私のバイト

あさき のぞみ

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第1章 興味

相談窓口

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その時、メールの着信音が珍しく鳴り響いた。

件名『相談窓口』

『三好様 初のクライアント様を前にお悩みな点等ありましたらオンラインでの相談窓口がございます。これは、カウンセリングとは違い、三好様のことをより知り多くのクライアント様に情報提供することも目的としていますので、より深く、より素直な三好様の姿を知りたいと弊社では思っています。全てにおいて、男性でも女性どちらでも良いですし、話しやすくなければ変えていただくことも可能です』

私のことを知りたい。

クライアントに情報提供する。

つまり、私という商品の、スペック表を作るということだ。

スマホを持つ手が、少し震えた。

でも、相談窓口があるのは悪いことじゃない。むしろ、ちゃんとしてる証拠かもしれない。

私は返信した。

『相談したいです。女性の方でお願いします』

五分後、Zoomのリンクが送られてきた。『本日22時から30分ほどお時間よろしいでしょうか』

時計を見る。今、20時。あと二時間。

『大丈夫です』

その日は、夕食も喉を通らなかった。

22時ちょうど、パソコンの前に座った。Zoomのリンクをクリックすると、待機室に入った。

十秒ほどで、画面が切り替わった。

「こんばんは、三好さん」

画面に映ったのは、三十代くらいの女性だった。落ち着いた雰囲気で、メガネをかけている。背景はシンプルな白い壁。

「こんばんは」

「私は相談員の田村と申します。今日はお時間いただきありがとうございます」

田村さんは柔らかく微笑んだ。

「緊張されてますか?」

「少し……」

「大丈夫ですよ。ここでお話しいただくことに、正解も不正解もありません。ただ、三好さんのことを知りたいだけです」

私は頷いた。

「まず、今回のお仕事を応募されたきっかけを教えていただけますか」

「時給が……高かったから、です」

正直に言った。取り繕っても意味がない気がした。

「そうですよね。普通のアルバイトとは桁が違いますから」

田村さんは否定しなかった。

「他に理由はありますか? 例えば、好奇心とか」

好奇心。

確かに、あった。

「……少し、あります。どんな人が、こういうサービスを使うのかなって」

「なるほど。では、不安に思っていることはありますか」

たくさんある。でも、何から話せばいいのか。

「その……本当に、食事だけで終わるのかなって」

田村さんは真剣な顔で頷いた。

「それは当然の不安です。でも、安心してください。もし万が一、クライアント様が契約外の要求をされた場合、その場ですぐに弊社に連絡してください。24時間対応の緊急連絡先があります」

「はい」

「それと、初回は特に、クライアント様も緊張されています。三好さんと同じように、不安を抱えている方もいらっしゃいます」

「相手も、緊張してるんですか」

「ええ。特に今回のクライアント様は、人とのコミュニケーションに苦手意識をお持ちの方です。だから、自然な会話の練習がしたいと」

そうか。相手も、私と同じように不安なのかもしれない。

少しだけ、気持ちが楽になった。

「三好さん、普段はどんな会話が得意ですか?」

「得意……ですか」

「友達と話す時、どんな話題が多いですか」

「服とか、ドラマとか。あと、バイト先の愚痴とか」

「いいですね。自然体で大丈夫です。クライアント様も、作られた会話じゃなくて、普通の会話がしたいんです」

田村さんはメモを取りながら言った。

「次に、少し踏み込んだ質問をさせてください。三好さんは、恋愛経験はありますか」

急に話題が変わって、戸惑った。

「あ、はい……去年まで彼氏がいました」

「そのお付き合いは、どんな感じでしたか。楽しかったですか」

「最初は楽しかったです。でも、途中から……なんか、めんどくさくなって」

「めんどくさい?」

「連絡とか、会う約束とか。気を遣うのが疲れて」

田村さんは頷いた。

「それは、相手に合わせすぎていたからかもしれませんね」

「かもしれません」

「今回のお仕事も、ある意味で相手に合わせる仕事です。でも、それは演技です。三好さん自身が消耗しないように、境界線を引いてくださいね」

境界線。

「どうやって、引けばいいんですか」

「例えば、業務が終わったら、すぐに気持ちを切り替える。お風呂に入るとか、好きな音楽を聴くとか。それと、違和感を感じたら、すぐに相談してください」

「はい」

田村さんは優しく微笑んだ。

「三好さん、最後に一つ。このお仕事を通して、何か得たいものはありますか」

「得たいもの……」

お金。それは確かだ。

でも、それだけじゃない気がした。

「まだ、わかりません」

「それでいいんです。最初はみんな、そうですから」

Zoomが終わった後、部屋の中を歩き回った。

クライアントに情報提供する、とメールには書いてあった。

つまり、今の会話も、記録されている。

私の恋愛経験、会話の得意不得意、性格。

全部、データになる。

スマホを見ると、また通知が来ていた。

『本日の相談窓口利用料として、5,000円を振り込みます』

五千円。三十分話しただけで。

私は、ベッドに倒れ込んだ。

明後日。19時。

高級レストラン。

知らない人と、二時間。

五万円。

本当に、大丈夫なんだろうか。

でも、もう引き返せない。

そう思った瞬間、不思議と落ち着いた。

引き返せないなら、進むしかない。

私は目を閉じた。​​​​​​​​​​​​​​​​
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