だから

あさき のぞみ

文字の大きさ
1 / 17

受け入れ先なし

しおりを挟む
「また、ダメでした」

美樹がスマートフォンを握りしめたまま、力なく呟いた。保は仕事から帰ったばかりで、玄関で靴を脱ぎかけていた。妻の顔を見て、今日もまた断られたのだと悟った。

「……そうか」

短く答えて、保はリビングへと足を進めた。ソファの上では美保が、お気に入りのぬいぐるみを抱いて横になっている。テレビから流れる子供向け番組の音が、静かな部屋に響いていた。

美保は五歳になったが、まだ言葉を話せない。視線も合いにくく、呼びかけても反応がないことが多い。一歳六ヶ月検診で指摘されてから、保と美樹は何度も病院を訪れ、検査を重ねた。最終的に下された診断は、重度の知的障害。医師の言葉は優しかったが、その内容は二人の未来を大きく変えるものだった。

「二十三軒目です」

美樹がキッチンに立ちながら言った。声が震えている。

「保育園も、幼稚園も、療育施設も。どこも定員いっぱいで、うちの子は受け入れられないって」

保は黙って美保の頭を撫でた。娘は保の手に気づいているのかいないのか、ぬいぐるみを抱きしめたまま目を閉じている。

「職員の数が足りないとか、医療的ケアが必要な子が優先だとか、理由はいろいろ言われます。でも、結局は……」

美樹は言葉を切った。結局は、うちの子は手がかかりすぎるということだ。そう言わなくても、保にはわかっていた。

美保は多動で、目を離すとすぐにどこかへ行ってしまう。危険なものを口に入れることもある。夜泣きも激しく、美樹は毎晩ほとんど眠れていない。保も仕事の合間を縫って手伝っているが、それでも限界があった。

「俺が仕事、減らそうか」

保が言うと、美樹は首を横に振った。

「それはダメ。今でさえギリギリなのに」

保の給料は手取りで月二十二万円。美樹は美保の世話のために、妊娠を機に事務職を辞めざるを得なかった。住宅ローンが月七万円、光熱費が二万円、食費が四万円、通信費が一万五千円。そこに美保の紙おむつ代が月八千円、通院費が月一万円以上。療育施設に通えるようになれば、さらに費用がかさむ。貯金は百五十万円から、じわじわと減り続けていた。

「でも、このままじゃ美樹が倒れる」

「大丈夫です。まだ探せます。まだ……」

美樹の目に涙が浮かんでいた。それを見て、保は何も言えなくなった。

美樹は続けようとした言葉を飲み込んだ。本当は、もう限界だった。朝起きると、体が鉛のように重い。美保を着替えさせ、朝食を食べさせ、排泄の世話をし、家事をこなす。その繰り返し。美保が昼寝をしている間に買い物に行き、夕食の準備をする。夜は夜泣きに対応する。

いつから、こんな生活になったんだろう。

結婚した時、美樹には夢があった。子育てが落ち着いたら、また仕事に戻りたい。できれば資格を取って、キャリアアップしたい。保と二人で旅行にも行きたい。

でも今、そのすべてが遠い世界のことのように思えた。

その夜、美保が眠ったあと、保は一人でスマートフォンを開いた。「知的障害児 受け入れ先」「療育施設 空き」「障害児 保育園」。何度も検索した言葉を、また打ち込む。画面には同じような情報ばかりが並んでいた。

隣の部屋から、美樹のすすり泣く声が聞こえた。慰めに行くべきかどうか迷ったが、保は立ち上がれなかった。自分も、もう限界に近かった。

美保を愛している。それは間違いない。でも、この先どうすればいいのか、保にはわからなかった。

窓の外では、春の雨が降り始めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

明治かんなぎ少女の冥契 五百年の時を超えて、あなたに愛を

花籠しずく
キャラ文芸
 ――ですが、わたくしは生まれました。あなたに会うために。  月のものが来るようになってから、琥珀は不思議な夢を見る。誰かに探されている夢。きっと大切な人だったことは分かるのに、目が覚めると朧気で何も思い出せない。婚約者である志貴の言いなりの人形になる生活をし、生家とは会うと脅され、心が疲弊していたある日、家からひとり抜け出すと、妖魔のようなものに出会う。呪術師である志貴に、一時祓ってもらいはしたが、不思議と心が痛む。夢に美しい男が現れ、声に導かれるようにして、ある山のふもとの、廃れた神社の中に入ると、そこには苦しそうに蹲るあの妖魔がいた。琥珀はそれが夢に現れた、蘿月という男だと直感する。全身が黒い靄で包まれた彼の、靄を払う方法を、どうしてか琥珀は知っていた。口づけをし、息を吹き込むように、生きて、と願った。  帰ってすぐに志貴に殴られ、月のものがはじまっていたことが志貴にばれる。琥珀を穢そうとする志貴の様子に恐ろしさを覚えて、助けてと叫んだその瞬間、闇を裂くようにして、蘿月が現れた。 「琥珀は、俺が五百年待ち望んだ花嫁だ」  これは、時を超えて紡がれる愛の物語。そして虐げられた少女が、愛を知り、愛のために生きる自由を選ぶ物語。 ※R-15っぽいゆるい性描写があります。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

処理中です...