神逆のクラウン~運命を狂わせた神をぶっ殺す!~

夜月紅輝

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第3章 道化師は嘆く

第58話 重力の遊戯場 マチスカチス#3

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「誰もいないな」

「クゥン......」

 リリスとベル、エキドナと兵長同様にクラウンとロキも全く知らない場所にいた。その場所は8畳間しかないような空間。後ろは壁、前はボタンのようなものが付いた扉があった。

 ロキは他の四人がいないことに悲しそうな顔をする。そんなロキを慰めるように撫でながら状況を整理する。とりあえずここでも魔法は使えない。そして、この場では超重力はかかっていない。とまあ、これぐらいしかないが。なら、戻れない以上、目の前にあるボタンを押して前に進むしかない。

 クラウンはロキの調子が戻ったことを確認すると前に進んでいく。するとその時、後方からガコンッというギミックが発動した音がした。クラウンとロキは思わず後方を見ると先ほど何の変哲もなかった壁から無数の針が飛び出していた。

 しかも、その壁はゆっくりと動き始めている。少しずつ動作を早くしながら。このままでは押し潰されてしまうだろう。そうなれば、いくら回復力の高いクラウンでもひとたまりもない。脳や心臓をやられてしまえば、確実に死ぬ。

 となれば、その前に破壊するのみ。そして、クラウンはロキを保険としてボタンの前に置きながら、壁に向かって走った。それから、大きく右腕を振りかぶると針と針の間を縫って<極震>を使いながら殴っていく。

「!」

 しかし、その攻撃は少しも壁を傷つけることは出来なかった。しかも、押したはずが押し返されている。自分の力が弱まっているというわけではない。ということは、この壁自体が結界の膜で覆われているという可能性が高くなる。

「ロキ、ボタンを押せ!」

「ウォン!」

 クラウンはすぐに思考を切り替えると扉に向かって走った。そして、ロキがボタンを押した瞬間、扉はスライドしていき、待ち伏せしていたかのように一斉に魔物達が襲ってきた。

 だが、その魔物をすぐにクラウンとロキは瞬殺していく。するとまた、目の前に扉があり、ボタンもあった。だが、さっきの扉にあったボタンの位置は中心だったに対し、そのボタンは同じ中心ではあるが、扉の下側にあった。

 変わったことはそれだけではない。扉が開くと同時に後ろの壁が加速した。つまりはいかにして潰されずに扉を開け続け、前に進んでいくかということだろう。加えて――――――――

 クラウンは下側にあるボタンを蹴って押すと再び魔物が現れた。だが、すぐに抹殺していく。

 ――――――――魔物つきで。その魔物も先ほど現れた魔物よりも力が少し強かった。

「ロキ、上を頼む!」

「ウォン!」

 壁の加速ギアはまた一つ上がった。そして、ボタンの位置はクラウンが跳ばなければ届かない位置にある。しかし、ロキなら大きさ的に届く。それから、ロキがボタンを開けると魔物が跳び出すがすぐに殺していく。

「うぜぇ!」

 すると、今度は扉の左横にボタンがある。位置的にクラウンの方が近い。クラウンはそのボタンを左手で押すと同時に刀先を前に向けた。そして、開くと同時に刀を一気に突き出した。しかし、その攻撃は魔物に避けられた。

 そのことにクラウンは思わず唇を噛む。存外早くに魔物のレベルが高くなったことに。まだ扉は開けて4つ目。なのに、もう初撃が躱された。おそらくまだまだこの扉は続いていくだろう。加えて、後ろの壁は扉を超えるごとに加速していく。

 だが、思考はクリアだ。躱されたとわかると左拳で殴って頭を破壊する。そして、刀を振るって次の魔物を切り裂いていく。

 クラウンとロキはまるでリズムゲームのように交互にボタンを押して扉を突破していく。クラウンが右側に寄れば、ロキが左側に寄って、ロキが下で魔物を殲滅していれば、ロキの背中を蹴って上に跳ぶ。

 これをかれこれどのくらい続けただろうか。すくなくとも常人なら即死レベルの速さで壁は動いている。だが、その壁に追われながらもクラウンとロキは危なげなく扉を突破していく。

 もうクラウン達に判断ミスはほとんど許されない。一秒でも経てば、確実にお陀仏だ。

「ロキ、方向転換だ!」

「ウォン」

 丁度、クラウンとロキがそれぞれ左と右にいた状態で扉を突破して魔物を殺すと目の前にボタンが無かった。しかし、止まる訳にはいかない。するとその時、視界の右端にボタンを捉えた。そして、反射ともいえる反応速度でボタンを押してロキに声をかける。

 ロキが通り抜けた瞬間、壁はその空間を押し潰した。それから、クラウンがたどり着いた空間は先ほどよりも小さい6畳間ほどの空間。そこの目の前には再びボタン付きの扉が。

「ロキ、走れ!」

「ウォン!」

 この空間を認識した瞬間、クラウンとロキは同時に走り始めた。すると先ほどの壁は針を出しながら再びクラウン達の後を追う。しかも、先ほどの速さで。となれば、当然魔物の強さも上がる。今度は確実に一撃では倒せない。

 この場では時間が命となる。先ほどまではギリギリ一撃で倒せていたため、かなりの加速の中でも多少の余裕があった。だが、二撃となれば、話は変わってくる。この速さの中でその二撃に使う時間は明らかに命取り。「この神殿、俺達の他に誰がクリアできるんだ?」と本気で思うレベル。

 それから、しばらく真っ直ぐ続いたかと思うと次は右に、その次は左。右二連続と続いて左からの右からの左二連続。

 その動作に使う時間もクラウン達を苦しめた。壁は曲がるたびにぶつかっていながらも、すぐにもとの......いや、それ以上の速さで追いかけて来る。そのせいで、段々とクラウン達と壁の距離は縮まっていく。

 するとある空間に来た時、クラウン達は窮地に追い込まれた。その空間では目の前、右、左と扉が見当たらない。そうなれば、先へ進むことも出来ない。同時に全くと言っていいほど時間はかけれない。なんとかしのいで稼いだ時間は精々2秒ほど。

 クラウンはふと上を見た。すると見た先に扉があるではないか。だが、ここでロキが動いてしまうと一回ボタンを押した後、再び上に上がるために跳ばなければならない。しかし、そんな時間は今はない。その時、クラウンの武器が輝いた。

 クラウンは咄嗟にポーチに手を掴むと一気に上に振り上げた。すると、回転した物体はボタンを押すとすぐに人を巻き戻してクラウンの手元に戻ってくる。クラウンが使ったのはヨーヨーである。しかも世界一の硬度を誇る鉱石で作られた。

 だが、そのおかげで無駄な時間を使わずに済む。

「ロキ、跳べ!」

「ウォン!」

 クラウンはロキの背に跨り、身を屈めるようにするとロキは一気にその場から跳ねた。そして、後ろで壁と壁がぶつかり合う音を聞きながら、ロキがその道の壁に爪を立てて垂直に登っていく。おそらくこの場においてロキの手に専用の武器がつけられていなかったら、途中でロキの爪は壊れて二人とも落下していただろう。

 そして、落下すれば未だしつこく追ってくる壁に激突して串刺しになっていただろう。そう考えると今生きているのはリリスのおかげだ。そのことにクラウンは思わず笑った。

二人は上に続く道を抜けて次の空間に出た。すると、今までは地上を這う魔物だけだったのに、今度は狙いが定めにくい空中に浮かぶ魔物まで現れた。だが、それ以上にクラウンとロキが思ったのは「まだ続くのか」ということ。

 もうあの上に行く道の時点で普通は詰みだ。クラウンすらロキがいなければ、助からなかっただろう。たとえ糸を飛ばして上に移動して、壁蹴りを繰り返したとしても。明らかに進む速さが変わってくる。斜めに上がっていくのと垂直に上がっていくのではどちらが早いかなんて言わずもがなであろう。

 それからも、クラウンとロキは判断をし続けた。最初は1つ、次は3つ、今は4つ。もう余裕なんてものはない。判断ミスは絶対に起こしてはならない。無駄な動作もしてはならない。阿吽の呼吸で互いを補いながら前に進んでいく。もうリズムゲームどころの速さではない。

 すると、ある空間に来た時、床に不自然に赤い扉があり、ボタンもあった。この時さすがに「終われ」とクラウンとロキは願った。そして、クラウンはロキの背に跨るとロキがそのボタンを押して、垂直に駆け下りてく。そうしないと追いつかれるからだ。

 その道は長かった。最初は垂直だったが、途中でカーブを描きながら真っ直ぐになり、垂直カーブで右に曲がったり、左に曲がったり。そして、上へ駆けのぼると再び真っ直ぐになった。

 その時、光が見えてきた。終わりの可能性が高い。だが同時に、罠かもしれない。集中力が極限状態で終わりの見えない道を進み続けた人が、突然現れた出口を見つけた時の感情は一つ。終わりかも知れないという安堵と集中力の緩和。それが最も死を招く。

 クラウンは軽くロキの背を叩くとロキはほんの一瞬だけクラウンと目を合わせた。それだけでクラウンとロキの意思疎通は十分。しっかりと伝わった。

 そして、ロキは最後まで油断せず駆け抜けていった。いつでもどこへでも動けるように。そうして、その光を抜けた先には.......

「クラウン!ロキちゃん!」

「無事で何よりです」

「ふふっ、待ちくたびれて危うく―――――――――」

「く、クラウン君、ロキ君よ。大丈夫だったかね?」

 クラウンとロキが来た空間は広い空間でその空間には仲間達が揃っていた。そして、クラウンとロキが勢いよく地面に着いた瞬間、後ろの壁は大きな音を立てながら止まった。その光景を見ていた4人は思わず呆然と固まる。

 なぜならクラウン達がその道から出て着た瞬間、まばたきもしていないのにすでに壁が道の出口まで現れていたからだ。むしろ、クラウン達が生きていることが不思議に思うくらい。やはり異常なのか。しかし、それが誇らしい。

「あんたの場合、運は運でも悪運が強いのかもね」

「同じ運にはかわりないだろう」

 クラウンはロキから降りるとさすがに脱力したように地面に寝そべった。ロキも同様に。あれだけのことがあったのだ。仕方あるまい。しかし、その光景がリリスとベルには新鮮に見え、同時に嬉しくなった。普段弱った姿など決して見せないクラウンが、その弱った姿を見せている。それが心を開いてくれている感じがして。

「ふふっ、膝枕でもいる?」

「お前は邪な感情を持っているから却下だ」

「それは健全な状態よ。でも、その言い方だとその感情を持っていなかったら、していたということになるけど?」

「......口が滑っただけだ」

「ふふふっ、可愛いわね」

「うるせぇ」

 クラウンは立ち上がると一度大きく深呼吸した。そして、この空間を見渡す。この空間の3辺には道がある。おそらくあれは分かれた時のそれぞれの道が広がっているのだろう。それから目の前には物々しいいでたちをした扉がある。もしかしたら、この先で終着点かもしれない。

 そして、ロキがリリスに感謝のスリスリをし終えたのを見届けるとクラウンはその扉を開けた。
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