変える理由なんてなく

あさき のぞみ

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ゲリラ豪雨と透けた真実

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一週間。悠人は、失恋とバイトの失敗という二重の挫折感から、完全に引きこもっていた。
専門学校の授業も、どうでもいい課題はサボり、興味のあるプログラミングの授業だけ、どうにか出席している状態だった。部屋は、負の感情に引きずられるように散らかり放題。彼の頭の中のノイズは、もはや絶叫に近かった。

(俺が変わらなきゃダメだ。この、感情も行動も制御できない特性を、どうにかしないと…)

落ち込みの過集中は、彼をただただ自己否定に陥れる。彼は、久しぶりにスマホのTODOリストを見た。

目標:詩集の人と再会する

1. 土曜日の朗読会チケットを手配する。(完了)

2. 着ていく服を選ぶ。(未定)

3.⭐︎ 絶対に衝動的な言動で失敗しない。(最重要!)

最重要項目に、彼は手書きで「大失敗!」と追記した。

「もういい」


彼は荒れた部屋から逃げ出すように、家を飛び出した。目的はない。ただ、この閉塞感から離れたかった。

午後3時。東京の空は、一気に色を失った。

悠人が通り慣れた商店街を歩いていると、突然、頭上にバケツをひっくり返したような激しい雨が降り注いだ。ゲリラ豪雨だ。


「うわっ!」


彼の反射的な行動は、近くの軒下に飛び込むこと。商店街の端にある、古びた街灯の下の、狭い物陰に滑り込んだ。

雨脚は強くなるばかりで、店の前の通りは一瞬で川のようになった。傘も持たず、服は肩から濡れてしまった。

(最悪だ。なんで、俺が外に出るとこうなるんだ……)


不運さえも自分の不注意のせいだと感じ、悠人が下を向いた、その瞬間。

「あの……すみません」

静かな、聞き覚えのある声がした。
悠人はハッと顔を上げた。彼が飛び込んだ軒下のすぐ隣、小さなクリーニング店の前で、彼女が立っていた。あの詩集の女性、静香だ。


彼女は折りたたみ傘を持っていたが、突然の豪雨に対応しきれず、ワンピースの裾と、肩にかけていた白いコットンバッグがびしょ濡れになっている。


「え……あ、詩集の人!」


悠人は衝動的にそう叫んでしまい、口を慌てて押さえた。

静香は驚いた顔をした後、すぐにクスッと笑った。

「詩集の人……そうですね。私、静香といいます。覚えていてくれたんですね」

「あ、悠人です!あの、先日は、ぶつかってすみませんでした」

「いえ、大丈夫です。あの……」

静香は困ったように、自分の白いバッグを見つめた。バッグは水を含んで重くなり、中身が透けている。

「私、今から帰らないといけないんですけど、傘が小さすぎて。このままだと、持っているTシャツが……」

悠人の視線が、濡れたバッグの中を捉えた。白く透けた袋の中には、畳まれた子供用のTシャツが2枚と、女性用のTシャツが1枚、そして小さな薬局のレシートが見えた。

(Tシャツ……子供用?女性用? 家族旅行に行くって言ってたな)

悠人の脳内で、前回見た「指輪と男性」の情報と、「Tシャツと子供」の情報が再び交錯し始める。

その時、雨でずぶ濡れになった静香の白いワンピースが、体に張り付き、中のキャミソールのラインがはっきりと透けて見えた。

「!」

悠人は、視線をどこに置けばいいのか分からなくなった。慌てて顔を背けようとするが、彼の特性——注意散漫でありながら、同時に興味のあるものへの過度な執着を発揮する脳——が、その場を離れることを許さない。彼は、彼女の困り顔と、濡れて透けた服の間で、完全にフリーズした。

静香はそんな悠人の様子を見て、ため息をついた。

「これでは、動けませんね。……あの、実は私、さっきの朗読会の主催者の妹でして」

「え? 妹さん?」

「はい。あ、それで、前回会った時、私が持っていた本、あれは兄の書斎から勝手に借りてきたものなんです」


静香は、さらに続けた。


「そして、あの時、一緒にいた指輪の男性。あの人は、私の兄です。兄が、子ども二人を連れて明日から家族旅行に行くので、その準備を手伝っていたんです」

「……え、兄、さん?」

悠人の思考が停止した。彼の脳内で、一週間前の情報が、激しい音を立てて崩壊していく。

• 指輪の男性 →人妻の夫 →静香の兄
• 家族旅行 →静香の家族 →兄の家族(甥・姪)

あの時、勝手に断定した「失恋」の定義が、ガラガラと崩れ去った。

「あのTシャツも、甥と姪と、奥さんのものなんですよ」静香は、濡れたバッグの中のTシャツを指した。「私のは、これです」

静香は、バッグからもう一枚のTシャツを取り出した。それは、彼女の着ているワンピースとは全く異なる、専門学校のロゴが入った、見覚えのあるデザインのものだった。

「私、ここのデザイン科なんです。着替えをクリーニングに出していて、急いで引き取りに来たんですが……」

デザイン科。悠人と同じ専門学校。

静香は、びしょ濡れになりながらも、その状況を笑い飛ばそうとしているかのように、困り顔のままで微笑んだ。

「困りましたね。このままだと、透け透けのまま帰ることになっちゃう」

その瞬間、悠人の脳内に閃光が走った。

「あ、そうだ!」

衝動的なひらめきが、ネガティブな過集中を一気に吹き飛ばした。

「静香さん!僕、このすぐ近くのカフェでバイトしてるんです!今はもう上がったけど、制服のTシャツがロッカーにあります。それ、着てください!」

彼の頭の中は、もはや「失敗の記憶」も「失恋の誤解」もなかった。あるのは、**「目の前の問題を、自分の能力(衝動的な行動力)で解決する」**という、純粋なエネルギーだけだった。

「え? バイトのTシャツ?」静香は目を丸くした。

「はい!濡れた服は、僕の部屋に持ち帰って、乾燥機で乾かせます!そうすれば、静香さんは濡れずに帰れる!これ、計画じゃなくて、衝動なんですけど!」

悠人は、雨の中で立ち尽くす静香の手を、半ば強引に掴んだ。彼の体温が、雨で冷えた静香の手に伝わる。

「変える理由なんて、なかった。俺の衝動は、こういう時にこそ活きるんだ!」


彼の顔には、この一週間ぶりに、生き生きとした自信が蘇っていた。

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