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美人局
しおりを挟む美咲さんと会うことになり、俺は浮かれていた。まさかこんなことになるなんて思ってもいなかった。
約束の土曜日、俺は朝から何度も服を着替えた。カジュアルすぎるかな、いや逆にキメすぎか。結局、白いシャツにジーンズという無難なスタイルに落ち着いた。香水も少しだけ。鏡の前で何度も髪型をチェックして、30分前には渋谷駅に到着していた。
待ち合わせ場所のハチ公前は、週末だけあって人でごった返していた。俺はスマホを何度も確認しながら、美咲を探した。
「裕太さん!」
振り向くと、そこに彼女がいた。
写真よりも、ずっと綺麗だった。
黒髪のロングヘアは艶やかで、白いワンピースが初夏の日差しに映えている。控えめなメイクに、柔らかな笑顔。まるでドラマから抜け出してきたような美しさだった。
「美咲さん、こんにちは」
「こんにちは。会えて嬉しいです」
彼女は少し照れたように笑った。その仕草すら愛らしくて、俺は心臓が破裂しそうだった。
「じゃあ、あのカフェに行きませんか?」
美咲が指差したのは、駅から少し歩いたところにあるお洒落なカフェだった。インスタ映えしそうな、女性が好きそうな場所だ。
店内は思ったより空いていて、俺たちは窓際の席に座った。美咲はカフェラテ、俺はアイスコーヒーを注文した。
「裕太さんって、写真よりも優しそうですね」
「そう?ありがとう。美咲さんも写真より全然綺麗だよ」
「もう、お世辞でしょ」
彼女は笑いながら髪を耳にかけた。その動作一つ一つが、なぜかドキドキさせる。
会話は自然と盛り上がった。いや厳密に言うと踊らされていた。
美咲は上手だった。俺の話に相槌を打ち、共感し、時折質問を挟む。まるで俺のことを本当に知りたがっているかのように。
「裕太さんって、すごく真面目なんですね」
「そうかな。普通だと思うけど」
「ううん、真面目だと思います。ちゃんと仕事頑張って、将来のことも考えて。そういう人、なかなかいないですよ」
褒められ慣れていない俺は、その言葉に簡単に舞い上がった。
1時間ほど話したところで、美咲が少し身を乗り出してきた。
「ねえ、裕太さん」
「うん?」
「もっと静かなところで、ゆっくりお話ししませんか?」
その言葉に、俺の心臓は激しく鳴った。
「静かなところって……?」
「うん。カフェだと周りの声が気になるし。もっと二人で仲良くなりたいなって」
美咲は上目遣いで俺を見つめた。その瞳には、甘い誘惑が含まれているような気がした。
「いいけど、どこに行く?」
「任せてください。いいところ知ってます」
美咲は俺の手を取って立ち上がった。その柔らかな手の感触に、思考が停止した。
気づけば、俺たちは道玄坂を登っていた。
人通りが少なくなり、周囲の雰囲気が変わっていく。ラブホテルが立ち並ぶエリアだ。まさか、と思ったが、美咲は迷いなく歩いていく。
「ここ、大丈夫?」
「大丈夫ですよ。静かに話せるところって、案外こういう場所だったりするんです」
そう言われると、確かにそんな気もしてくる。俺の頭の中では、期待と不安がぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。
やがて、美咲はあるホテルの前で立ち止まった。
「ここにしましょう」
キラキラと光る扉の前に立っていた。
ピンク色のネオンが、昼間だというのに妖しく輝いている。入口には「HOTEL GALAXY」という看板が掲げられていた。
「美咲さん、本当にここ?」
「うん。裕太さん、嫌ですか?」
そう言って美咲は少し寂しそうな顔をした。その表情を見て、俺は首を振った。
「いや、嫌じゃない。ただ、急すぎて……」
「私、裕太さんともっと仲良くなりたいんです。ダメですか?」
ダメなわけがなかった。
俺たちはホテルに入った。自動チェックイン機で部屋を選び、鍵を受け取る。エレベーターに乗って3階へ。廊下を歩く間、俺の足は震えていた。
部屋に入ると、予想以上に綺麗だった。大きなベッド、薄暗い照明、壁には大きな鏡。
「どう?綺麗でしょ」
美咲はベッドに腰掛けて、俺を見上げた。
「うん、そうだね」
俺も隣に座った。距離が近い。彼女の香水の甘い匂いが鼻をくすぐる。
「裕太さん、緊張してます?」
「ちょっとね」
「可愛い」
美咲は笑って、俺の手を握った。
その瞬間、ドアがノックされた。
「え?」
俺は振り返った。ノックは続いている。
「誰だろう……」
美咲は不安そうな顔をした。だが、その表情のどこかに、演技じみた冷たさが一瞬だけ浮かんだ気がした。
俺はゆっくりとドアに近づいた。
「どちら様ですか?」
返事はない。ただ、ノックだけが続く。
俺はドアを開けた。
そこに立っていたのは、黒いスーツを着た男だった。30代後半くらいだろうか。鋭い目つきで、俺を睨んでいる。
「お前、美咲に何してんだ?」
低い声だった。
「え、何って……」
「俺の女に手ェ出してんじゃねえよ」
男は部屋に入ってきた。美咲は怯えた表情でベッドの端に座っている。
「ちょっと待ってください、話が……」
「話?話なんてねえよ。お前、美咲と何する気だったんだ?ああ?」
男は俺の胸ぐらを掴んだ。力が強い。
「俺、何も……」
「嘘つくな。ホテルまで連れ込んで、何もしないわけねえだろ」
美咲が泣き出した。
「ごめんなさい、ごめんなさい……私、誘ったわけじゃなくて……」
「美咲、黙ってろ」
男は美咲を一瞥して、再び俺を睨んだ。
「なあ、お前。これどうしてくれんの?俺の女に手ェ出して」
「本当に何もしてないです。ただ話してただけで……」
「話?ホテルで?笑わせんな」
男は俺をベッドに押し倒した。
「示談金、50万。今すぐ払え」
「50万!?」
「少ねえくらいだろ。警察呼ばれたくなかったら、払え」
頭が真っ白になった。
これは、罠だ。
美人局。
聞いたことはあった。だが、まさか自分が引っかかるなんて。
「金、ねえんです」
「じゃあ親に電話しろ。会社でもいいぞ」
「それは……」
男はニヤリと笑った。
「どうすんだ?お前の人生、ここで終わらせたいのか?」
俺の手は震えていた。スマホを握りしめたまま、何も考えられなかった。
美咲は泣き続けている。だが、その涙は本物だろうか。
部屋の中に、重苦しい沈黙が流れた。
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