私のバイト

あさき のぞみ

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第1章 興味

面接

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私はどこにでもいる大学3年。単位は9割取った。あとはゼミくらい。

彼氏去年はいたけど、今はいない。ほしいとは思う時もあるけど正直めんどくさい。

友達とのランチは週に二回。カフェでだらだら喋って、古着屋を覗いて、駅前で別れる。そういう日常が心地いいと思っていた。就活のことを考えると憂鬱になるから、まだ先のことにしている。

バイトは居酒屋。時給1000円。週3回、5時間くらいずつ。月に約6万くらいになる。家賃と光熱費は親が出してくれているから、これで十分だった。服を買って、友達とご飯食べて、たまに映画を見る。そういう生活。

「かんなちゃん、今日で最後なんだ」
ホールを一緒に回っていた先輩が、グラスを拭きながら言った。

「え、辞めるんですか」

「うん。就活本格的に始まるから」

先輩は笑っていたけど、どこか疲れた顔をしていた。

その日、帰り道でスマホを見ていたら、求人アプリの通知が来た。普段なら無視するのに、なぜかタップした。

『高収入・短時間・週1OK』

よくある怪しい文句。でも時給の欄を見て、目を疑った。

「一万円……?」

居酒屋の十倍。五時間働けば五万円。

月に一回で済む計算だ。

詳細を開くと、『モニター業務』と書いてある。新商品やサービスの体験、アンケート回答。顔出しなし、匿名可。
怪しい。絶対怪しい。

でも、指は応募ボタンを押していた。

翌日、メールが来た。面接の案内。場所は都心のオフィスビル。ちゃんとした住所だった。Mapで調べると、本当に存在する。

行くだけ行ってみようと思った。怪しかったら帰ればいい。そう自分に言い聞かせた。

面接当日。ビルの8階、こぢんまりした事務所だった。受付の女性は丁寧で、スーツを着た男性が出てきて応接室に通された。

「三好かんなさんですね。本日はありがとうございます」

男性は三十代後半くらい。穏やかな話し方をする人だった。

「こちらのお仕事、簡単に言うと体験モニターです。新しいサービスや商品を試していただいて、率直な感想をいただく。それだけです」

「それで……時給一万円なんですか」

「ええ。企業側が confidential な案件に対して高い対価を支払う、ということです」

confidential。秘密の、機密の。

「具体的には、どんなことを?」

男性は少し間を置いてから、言った。

「それは案件によります。ただ、かんなさんの場合、最初の案件はもう決まっています」

「もう?」

「ええ。二時間、五万円です」

居酒屋で五十時間分。

「何をするんですか」
「デートです」

私は聞き返した。

「デート……ですか」

「はい。クライアントの方と食事をして、会話をする。それだけです。もちろん、それ以上のことは一切ありません。契約書にも明記します」

男性は書類を差し出した。そこには確かに『身体的接触を伴う行為は一切含まれない』と書いてあった。

「これって……」

「違法なことは何もありません。ただのモニター業務です。相手の方は、コミュニケーションのリハビリをされている方で、自然な会話の練習をしたいとのことです」

自然な会話の練習。リハビリ。

怪しい。でも、契約書はちゃんとしている。違法性はない、と書いてある。

「考えてもいいですか」

「もちろん。ただ、この案件は今週中に決めていただきたいのですが」

帰り道、頭の中でぐるぐる考えた。

二時間で五万円。ただ食事して喋るだけ。

でも、なんでそんなにお金を払うんだろう。

そして、なんで私はこんなに迷ってるんだろう。

断ればいいだけなのに。

スマホを見ると、友達からメッセージが来ていた。『この服かわいくない?』とブランドのリンク。

値段を見る。四万八千円。

私は、メールアプリを開いた。
件名:Re: モニター業務の件
本文:やります。
送信ボタンを押した瞬間、心臓が大きく跳ねた。​​​​​​​​​​​​​​​​

すぐに返信がきた。

『それではクライアント様には連絡致します。それと三好様への重要事項説明をお送りしますので、必ず最後まで目を通していただき同意されるのであれば、デジタル署名をお願い致します。おそらく読むのに1時間弱掛かりますので、その分の時給は別途支払いますのでご安心ください』

読むだけで時給が出る。

普通じゃない。でも、ちゃんとしてるようにも見える。

三十分後、PDFが届いた。ファイル名は『重要事項説明書_三好かんな様_20XX年X月X日』。

開くと、四十ページ近くあった。

最初の数ページは一般的な内容だった。業務内容、報酬、支払い方法、キャンセルポリシー。時給一万円、二時間で二万円……いや、五万円と書いてある。

「あれ、五万?」

メールには二万円としか言われてなかった気がする。読み進めると、『初回特別報酬』という項目があった。初回のみ、通常の2.5倍の報酬を支払う、と。

つまり、会社側は私に来てほしいということだ。

次のページ。守秘義務について。

『本業務において知り得た情報を、第三者に開示、漏洩してはならない。SNS、ブログ等への投稿も禁止する。違反した場合、損害賠償請求の対象となる』

まあ、そうだろうな。普通の企業モニターでもありそうなことだ。

その次。『クライアントのプライバシー保護について』。

クライアントの氏名、職業、住所、その他個人を特定できる情報の収集および記録を禁止する。スマートフォンでの写真撮影、録音も禁止。

ここまで来ると、少し不安になってくる。

でも、逆に言えば、それだけちゃんとしてるということかもしれない。

さらに読み進める。

『業務範囲の明確化』という章。

ここには、やっていいこと、やってはいけないことが事細かに書いてあった。

やっていいこと:会話、食事、散歩、同席。

やってはいけないこと:身体的接触(握手、ハグ等含む)、個人情報の交換、業務時間外の連絡、金銭の直接授受。

握手もダメなのか。徹底してる。

次のページで、手が止まった。

『感情労働に関する注意事項』

『本業務は、クライアントに対して好意的な態度、共感的な反応を示すことを含みます。これは演技であり、あなた自身の本心である必要はありません。しかし、クライアントがそれを「本物」と誤認する可能性があることを理解してください』

『あなた自身が、この演技と現実の境界を見失わないよう注意してください。必要に応じて、カウンセリングサービスを無料で提供します』

カウンセリング。

そこまで用意されている。

私は画面から目を離して、天井を見た。

これは、ただの食事じゃない。

演技だ。好意的な態度を「演じる」仕事。

でも、それって……接客業も同じじゃないか。居酒屋でも、嫌な客に笑顔を向けてた。それと何が違う?

違うのは、金額だ。

時給一万円。その重さ。

スマホを握りしめて、また読み始めた。

残りは法律用語ばかり。管轄裁判所がどうとか、準拠法がどうとか。

最後のページに、チェックボックスがあった。

『私は本書面の内容を理解し、同意します』

その下に、デジタル署名欄。

指を置いたまま、動かせなかった。

サインしたら、後戻りできない。

でも、後戻りって何? ただの二時間のバイトなのに。

居酒屋だって、最初は緊張した。でも慣れた。

これも同じ。そう思えばいい。

私は自分の名前を、画面に書いた。

『三好かんな』

送信ボタンを押す。

すぐに返信が来た。

『ご同意ありがとうございます。それでは、明後日の19時、以下の住所にお越しください。服装は、カジュアルで構いません。クライアント様も、普段着でいらっしゃいます』

住所を見ると、港区の高級レストランだった。

検索すると、コース一人二万円からと書いてある。

私は、クローゼットを開けた。

何を着ていけばいいんだろう。​​​​​​​​​​​​​​​​
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