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受け入れ先なし
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「また、ダメでした」
美樹がスマートフォンを握りしめたまま、力なく呟いた。保は仕事から帰ったばかりで、玄関で靴を脱ぎかけていた。妻の顔を見て、今日もまた断られたのだと悟った。
「……そうか」
短く答えて、保はリビングへと足を進めた。ソファの上では美保が、お気に入りのぬいぐるみを抱いて横になっている。テレビから流れる子供向け番組の音が、静かな部屋に響いていた。
美保は五歳になったが、まだ言葉を話せない。視線も合いにくく、呼びかけても反応がないことが多い。一歳六ヶ月検診で指摘されてから、保と美樹は何度も病院を訪れ、検査を重ねた。最終的に下された診断は、重度の知的障害。医師の言葉は優しかったが、その内容は二人の未来を大きく変えるものだった。
「二十三軒目です」
美樹がキッチンに立ちながら言った。声が震えている。
「保育園も、幼稚園も、療育施設も。どこも定員いっぱいで、うちの子は受け入れられないって」
保は黙って美保の頭を撫でた。娘は保の手に気づいているのかいないのか、ぬいぐるみを抱きしめたまま目を閉じている。
「職員の数が足りないとか、医療的ケアが必要な子が優先だとか、理由はいろいろ言われます。でも、結局は……」
美樹は言葉を切った。結局は、うちの子は手がかかりすぎるということだ。そう言わなくても、保にはわかっていた。
美保は多動で、目を離すとすぐにどこかへ行ってしまう。危険なものを口に入れることもある。夜泣きも激しく、美樹は毎晩ほとんど眠れていない。保も仕事の合間を縫って手伝っているが、それでも限界があった。
「俺が仕事、減らそうか」
保が言うと、美樹は首を横に振った。
「それはダメ。今でさえギリギリなのに」
保の給料は手取りで月二十二万円。美樹は美保の世話のために、妊娠を機に事務職を辞めざるを得なかった。住宅ローンが月七万円、光熱費が二万円、食費が四万円、通信費が一万五千円。そこに美保の紙おむつ代が月八千円、通院費が月一万円以上。療育施設に通えるようになれば、さらに費用がかさむ。貯金は百五十万円から、じわじわと減り続けていた。
「でも、このままじゃ美樹が倒れる」
「大丈夫です。まだ探せます。まだ……」
美樹の目に涙が浮かんでいた。それを見て、保は何も言えなくなった。
美樹は続けようとした言葉を飲み込んだ。本当は、もう限界だった。朝起きると、体が鉛のように重い。美保を着替えさせ、朝食を食べさせ、排泄の世話をし、家事をこなす。その繰り返し。美保が昼寝をしている間に買い物に行き、夕食の準備をする。夜は夜泣きに対応する。
いつから、こんな生活になったんだろう。
結婚した時、美樹には夢があった。子育てが落ち着いたら、また仕事に戻りたい。できれば資格を取って、キャリアアップしたい。保と二人で旅行にも行きたい。
でも今、そのすべてが遠い世界のことのように思えた。
その夜、美保が眠ったあと、保は一人でスマートフォンを開いた。「知的障害児 受け入れ先」「療育施設 空き」「障害児 保育園」。何度も検索した言葉を、また打ち込む。画面には同じような情報ばかりが並んでいた。
隣の部屋から、美樹のすすり泣く声が聞こえた。慰めに行くべきかどうか迷ったが、保は立ち上がれなかった。自分も、もう限界に近かった。
美保を愛している。それは間違いない。でも、この先どうすればいいのか、保にはわからなかった。
窓の外では、春の雨が降り始めていた。
美樹がスマートフォンを握りしめたまま、力なく呟いた。保は仕事から帰ったばかりで、玄関で靴を脱ぎかけていた。妻の顔を見て、今日もまた断られたのだと悟った。
「……そうか」
短く答えて、保はリビングへと足を進めた。ソファの上では美保が、お気に入りのぬいぐるみを抱いて横になっている。テレビから流れる子供向け番組の音が、静かな部屋に響いていた。
美保は五歳になったが、まだ言葉を話せない。視線も合いにくく、呼びかけても反応がないことが多い。一歳六ヶ月検診で指摘されてから、保と美樹は何度も病院を訪れ、検査を重ねた。最終的に下された診断は、重度の知的障害。医師の言葉は優しかったが、その内容は二人の未来を大きく変えるものだった。
「二十三軒目です」
美樹がキッチンに立ちながら言った。声が震えている。
「保育園も、幼稚園も、療育施設も。どこも定員いっぱいで、うちの子は受け入れられないって」
保は黙って美保の頭を撫でた。娘は保の手に気づいているのかいないのか、ぬいぐるみを抱きしめたまま目を閉じている。
「職員の数が足りないとか、医療的ケアが必要な子が優先だとか、理由はいろいろ言われます。でも、結局は……」
美樹は言葉を切った。結局は、うちの子は手がかかりすぎるということだ。そう言わなくても、保にはわかっていた。
美保は多動で、目を離すとすぐにどこかへ行ってしまう。危険なものを口に入れることもある。夜泣きも激しく、美樹は毎晩ほとんど眠れていない。保も仕事の合間を縫って手伝っているが、それでも限界があった。
「俺が仕事、減らそうか」
保が言うと、美樹は首を横に振った。
「それはダメ。今でさえギリギリなのに」
保の給料は手取りで月二十二万円。美樹は美保の世話のために、妊娠を機に事務職を辞めざるを得なかった。住宅ローンが月七万円、光熱費が二万円、食費が四万円、通信費が一万五千円。そこに美保の紙おむつ代が月八千円、通院費が月一万円以上。療育施設に通えるようになれば、さらに費用がかさむ。貯金は百五十万円から、じわじわと減り続けていた。
「でも、このままじゃ美樹が倒れる」
「大丈夫です。まだ探せます。まだ……」
美樹の目に涙が浮かんでいた。それを見て、保は何も言えなくなった。
美樹は続けようとした言葉を飲み込んだ。本当は、もう限界だった。朝起きると、体が鉛のように重い。美保を着替えさせ、朝食を食べさせ、排泄の世話をし、家事をこなす。その繰り返し。美保が昼寝をしている間に買い物に行き、夕食の準備をする。夜は夜泣きに対応する。
いつから、こんな生活になったんだろう。
結婚した時、美樹には夢があった。子育てが落ち着いたら、また仕事に戻りたい。できれば資格を取って、キャリアアップしたい。保と二人で旅行にも行きたい。
でも今、そのすべてが遠い世界のことのように思えた。
その夜、美保が眠ったあと、保は一人でスマートフォンを開いた。「知的障害児 受け入れ先」「療育施設 空き」「障害児 保育園」。何度も検索した言葉を、また打ち込む。画面には同じような情報ばかりが並んでいた。
隣の部屋から、美樹のすすり泣く声が聞こえた。慰めに行くべきかどうか迷ったが、保は立ち上がれなかった。自分も、もう限界に近かった。
美保を愛している。それは間違いない。でも、この先どうすればいいのか、保にはわからなかった。
窓の外では、春の雨が降り始めていた。
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