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一章 ベロリン王国編

タングー村

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「こちらです! 救世主様!」

 重たい森狼を担いで道無き森の中を歩くこと、約30分。ようやく不揃いな木の柵で囲まれた村が見えて来た。村は木造のこぢんまりとした簡素な家が建ち並ぶだけの予想通りの田舎って感じだ。

「さぁ、救世主様! こちらに……」

「だからエルマー。さっきから何回も言ってるけど、頼むから救世主様はやめてくれ。俺はただのセイゴだよ」

 森狼がいなくなった事がよほど嬉しいのか、エルマーは村までの道中、ずっと救世主様を連呼してきた。最初は好きに言わせておこうかとも思ったんだけど、何度も言われている間にこっちが恥ずかしくなってきた。それで何回か注意したんだけど、全然聞きやしない。浮かれすぎだっての。でも、このまま村の人達に変な誤解や疑念を持たれても困る。瓜田李下かでんりか。村に入る前にちゃんと釘を刺しておこう。

「いいか? 俺はセイゴな? 救世主様じゃないぞ。わかったか?」
 
「そ、そうでした。すいません……では、セイゴ様とお呼びしても?」

 セイゴ、様か。それぐらいなら大丈夫だろう。

「それでいいよ。それと話は変わるんだけど、この森狼を先にどうにかできないか? そろそろしんどくなってきたんだけど」

「は、はい! お任せください! おーい、アラン!」

 エルマーは村の入り口前で農具を持って立っていた男に声をかけた。もしかして、あれが門番か? あの鍬で何と戦うつもりなんだよ。

「エルマー!? 無事だったのか!? そっちの人は……えっ! も、森狼っ!?」

 走ってきた門番の若い男は俺の担いでいる森狼を見るや否や腰を抜かしてしまった。おいおい、門番がこんなんで本当に大丈夫なのか?

「すごいだろ、アラン! こちらの方は旅人のセイゴ様とおっしゃってな! なんと、この森狼を素手で倒したすごい方なんだぞ!」

「す、素手だって!? ま、まさか……だって……この村に伝わる名剣でも傷の一つもつけられなかったって話なのに……」

 それは名剣の方が怪しいだろ。門番が鍬を持ってる村にある剣なんて知れてるもんだ。でも、剣って言葉には唆られるなぁ。日本じゃ絶対に振り回せないんだもん。うーん、厨二心をくすぐられる!

「おいおい、アラン。いつまでも座ってないで森狼を運ぶのを手伝ってくれよ。こいつを担いで森の中を歩いて来て疲れてるんだから」

 エルマーは運んでないけどな。途中で代わるって言ってきたけど数メートルも歩かない内に音を上げて、結局ここまで俺が一人で運んできたんだからな。

「し、失礼しました! とりあえずウチの倉庫に運んでおきます。そこなら親父が解体もしてくれるでしょうから」

「アランの親父さんはこの村で一番解体が上手いんですよ。若い頃は冒険者ギルドの解体職人をやってたらしいんで」

 おおっ! 解体も嬉しいが、やっぱりこの世界にも冒険者ギルドがあるんだな! くぅううううう! そうだよ! やっぱりテンプレとかお約束とか言われてても冒険者ギルドはないと締まらないよなぁ! 

「あの……どうかされましたか?」

「あ……何でもない。解体を頼むよ」

「はい! では、後は任せてください。荷車に乗せて運んでおきますので」

 アランに森狼を任せた後、俺はエルマーの案内で村長の家へとやって来た。村長はヨボヨボのお爺さんを想像していたんだけど、意外にもガッチリとした体格のイケオジだった。村民侮り難し。

「なんとっ!? あの森狼を素手で倒したと言うのか? むぅ……俄かには信じ難い話だが、亡骸を持って帰っていると言うなら信じないわけにはいかんな。旅の方、タングー村を救っていただき、ありがとうございます」

 エルマーから話を聞いたイケオジ村長が頭を下げてくる。感謝されて悪い気はしない。まして人の命を救ったと思うと、我ながら誇らしくもある。

「こんな辺境の小さな村ではありますが、今日は精一杯の宴を開かせていただきます。それまではどうぞ、我が家でお休みください」

「ありがたい。では、村長殿のご厚意に甘えさせていただきます」

 村長に案内された部屋は木のベッドとチェストがあるだけの簡素な造りだったけど、今の俺には充分過ぎる。俺はすぐにベットに倒れるように寝転んだ。
 疲れた。本当に疲れた。
 夢だった異世界に召喚されたかと思ったら速攻で捨てられて、次は馬鹿でかい狼と戦う羽目になって。こんな激動の一日は今まで体験した事がない。でも、充実感はある。退屈でつまらないだけの生活に比べたら、こっちの方が断然いい。これでいいんだ。

「でも、疲れたなぁ。ふわぁ……」

 いつの間にか俺の意識は深い眠りの中へと落ちていった。
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