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文化祭
第40話 嵐の前の静けさ
しおりを挟む午前中の授業は、問題なく終わった。
一限、国語。
二限、英語。
三限、数学。
四限、化学。
いつも通りの授業。
いつも通りのノートを取って、いつも通りに質問に答えて――。
何も、問題はなかった。
「今日の午後、採寸だよね」
昼休み、桜井さんが話しかけてきた。
「うん……」
「緊張してる?」
「ちょっとだけ……」
「大丈夫だよ。家庭科部の子たち、優しいから」
「そうなんだ……」
お弁当を食べながら、会話をする。
普通の昼休み。
普通の日常。
嵐の前の静けさだった。
-----
五限。
体育。
「今日は、バスケットボールをやります」
体育の先生の説明。
「更衣室で着替えてください」
みんな、更衣室へ向かう。
私も、一緒に。
ロッカーを開けて、制服を脱ぐ。
今日は――
黒いレースの下着。
美山理事長から届いた、特別な下着。
「……」
周りに気づかれないように、素早く体操服を着る。
制服は、丁寧にたたんで――
ロッカーの中の、所定の位置に置いた。
置いたはずだった。
ブラウス、スカート、靴下。
全部、きちんと重ねて。
ロッカーを閉めて、体育館へ向かう。
-----
バスケットボール。
チームに分かれて、試合形式。
ドリブル、パス、シュート――。
体を動かすのは、久しぶりだった。
体育祭以来。
「ナイスパス!」
「シュート!」
みんな、楽しそうだ。
私も、それなりに楽しんでいた。
体を動かすことで、採寸のことを一時的に忘れられる。
「佐伯さん、上手いね!」
「ありがとう……」
汗をかきながら、走り回る。
時間が、あっという間に過ぎていった。
-----
授業終了のホイッスル。
「はい、お疲れ様でしたー!」
体育の先生の声。
みんな、更衣室へ戻る。
私も、一緒に。
汗をかいた体操服を脱いで――
ロッカーを開ける。
そして――
「……え?」
制服がない。
ブラウスも、スカートも――
ない。
「あれ……?」
もう一度、ロッカーの中を確認する。
靴下は、ある。
靴は、ある。
カバンも、ある。
でも――
制服だけが、なくなっていた。
「おかしい……確かに、ここに置いたのに……」
周りを見渡す。
他のクラスメイトたちは、普通に着替えている。
誰も、気づいていない様子。
「落ち着いて……どこかに落ちたのかも」
ロッカーの下を確認する。
ない。
隣のロッカーを間違えた?
いや、これは私のロッカーだ。
番号も、名前も合っている。
「どこ……?」
焦りが、込み上げてくる。
制服がない。
制服以外は、全てそのままあった。
つまり――
誰かが、制服だけを持っていった?
「まさか……」
いたずら?
それとも、間違えて?
「みゆきちゃん、どうしたの?」
桜井さんが、声をかけてきた。
「あ……制服が、ない」
「え? ない?」
「うん……確かに、ここに置いたのに」
「ええ? どうしよう……」
桜井さんも、一緒にロッカーの中を確認してくれる。
「本当だ……ブラウスもスカートもない」
「どうしよう……」
他のクラスメイトたちも、気づき始めた。
「佐伯さんの制服がないって?」
「誰か間違えて持っていった?」
「でも、サイズ違うからすぐ気づくよね……」
ざわざわと、噂が広がる。
私は――
体操服のまま、立ち尽くしていた。
「とりあえず、先生に報告しよう」
桜井さんが、提案してくれた。
「うん……」
更衣室を出て、職員室へ向かう。
体操服のまま。
廊下を歩く。
周りの生徒たちが、不思議そうに見てくる。
「あれ? 体操服のまま?」
「制服は?」
視線が、痛い。
職員室に着いて、田中先生に事情を説明した。
「制服が、なくなった?」
「はい……更衣室のロッカーに置いていたのに」
「そんな……誰かが間違えて持っていったのかしら」
田中先生は、校内放送で呼びかけてくれた。
『二年A組の佐伯さんの制服が、更衣室でなくなりました。間違えて持っていった方は、職員室まで届けてください』
でも――
放課後になっても、誰も現れなかった。
「困ったわね……」
田中先生も、困っている様子。
「とりあえず、今日はジャージで帰ってもいいわ。明日、また探しましょう」
「はい……」
ジャージを借りて、家に帰る。
制服なしで。
-----
家に着いて、ジャージを脱ぐ。
黒いレースの下着が、現れる。
「……採寸、どうなるんだ」
今日の放課後、採寸の予定だったのに。
制服がなくなって、それどころじゃなくなった。
「誰が……」
いたずら?
偶然?
それとも――
「まさか、バレた?」
不安が、頭をよぎる。
誰かが、私の正体に気づいた?
だから、制服を隠した?
「いや、考えすぎだ……」
頭を振る。
でも、不安は消えない。
スマホを確認する。
桜井さんから、LINEが来ていた。
『みゆきちゃん、大丈夫? 明日、一緒に探そうね』
『うん、ありがとう』
返信する。
他に、高橋さんからも。
『採寸、明日に延期になったよ。制服、早く見つかるといいね』
『ありがとう』
また返信。
みんな、心配してくれている。
でも――
「制服、どこに行ったんだ……」
窓の外は、もう夕暮れ時だった。
制服がない。
明日、どうする?
予備の制服は――
ある。
美山理事長から、二着もらっていた。
「明日は、予備を着ていくしかないか……」
でも、なくなった制服は?
誰が持っていったのか。
なぜ、持っていったのか。
答えは、まだ見つからなかった。
不安を抱えたまま、私は夜を過ごした。
嵐の前の静けさは、終わった。
そして――
本当の嵐が、これから来るのかもしれない。
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