マッチングアプリで知り合った

あさき のぞみ

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第4話 呆然と…

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美咲さんは着ていたガウンを俺に投げつけ、下着もすぐに付けワンピースに戻り部屋から消えた。
「本当に最低」
最後にそう言い残して、ドアが勢いよく閉まった。
残されたガウンは、まだ彼女の体温と香水の香りを残していた。俺はそれを握りしめたまま、ベッドに倒れ込んだ。
何が起きたんだ。
さっきまで、あんなに良い雰囲気だったのに。
キスをして、触れ合って、これから……というところで、全てが崩れた。
スマホを見る。
通知は鳴り止まない。
LINEには「愛美」からのメッセージが続いている。
「ねえ、無視しないでよ」
「昨日あんなに盛り上がったのに」
「私のこと、もう興味ないの?」
昨日?盛り上がった?
俺は記憶を辿ったが、愛美という名前にも、このアイコンにも覚えがない。
マッチングアプリを開く。
そこには、見たことのない女性たちとのトーク履歴があった。
「今日暇だから会いたいな」
「裕太くんって優しいよね。また話したい」
「今度ご飯行こうよ」
全部、知らない。
俺が送ったはずのメッセージも、俺の記憶にない。
「楽しみにしてるよ」
「俺も会いたい」
「今日は無理だけど、来週なら」
こんなメッセージ、俺は送っていない。
混乱しながらスマホを操作していると、また新しい通知が来た。
今度は「さくら」という名前の女性からだ。
「ねえ、昨日の約束覚えてる?今日の夜、会えるよね?」
約束?何の?
頭が痛くなってきた。
俺は大きなベッドの上でスマホを見ながらため息をついた。
何もかもが狂っている。
せっかく美咲さんと良い感じになれたのに。初めてのデートで、初めてのホテルで、初めて……というところまで来たのに。
全部、このスマホのせいだ。
いや、違う。
俺のせいだ。
美咲さんには、俺が複数の女性と同時にやり取りしている男に見えたんだろう。遊び人に見えたんだろう。
「ちくしょう……」
俺は枕に顔を埋めた。
部屋の静けさが、余計に虚しさを際立たせる。
シャワーの水音も、美咲さんの笑い声も、もうない。
あるのは、ただ虚しさだけだ。
そして、収まりきらない衝動。
さっきまでの美咲さんの感触、甘い香り、柔らかな唇、ガウンの隙間から見えた白い肌——全てが頭の中で渦巻いている。
体は正直だった。
あと少しだったのに。
あと少しで……。
俺は自らの手で、その衝動を終わらせた。
虚しかった。
惨めだった。
ホテルのベッドで、一人で。
こんなはずじゃなかった。
終わった後、また深いため息をついた。
ティッシュを取りに行く気力もなく、しばらくそのまま天井を見つめていた。
スマホの通知音だけが、無情に鳴り続けている。
ピロン。ピロン。ピロン。
見たくない。もう見たくない。
だが、気になって手に取ってしまう。
また新しいマッチングが2件。
「りな」と「まい」という女性たちだ。
どちらも可愛い。美咲さんと同じくらい、いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。
プロフィールを見る。
「りな、22歳、アパレル勤務。映画とカフェが好きです」
美咲さんと同じ趣味だ。
「まい、24歳、OL。料理が得意です。優しい人と出会いたいです」
こっちも良さそうだ。
気づけば、俺はまたアプリを眺めていた。
美咲さんのことで落ち込んでいるはずなのに、新しい女性のプロフィールを見ている自分がいる。
おかしい。
これは、おかしい。
だが、止められない。
右にスワイプ。左にスワイプ。右にスワイプ。
単純な動作なのに、なぜか心が落ち着く。
新しい可能性。新しい出会い。新しい期待。
美咲さんは去ってしまったけど、まだ他にもいる。もっと良い人が、もっと俺を理解してくれる人が、きっといる。
そう思いながら、俺はスワイプを続けた。
30分が経った。
気づけば、10人以上の女性にいいねを送っていた。
何人かは即座にマッチングした。
メッセージが来る。
「はじめまして!よろしくお願いします😊」
「プロフィール見ました。趣味合いそうですね」
「今日お時間ありますか?」
今日?
俺は時計を見た。まだ午後3時だ。
ホテルの利用時間は6時まで。あと3時間もある。
「今日は……ちょっと」
そう返信しながら、別の女性には「来週なら大丈夫です」と送る。
また別の女性には「今度カフェ行きましょう」と送る。
気づけば、5人の女性と同時にやり取りをしていた。
頭が混乱してくる。
誰が誰だか、分からなくなってくる。
「りな」だっけ?いや「まい」だっけ?
さっき映画の話をしたのは誰だっけ?
料理が得意なのは……?
スマホを握る手が震えてきた。
もうやめよう。
今日はもう、何もかも忘れて寝よう。
だが、通知は止まらない。
新しいメッセージ。新しいマッチング。新しいいいね。
次から次へと、途切れることなく。
まるで、俺を離さないかのように。
俺はスマホを投げ出して、ベッドに顔を埋めた。
美咲さんの香りは、もう消えていた。
代わりに、自分の惨めさだけが残っていた。
そして、スマホの通知音だけが、部屋に響き続けた。
ピロン。ピロン。ピロン。

結局、俺は6時までそのベッドで横になっていた。
何も考えたくなかった。
だが、頭の中では美咲さんの顔と、新しくマッチングした女性たちの顔が、ぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。
チェックアウトの時間になり、重い体を起こしてホテルを出た。
渋谷の街は、相変わらず賑やかだった。
カップルたちが笑いながら歩いている。
俺も、数時間前はその一人になれると思っていた。
だが、今は一人だ。
また一人に戻った。
駅へ向かいながら、スマホを開く。
未読メッセージが27件。
新しいマッチングが5件。
いいねが42件。
数字だけが、増え続けている。
意味のない数字が。
それでも、俺はアプリを閉じることができなかった。

 
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