私のバイト

あさき のぞみ

文字の大きさ
3 / 15
第2章 出会い

出会う

しおりを挟む
目が覚め、いつもより少し濃い目にメイクをして、白のワンピースを着た。約束の時間5分前に到着した。到着のメールを会社に送る。その2分後に私より身長が10センチくらい高くて見た目そこそこ良さげな人が声を掛けてきた。

「三好さんでしょうか」

声は落ち着いていて、低い。

「はい」

振り向くと、紺のシャツにチノパンという格好の男性が立っていた。年齢は二十代後半か、三十代前半くらい。髪は短く整えられていて、清潔感がある。

「初めまして。今日はよろしくお願いします」

男性は軽く頭を下げた。

私も慌てて頭を下げる。

「よろしくお願いします」

握手はしない。契約書に書いてあった通りだ。

「予約してあるので、中へどうぞ」

男性が先に歩き出す。私はその後ろを、少し距離を置いてついていった。

レストランの入り口で、店員が「ご予約のお客様ですね」と笑顔で迎えた。奥の個室へ案内される。

テーブルは二人用。窓からは夜景が見えた。

「どうぞ」

男性が椅子を引いてくれた。座ると、向かい側に男性も座る。

メニューが渡された。

「お好きなものを頼んでください」

「ありがとうございます」

メニューを開くと、値段が書いていない。

前菜、メイン、デザートまで全部コース仕立て。一番下に小さく『12,000円~』と書いてある。

「何かアレルギーとか、苦手なものはありますか」

「大丈夫です」

「じゃあ、シェフのおまかせコースで。ドリンクは?」

「お水で」

「僕も水で」

男性が店員に伝えると、店員は笑顔で下がっていった。

静寂。

私たち二人だけ。

男性は窓の外を見ている。

何か話さなきゃ。でも、何を話せばいいのか。

「あの……」

「はい」

男性が視線を戻した。

「えっと……天気、良かったですね、今日」

最悪だ。天気の話なんて。

でも、男性は微笑んだ。

「そうですね。昼間、少し散歩しました」

「散歩、いいですね」

「三好さんは、散歩とかしますか」

「たまに。友達と、古着屋巡りとかします」

「古着、好きなんですね」

「はい。掘り出し物を見つけるのが楽しくて」

「今日のワンピースも?」

「あ、いえ、これは普通に買ったやつです」

男性は頷いた。

「似合ってます」

「ありがとうございます」

また、沈黙。

前菜が運ばれてきた。小さな皿に、色とりどりの野菜とソース。

「いただきます」

二人で声を揃える。

フォークで野菜を刺して、口に運ぶ。美味しい。素材の味がする。

「美味しいですね」

「ええ」

男性も食べている。

食べながら、私は男性を観察した。

姿勢がいい。フォークの使い方も丁寧。でも、どこか緊張している。

肩が少し強張っている。

田村さんの言葉を思い出した。

『クライアント様も、緊張されています』

この人も、不安なのかもしれない。

「あの、失礼ですけど……」

「はい」

「こういうの、初めてですか」

男性は少し考えてから、答えた。

「二回目です。前回は……あまりうまくいかなかったので」

「そうなんですね」

「緊張しすぎて、ほとんど喋れなくて。相手の方も困ってたと思います」

男性は苦笑した。

「今日は、どうですか」

「今日は……少し、楽です」

「良かった」

なぜか、ほっとした。

メイン料理が来た。魚のポワレ。

「これ、何の魚ですか」

「スズキだと思います」

「詳しいんですね」

「料理、好きなので」

「自分で作るんですか」

「たまに。仕事が忙しくて、最近はあまり」

仕事。

聞いてはいけない気がした。個人情報の収集禁止。

でも、男性の方から続けた。

「三好さんは、学生ですよね」

「はい。大学三年です」

「じゃあ、これから就活ですか」

「そうですね……まだ何も考えてないですけど」

「僕もそうでした。ギリギリまで決められなくて」

「今は、決まってるんですか」

男性は少し間を置いた。

「まあ、一応」

それ以上は言わなかった。

私も、それ以上は聞かなかった。

デザートが運ばれてくる頃には、会話は自然になっていた。

好きな映画の話。最近読んだ本の話。

男性は物静かだけど、話を聞くのがうまかった。

私が話すと、ちゃんと相槌を打ってくれる。

そして、ふと気づいた。

私、演技してない。

普通に喋ってる。

それでいいのか、わからなかった。

でも、男性は満足そうだった。

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした」

時計を見ると、二時間ちょうど。

「それじゃあ」

男性が立ち上がった。

「ありがとうございました。楽しかったです」

「こちらこそ」

私も立ち上がる。

握手はしない。

ただ、頭を下げ合った。

店の外に出ると、男性は反対方向へ歩いていった。

振り返らなかった。

私もそのまま、駅へ向かった。

スマホが震えた。メールだ。

『本日の業務、お疲れ様でした。報酬50,000円を振り込みます。また、クライアント様より高評価をいただきました。次回のご依頼も検討されているとのことです』

五万円。

二時間で。

私は、夜道を歩きながら、自分の手を見た。

何も変わってない。

でも、何かが変わった気がした。​​​​​​​​​​​​​​​​
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【アラウコの叫び 】第4巻/16世紀の南米史

ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日19:20投稿】 4巻は、序盤は「推理もの」、中盤から後半は「ロマンスもの」が展開されます。 ・サンティアゴで起こる「事件」と「裁き」 ・「アンデスの悪魔」として悪名を轟かせた狂気の老人カルバハルの存在感 ・ニドス家の兄妹の「行く末」 ・イネスとバルディビアとの「出逢い」と「結末」 大きく分けてこの様な展開になってます。 ------------------- 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。 マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、 スペイン勢力内部での覇権争い、 そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。 ※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、 フィクションも混在しています。 動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。 HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。 公式HP:アラウコの叫び youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス insta:herohero_agency tiktok:herohero_agency

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

春に狂(くる)う

転生新語
恋愛
 先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。  小説家になろう、カクヨムに投稿しています。  小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/  カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761

処理中です...