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二章 ウィダー王国編
麗人
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部屋に入って来たのは正に麗人と言う言葉がよく似合う美してかっこいい女性だった。輝きを放つような長い金髪と長身でスレンダーな肢体は颯爽としていて、中性的な美しさを感じさせる。どちらかと言うと同性にモテそうなタイプだ。
「マリエール様、ご機嫌麗しゅう存じます」
リューネが膝をついて挨拶をしたので、それに倣って俺も膝をついた。それにしても『麗しゅう存じます』なんて随分と謙った言い方だけど、貴族相手にはこれぐらい必要なのかな?
「うむ。リューネも壮健そうで何より。それとそっちが例の男か? 私はヴィクトリア・エナジー・マリエール。ここエナジーを治める辺境伯だ」
辺境伯だって? 小説の知識からすると侯爵と同じくらいの爵位で、国境付近を治める言わば前線司令官的な貴族だった筈だ。これはかなりの偉いさんだ。ここはちゃんと礼を尽くしておこう。
「お目にかかれまして光栄でございます。マリエール辺境伯閣下。私はセイゴと言う、しがない鉄級冒険者です」
「ほぅ、礼儀は弁えているようだな。どれ、面を上げよ」
言われて顔を上げると、マリエール辺境伯の視線が真っ直ぐに俺を捉えていた。なんか妙な圧迫感を感じるんだけど、気のせいか?
「ふむ。私の視線を何事もなく受け止めるか。並の男であれば失神する者もおるのに、さすがはリューネの連れだ」
し、失神って……この人、なんかの圧を俺にぶつけていたのか? 【神色自若】のお陰で助かった。危うく醜態を晒すところだったよ。危ない危ない……この人、怖い。
「まぁ、二人とも座れ」
マリエール辺境伯がテーブルを挟んで対面に座ってから、リューネがゆっくりと立ち上がってソファに座った。俺もそれに倣って座る。貴族に対して失礼のないように、この世界の最低限の礼節も学んでおかないといけないな。確か不敬罪だっけ? 貴族に無礼を働いたら即処刑とかっていうやつ。せっかく自由に生きられるようになったのに、そんな死に方は御免被りたい。
「お時間をいただき感謝致します。閣下。実は取り急ぎ報告する事がございまして、予定を変更して急遽帰国致しました」
「ああ、卿への依頼はベロリン王国の動向を探ることだが、帰国が予定よりも7日も早い。予定より早く戻って来たという事は火急の用事か? 何か動きがあったか?」
「御推察の通りです。現在、マルタン王国と戦争中のベロリン王国ですが、遂にウィダー王国にも戦争をしかける動きが見られます」
リューネはそう言って懐から数枚の粗末な紙を取り出して、マリエール辺境伯に差し出した。それにしてもここまでの経過を見る限り、リューネは辺境伯に雇われたウィダーの密偵ってところか? それで国境の兵士達はリューネに過剰に反応していたのか。辺境伯のお抱え冒険者だもんなぁ、蔑ろにしたらこの上下関係の厳しい世界では死に直結するだろうからね。
「王都からデロリンへの軍事物資の流通資料か。なるほど、確かにあの街に駐留している騎士団への物資にしては多すぎるな。ウィダーに攻め入るための物資に相違ない。あの愚豚王め、本当に二正面作戦をやる気のようだ」
「間違いないかと。ただ、ベロリン国内は既に兵力も物資も不足している状態です。過度な徴兵、徴発によって民の生活は困窮し、不安定な国内情勢は民の生活を圧迫しています。侵略の騎士団や正規軍より先に難民がやって来る可能性もあるかと。実際、デロリンでは国外逃亡を匂わせる発言をする者もおりました」
「その可能性は確かにあるな。わかった。国境の砦に兵力を集結させ、不測の事態に備えるとしよう。リューネ、役目大義であった。これは約束の報酬だ」
辺境伯の合図でさっきの執事の女性が金の入った袋を盆に乗せて運んできた。報酬をもらったって事はこれで依頼は完了って事かな?
「ありがとうございます。閣下。では、私達はこれで」
「待て、リューネ。私としては引き続き、ベロリン王国の内情を探ってもらいたいのだが……」
「申し訳ありません、閣下。その私は……」
「断ると言うのですか? 銀級冒険者のリューネ」
リューネの言葉を遮って前に出てきたのは辺境伯ではなく、さっきの執事の女性だった。気難しそうな顔は眉間に寄った皺のせいで更に険しくなっている。これは穏やかじゃないですね。
「貴女はたかが冒険者の分際で、マリエール様からの依頼を断ると言うですか?」
「……申し訳ありません」
リューネの言葉に執事の女性の顔がどんどん険しいものになっていく。主人を侮辱されたとでも思ったのか、さっきまでの冷静さの面影もない。この状況、ちょっとまずいんじゃないか?
「連絡も無しに急に帰って来ただけでも許し難い行為なのに、その上で依頼を断るとは。一体、何様のつもりなんですか?」
急に帰って来た? あっ! そうか! 馬車でリューネの様子がおかしかったのはこれのせいだったんだ! リューネは辺境伯からの依頼でベロリン王国の動向を探っていたけど、その任務の途中で俺に負けてしまった。つまり掟に従い、俺に尽くさないといけなくなった。そのせいで依頼の期限が7日も残っているのに俺がすぐに国を出たいと言ったからリューネは任務を続けられなくなって、急遽帰国する羽目になったんだ! 何で言ってくれなかったんだよ! これじゃあ成果があるとはいえ、貴族からの依頼を途中で放棄も同然じゃないか! 不敬罪で処罰されるかもしれないんだぞ!
「ふん、やはり銀級とはいえ所詮は下賎の身。信用にたる者ではありませんでしたね。あまつさえ、下劣な男をこの屋敷に入れるなど考えられません。慰み者の男娼なら首輪でも付けて外で鎖に繋いでおけばいいものを」
こ、この執事! 言いたい放題言いやがって! でも、詰る相手が俺に変わってリューネへの当たりが和らぐなら……って、おい! リュ、リューネさん? 何で執事の胸ぐらを掴んでるんだよ!?
「マリエール様、ご機嫌麗しゅう存じます」
リューネが膝をついて挨拶をしたので、それに倣って俺も膝をついた。それにしても『麗しゅう存じます』なんて随分と謙った言い方だけど、貴族相手にはこれぐらい必要なのかな?
「うむ。リューネも壮健そうで何より。それとそっちが例の男か? 私はヴィクトリア・エナジー・マリエール。ここエナジーを治める辺境伯だ」
辺境伯だって? 小説の知識からすると侯爵と同じくらいの爵位で、国境付近を治める言わば前線司令官的な貴族だった筈だ。これはかなりの偉いさんだ。ここはちゃんと礼を尽くしておこう。
「お目にかかれまして光栄でございます。マリエール辺境伯閣下。私はセイゴと言う、しがない鉄級冒険者です」
「ほぅ、礼儀は弁えているようだな。どれ、面を上げよ」
言われて顔を上げると、マリエール辺境伯の視線が真っ直ぐに俺を捉えていた。なんか妙な圧迫感を感じるんだけど、気のせいか?
「ふむ。私の視線を何事もなく受け止めるか。並の男であれば失神する者もおるのに、さすがはリューネの連れだ」
し、失神って……この人、なんかの圧を俺にぶつけていたのか? 【神色自若】のお陰で助かった。危うく醜態を晒すところだったよ。危ない危ない……この人、怖い。
「まぁ、二人とも座れ」
マリエール辺境伯がテーブルを挟んで対面に座ってから、リューネがゆっくりと立ち上がってソファに座った。俺もそれに倣って座る。貴族に対して失礼のないように、この世界の最低限の礼節も学んでおかないといけないな。確か不敬罪だっけ? 貴族に無礼を働いたら即処刑とかっていうやつ。せっかく自由に生きられるようになったのに、そんな死に方は御免被りたい。
「お時間をいただき感謝致します。閣下。実は取り急ぎ報告する事がございまして、予定を変更して急遽帰国致しました」
「ああ、卿への依頼はベロリン王国の動向を探ることだが、帰国が予定よりも7日も早い。予定より早く戻って来たという事は火急の用事か? 何か動きがあったか?」
「御推察の通りです。現在、マルタン王国と戦争中のベロリン王国ですが、遂にウィダー王国にも戦争をしかける動きが見られます」
リューネはそう言って懐から数枚の粗末な紙を取り出して、マリエール辺境伯に差し出した。それにしてもここまでの経過を見る限り、リューネは辺境伯に雇われたウィダーの密偵ってところか? それで国境の兵士達はリューネに過剰に反応していたのか。辺境伯のお抱え冒険者だもんなぁ、蔑ろにしたらこの上下関係の厳しい世界では死に直結するだろうからね。
「王都からデロリンへの軍事物資の流通資料か。なるほど、確かにあの街に駐留している騎士団への物資にしては多すぎるな。ウィダーに攻め入るための物資に相違ない。あの愚豚王め、本当に二正面作戦をやる気のようだ」
「間違いないかと。ただ、ベロリン国内は既に兵力も物資も不足している状態です。過度な徴兵、徴発によって民の生活は困窮し、不安定な国内情勢は民の生活を圧迫しています。侵略の騎士団や正規軍より先に難民がやって来る可能性もあるかと。実際、デロリンでは国外逃亡を匂わせる発言をする者もおりました」
「その可能性は確かにあるな。わかった。国境の砦に兵力を集結させ、不測の事態に備えるとしよう。リューネ、役目大義であった。これは約束の報酬だ」
辺境伯の合図でさっきの執事の女性が金の入った袋を盆に乗せて運んできた。報酬をもらったって事はこれで依頼は完了って事かな?
「ありがとうございます。閣下。では、私達はこれで」
「待て、リューネ。私としては引き続き、ベロリン王国の内情を探ってもらいたいのだが……」
「申し訳ありません、閣下。その私は……」
「断ると言うのですか? 銀級冒険者のリューネ」
リューネの言葉を遮って前に出てきたのは辺境伯ではなく、さっきの執事の女性だった。気難しそうな顔は眉間に寄った皺のせいで更に険しくなっている。これは穏やかじゃないですね。
「貴女はたかが冒険者の分際で、マリエール様からの依頼を断ると言うですか?」
「……申し訳ありません」
リューネの言葉に執事の女性の顔がどんどん険しいものになっていく。主人を侮辱されたとでも思ったのか、さっきまでの冷静さの面影もない。この状況、ちょっとまずいんじゃないか?
「連絡も無しに急に帰って来ただけでも許し難い行為なのに、その上で依頼を断るとは。一体、何様のつもりなんですか?」
急に帰って来た? あっ! そうか! 馬車でリューネの様子がおかしかったのはこれのせいだったんだ! リューネは辺境伯からの依頼でベロリン王国の動向を探っていたけど、その任務の途中で俺に負けてしまった。つまり掟に従い、俺に尽くさないといけなくなった。そのせいで依頼の期限が7日も残っているのに俺がすぐに国を出たいと言ったからリューネは任務を続けられなくなって、急遽帰国する羽目になったんだ! 何で言ってくれなかったんだよ! これじゃあ成果があるとはいえ、貴族からの依頼を途中で放棄も同然じゃないか! 不敬罪で処罰されるかもしれないんだぞ!
「ふん、やはり銀級とはいえ所詮は下賎の身。信用にたる者ではありませんでしたね。あまつさえ、下劣な男をこの屋敷に入れるなど考えられません。慰み者の男娼なら首輪でも付けて外で鎖に繋いでおけばいいものを」
こ、この執事! 言いたい放題言いやがって! でも、詰る相手が俺に変わってリューネへの当たりが和らぐなら……って、おい! リュ、リューネさん? 何で執事の胸ぐらを掴んでるんだよ!?
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