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黒髪のロング
しおりを挟む「俺!この人良い!かわいくない?」と頭のなかで、クイズ番組の回答ランプが点くように思った。
スマホの画面に映る女性は、黒髪のロングヘアを風になびかせて、少し伏し目がちに微笑んでいた。プロフィールには「美咲、25歳、アパレル勤務」とある。趣味は映画鑑賞とカフェ巡り。ありきたりな情報だけど、その笑顔には何か惹きつけられるものがあった。
浅井裕太、23歳。都内の中堅IT企業でプログラマーとして働いて2年目。特別イケメンでもなければ、特別ブサイクでもない。身長172センチ、体重60キロ。自分で言うのもなんだが、限りなく「普通」だ。
大学時代は彼女がいた。3年付き合って、卒業と同時に自然消滅。その後は仕事に追われて、気づけば1年以上も女性と話していない。職場には同世代の女性社員もいるにはいるが、恋愛関係に発展する雰囲気なんてまるでない。
そんな俺が、マッチングアプリを始めたのは3ヶ月前だった。
きっかけは同僚の田中の一言だ。
「浅井、最近マジで老けたよな。彼女作って刺激もらった方がいいって」
老けた。その言葉が妙に心に刺さった。確かに最近、鏡を見ても目に力がない気がする。休日は部屋でNetflixを見るか、ゲームをするだけ。これといった趣味もなく、友達と会うのも月に一度あるかないか。
「お前、アプリとかやってないの?今どきみんなやってるぜ」
田中はそう言って、自分のスマホを見せてくれた。そこには見たこともないほど多くの女性のプロフィールが並んでいた。
「マジで?こんなに?」
「余裕っしょ。俺なんか週2でデート行ってるし」
嘘だろうと思ったが、田中の表情は本気だった。
その日の夜、俺は人気らしいマッチングアプリを3つダウンロードした。プロフィール写真は、去年の社員旅行で撮った奇跡の一枚。自己紹介文は何度も書き直して、「真面目に仕事してますが、休日は映画見たりカフェ行ったりしてます。一緒に楽しい時間を過ごせる人と出会いたいです」という無難な内容に落ち着いた。
最初の1週間は何も起こらなかった。
いいねを送っても、返ってくるのは無反応ばかり。たまにマッチングしても、メッセージを送ると既読スルー。これが現実か、と打ちのめされた。
でも、不思議なことに、その虚しさがだんだん癖になっていった。
通勤電車の中で、ランチタイムに、寝る前に。気づけば常にアプリを開いている自分がいた。新しい女性のプロフィールが更新されるたびに、右にスワイプするか左にスワイプするか。それだけの単純な動作なのに、なぜか止められない。
そして今日、美咲とマッチングした。
初めてのマッチングだった。スマホの画面に「マッチングしました!」という文字が躍ったとき、心臓が跳ねた。
俺は震える指でメッセージを打った。
「はじめまして!プロフィール見て、趣味が似てるなと思っていいねしました。よかったらお話しませんか?」
送信ボタンを押した瞬間、既読がついた。そして、すぐに返事が来た。
「はじめまして😊 こちらこそありがとうございます。裕太さんも映画好きなんですね!最近何か見ました?」
来た。返事が来た。しかも絵文字付きだ。
俺は慌てて最近見た映画を思い出そうとしたが、頭が真っ白になった。そうだ、先週末に見たあの作品。タイトルが…出てこない。
焦りながら映画チャンネルの履歴を確認して、なんとか返信した。
それから、メッセージのやり取りが続いた。映画の話、仕事の話、休日の過ごし方。美咲は優しくて、俺の下手な冗談にも笑ってくれた。
2時間があっという間に過ぎた。
「そろそろ寝ないといけないんですけど、また明日お話しできたら嬉しいです」
美咲からそんなメッセージが来て、俺は布団の中でガッツポーズした。
明日。また明日話せる。
その夜、俺は久しぶりに幸せな気持ちで眠りについた。
スマホの通知音が、まるで恋人からの電話のように心地よく聞こえた。
翌朝、目が覚めると真っ先にスマホを手に取った。
美咲からメッセージが来ていた。「おはようございます☀️ 今日もお仕事頑張ってくださいね!」
たったそれだけの言葉なのに、胸が温かくなった。
会社に着いても、仕事が手につかない。コードを書いている最中も、気づけばアプリを開いている。美咲とのトーク画面を見返しては、ニヤニヤしている自分がいた。
「浅井、何見てニヤけてんの?」
田中が覗き込んできて、俺は慌ててスマホをしまった。
「別に、何でもない」
「どうせアプリだろ?マッチングしたか?」
「……まあ、一応」
「マジで!?おめでとう!で、いつ会うんだ?」
会う。
そうだ、まだそこまで話が進んでいない。メッセージのやり取りだけで満足していたが、最終的には会わないと意味がない。
でも、どうやって誘えばいいんだろう。
昼休み、俺は勇気を振り絞ってメッセージを送った。
「美咲さん、もしよかったら今度お茶でもしませんか?」
送信ボタンを押した瞬間、後悔が襲ってきた。早すぎたかな。引かれたかな。
だが、10分後に返事が来た。
「いいですね!行きましょう😊 いつがいいですか?」
俺は思わず「よっしゃ!」と声に出してしまい、食堂にいた同僚たちが振り返った。
その日の午後、俺と美咲は週末に渋谷で会う約束をした。
人生で一番長い一週間が、今、始まろうとしていた。
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