「俺、女子高生になります

あさき のぞみ

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文化祭

第42話 報告だけは

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ホームルームが終わって、一限が始まる前。

「ちょっと、トイレ……」

席を立つ。

カバンを持って。

中には、切り刻まれた制服が入っている。

廊下を歩いて、トイレへ。

誰もいないことを確認して、個室に入る。

ドアを閉めて、鍵をかける。

「……」

カバンから、制服の破片を取り出す。

ブラウスの、切り刻まれた布。

スカートの、バラバラになった生地。

「美山さんに、報告しないと……」

スマホを取り出す。

メールを開く。

件名:制服について

本文:
『美山理事長

制服は見つかりました。
机の中にありました。

しかし――』

そこまで打って、手が止まる。

どう書けばいい?

『切り刻まれていました』

そのまま、事実を書く?

「……」

書くしかない。

事実だけを、伝える。

『しかし、切り刻まれた状態でした。

誰がやったのか、なぜやったのか、わかりません。

学校には報告していません。

申し訳ございませんが、新しい制服を――』

そこまで打った時。

トイレのドアが開く音。

「……」

息を潜める。

足音。

複数人。

三人? 四人?

個室の前で、立ち止まる。

「ねえ、聞いた?」

女の子の声。

「何?」

「みゆきのこと」

「……!」

心臓が、跳ねた。

私の名前。

「みゆきってさ」

別の声。

「鈍感? それとも、ただのバカ?」

笑い声。

「帰国子女だからって、何目立ってんの、あの子」

「ほんとそれ」

「体育祭でも、応援団のセンターとか」

「騎馬戦でも、準優勝とか」

「今度の文化祭も、メイドさん役でしょ?」

「うざくない?」

「うざい」

声が、重なる。

私は――

動けなかった。

スマホを握りしめたまま。

息を殺したまま。

「制服、見つかったかな?」

「さあ? まだじゃない?」

「机の中、見た?」

「見てないけど、もう気づいたんじゃない?」

笑い声。

「あの顔、見たかったな」

「絶対、泣いてるよ」

「ざまあ」

「……」

涙が、出そうになる。

でも、堪える。

声を出したら、バレる。

ここにいることが、バレる。

「次、どうする? 桜井ちゃん」

桜井。

桜井さん?

「んー、まだ考え中」

桜井さんの声だった。

間違いない。

いつも優しく話しかけてくれた。

心配してくれた。

友達だと思っていた。

「また制服、隠す?」

「それもいいけど、もっと面白いことしたいな」

「例えば?」

「文化祭、メイドさんやるでしょ? その時に何か仕掛けるとか」

「いいね!」

「どうやって?」

「まだ秘密。当日のお楽しみ」

笑い声。

「桜井ちゃん、やっぱり頭いいね」

「そう? でも、みゆきが悪いんだよ。調子乗ってるから」

「そうそう」

「帰国子女だからって、偉そうに」

「英語喋れるからって、自慢してるみたいで嫌」

「ほんと、うざい」

声が、だんだん遠ざかっていく。

トイレのドアが閉まる音。

静寂。

「……はあ、はあ」

ようやく、息ができた。

手が、震えている。

スマホの画面には、途中まで打ったメール。

「桜井さん……」

呟く。

信じられない。

いつも優しかった。

いつも心配してくれた。

それが、全部――

演技?

「なんで……」

涙が、溢れてくる。

でも、拭う。

泣いてる場合じゃない。

「次、どうする?」

桜井さんは、そう言った。

文化祭で、何か仕掛けるって。

「……まずい」

メールを続ける。

手が震えて、うまく打てない。

『申し訳ございませんが、新しい制服をお願いできますでしょうか。

また、状況が悪化しています。

詳細は、後ほどお電話いたします。

斎藤』

送信。

個室から出る。

鏡を見る。

目が、赤い。

泣きそうな顔。

「だめだ……」

水で顔を洗う。

深呼吸をする。

笑顔を作る。

「大丈夫……大丈夫……」

教室に戻る。

桜井さんが、席に座っている。

「あ、みゆきちゃん! どうしたの? 顔色悪いよ?」

優しい声。

心配そうな顔。

全部、演技。

「ちょっと、お腹が……」

「そっか。大丈夫? 保健室行く?」

「だ、大丈夫……」

笑顔を作る。

必死に。

「そっか。無理しないでね」

桜井さんは、また笑顔で答えた。

その笑顔が――

今は、恐ろしく見えた。

授業が始まる。

でも、何も頭に入ってこない。

桜井さんの声が、頭の中でリピートされる。

『みゆきってさ、鈍感? それとも、ただのバカ?』

『帰国子女だからって、何目立ってんの、あの子』

『次、どうする? 桜井ちゃん』

「……」

どうすればいい。

美山理事長に、相談する?

近藤に、報告する?

それとも――

このまま、耐える?

「……」

答えは、まだ見つからなかった。

でも、一つだけ確かなことがあった。

私には、敵がいる。

見えない敵じゃない。

目の前にいる敵。

桜井さん、そしてその仲間たち。

「どうする……」

窓の外を見る。

青い空。

平和な風景。

でも、私の世界は――

崩れ始めていた。​​​​​​​​​​​​​​​​
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