ろの冒険者さんが守ってくれる。旅人さんたちはゆっくりしていけばいいさ」
「俺たちも一応、自衛はできるが。そうか、後ろの馬車には護衛も乗っていたのか」

 三台あるうちの一つから二人組の冒険者が降りてくる。
 見た目は若い二人組の男女だ。装備からしてそれほど高いランクでは無さそうだが。
 まぁGランクの俺がこんな事を言うのは偉そうだが。馬車の護衛は大体低ランクの仕事だ。
 
 名の知れた行商人たちは専属の護衛を持っているし。
 わざわざ当たり外れの激しい冒険者に依頼するのは、金に余裕が無い個人事業主に多い。 

「クレルお姉ちゃん! 水が冷たいです、ひんやりしています! えいっ!!」
「あっ、んっ……もうっ! フランは悪戯っ子なんですから!」
 
 水を掛け合い二人がはしゃいでいる。
 素足になって濡れた服を手で絞りながら。絵になるな。ずっと見ていたくなる。
 ……羨ましい訳じゃないぞ。姉妹仲の良さに見とれているだけだ。

「へぇ。可愛い乗客たちだな。この子たちは兄さんの家族かい?」
「いいだろう。俺の”友人”だぞ?」
「や、やけに強調してくるな……。若いのに小さい子を連れて旅をしているなんて訳アリかな?」
「夜逃げしているように見えるか?」
「いや全然」

 隣に立って自然に声を掛けてくる短髪の男。
 市販で流通されている装備を身に着け。嫌味のない笑顔を向けてくる。
 もう一人の人物も近付いてくる。見たところ武器を持っていないが余裕だな。

「そういえば道中で旅人さんを拾ったって聞いたけど。一応挨拶しておくわね。私はカミア。この人はラック。見ての通り冒険者よ。これからしばらくの間よろしくね」

 手を前に出してきたので握手に応じる。
 最近まともな冒険者と会っていなかったので新鮮だ。
 
「俺たちは護衛で雇われているんだ。ランクはD。まっ、気楽に行こうや」
「Dランクで馬車の護衛を引き受けるだなんて珍しいな。そういうのはEランクの連中に任せるものだが」
「兄さん詳しいな。まあ確かに物好きに思われるかもしれないが、俺たちも王都に用事があってな。馬車に乗せて貰えれば足になるし。多少は金も貰えるから悪くないかなって」
「装備も道具もタダじゃないし。運悪く戦闘に巻き込まれたら損するからあまり引き受けたくはなかったんだけどね。これも何かの縁だと思って」
「人が良いんだな。そうハッキリと言ってくれる方が雇用主も安心できるだろうな」

 護衛と偽り実は盗賊団と通じていたとか。別段珍しい話でもない。
 ギルドなんて仕事を斡旋するくらいで安全の保証をしてくれる訳じゃないから。 
 俺ですら冒険者になれるのだ。低ランク帯は荒くれ者が多くそれなりのリスクが生じる。 

 実入りが少ないのに危険を顧みず承諾するくらいだ。人柄は悪くないのだろう。
 高ランクほど装備の質を求めるだろうし。安い仕事は引き受けるだけで赤字なのだ。

「兄さんは旅人らしいけど。もしかして元冒険者なのか?」
「まぁ……そんなところかな」

 ギルドに追放されたとは言いにくい。
 犯罪を犯した訳ではないが。そういう目で見られそうだ。

「馬鹿ね。彼らは護衛も連れずに旅人をしているのよ。元冒険者で腕にも相当な自信が無ければ無謀でしょ?」
「それもそうだよな。もしかすると、俺たちの護衛は必要なかったかもな」
「…………」

 勝手にハードルを上げないでくれ。Gランクとも言い辛くなったじゃないか。
 考えてみれば、Gランクの男一人に女二人連れの旅って他人から見て正気の沙汰じゃないな。

「そうだ兄さん。せっかくこうして同伴する事になったんだ。スキルを教えてくれよ」
「私も気になるわ。是非、見せてもらえないかしら?」
 
 ――でた。冒険者の悪い癖だ。
 彼らは神から祝福されているから。自分のスキルに誇りを持っている。
 そしてすぐに他人のスキルを知りたがるのだ。俺はこれを自慢合戦プライドバトルと呼んでいる。

 ランクというものは、その気になれば幾らでも簡単に偽れるものだ。
 毎回ギルドに照会してもらう訳にもいかないし。装備に気を遣えば素人ぐらいは騙せるだろう。
 だがスキルは誤魔化せない。目の前で披露しろと言われて拒否すれば当然、怪しまれる。

 強いスキルを持っていれば、相応の実力が保証されるから。
 ランクなんて人が定めた曖昧な基準よりも、神から授かった能力に説得力が高いのは当たり前で。

 その人物が何が得意なのか。何を任せればいいのかの指標になり。
 冒険者がパーティを組む時は、大抵最初に得意スキルを確認する作業からになる。

 俺はこの質問が昔から苦手だった。
 自分からスキルが無いと告白しないといけないんだぞ。
 そのあとの凍え切った空気を想像するだけで胃が苦しい。

 俺が長年培ってきた薬草採りのノウハウを生かして【採取】持ちと偽るか?
 だが、薬草以外は専門外だしな。はぁ……しんどい。

「俺の得意スキルは【投擲】だ。少し地味だが。なんと驚くなかれ。レベルは二なんだぜ!」
「へぇ……やるじゃないか」

 【投擲】は武器を投げる際に命中に補正が掛かるスキルだ。
 投げる物によっては相手を無力化したり暗殺にも使える。派手さはないが堅実で使い道が多い。

 そして彼は今レベル二と言っていたが。実はスキルも成長する。
 条件は今のところ諸説あるが。長く使い続けるのが重要なのらしい。
 レベルが上がると、スキルは様々な面で性能が向上するのだ。
 
 歳が若いとスキルを習得する機会が多いが、逆にレベルが上がり辛いと聞く。
 Dランクでレベル二のスキル持ちは、かなり優秀といえるだろう。
  
「私の方は【収納」スキルね。こっちも地味だけど。結構レアなんだから」

 カミアは手を伸ばして空間を裂き、杖を取り出す。
 【収納】はかなりレアなスキルだ。Aランクぐらいか。
 レベルが一だと幅が小さい物しか入れられないが。荷物が減るというのはそれだけで大きい。

 なるほど、武器はいつでも取り出せるから持ち歩いていないんだな。
 それはそれで奇襲に弱そうだが。あえて隙を作るのも立派な戦術と聞く。

「それで、肝心の兄さんは何が得意なんだ?」
「俺か……? 俺は……」

 むむむ。これは逃げられない。
 さて、どうするか。とりあえず目の前にあった石を拾う。
 
 ちょうど近くに穴が湧いている。 
 死を超越せし者との戦いで使ったアレを使うか。
 
 穴に向かって石を投げ捨てる。
 多分、二人には突然消えたように映るはずだ。

「石が無くなった!? これが兄さんのスキルか!」
「わお。もしかして私と似たスキルなのかしら?」
「……かもしれないな」

 このダンジョンを生成する能力がもしスキルだとすれば、かなりレアなのは確かだ。
 【収納】と違うのは一方通行で出し入れができないところか。便利なようで不便も多い能力だ。
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