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エダの秘密
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石造りのまっすぐな道が続いていた。巨大な蛇の体内を歩いている気分だった。通路を歩いていると、左右にいくつもの扉が現れた。
「私の部屋は、どれだろ?」
「端末に表記されておるはずじゃ」
「どれどれ」
ディスプレイを開く。生徒番号「289」とあった。
「部屋番号289まで歩かなくちゃいけないわけ?」
通路の左右にある扉には「000」「001」「002」……と、プレートがかかっていた。この調子で289番目歩いて行くのは面倒である。
「心配は要らん。生徒番号をタッチすれば良い」
「こう?」
タッチすると、扉の番号が増加していった。ノウノが見ていたプレートの番号が、どんどん上昇して行き、「289」の文字でピタリと止まった。
「おぉ。これは便利ね」
「現実で生きていた名残として、いちおうリアルな感覚が、吾輩たちには与えられている。しかし、仮想世界じゃからな。見ているのもが真実とは限らん。INT変数を加算させるだけで、部屋は変化する」
「プログラミング的な話はわかんないけど、便利なのは良いことね」
289番の部屋の扉を開けた。中。ベッド。机。クローゼット。必要最低限の家具が置かれていた。床は石造りで、家具はどれも木材マテリアルが使用されている。簡素ではあるが、古風な雰囲気が、ノウノは気に入った。
「ふぅ。疲れたー」
と、ノウノはベッドに跳び込んだ。
白いシーツのかかったマットレスに、身体が沈み込んだ。眠っているノウノの身体に、エダがコードをつなげていった。アバターの点検をしてくれるのだろう。ディスプレイが現れて、さまざまなグラフや数字が表示されていた。
「エダは、エルシノア嬢といっしょに来たことがあるのよね」
「一緒に? うむ、まぁ、そうじゃな。いっしょに来たことがあったな」
なぜかちょっと言いよどんでいたが、エダはうなずいた。
「エルシノア嬢も、この学園に来たとき、最初はフォロワー少なかったの?」
「0じゃったな」
「じゃあ私と一緒だね」
「うむ」
女王をバトルで倒して、フォロワー数を上回った伝説のVDOOL。その軌跡を辿っているようで、ちょっと興奮する。
「エルシノア嬢は垢BANされてるってことだけど、垢BANされたら、どうなるんだろ? 世界から追放されるってことでしょ? だけど、世界から追放されたら、私たちって死んじゃうんじゃない?」
ノウノたちには、肉体がない。
ノウノが特別なわけじゃない。
地球が太陽系から外れることを見越して、人類は仮想世界への移住を決めたのだ。現実にはもう、人の生きられるような環境は存在していない。
「垢BANされても、べつにバイナリー・ワールドから追い出されるわけではない」
「そうなんだ?」
「アバターは剥奪されて、意識は特別なデータベースに格納されることになる。言うなれば牢獄データベースじゃな。アバターがなく、意識だけが暗闇のなかを彷徨うことになる。魂が漂っているような感覚じゃな」
「まるで、入ったことがあるみたいな物言いね」
「……」
エダは自身の目なのか、そのカメラレンズの縁を、木の枝みたいな指でなぞっていた。あまり触れられたくない話題なのかもしれない。すると、エダも垢BANされたことがあるのだろう。
「いいよ別に。エダが大罪人でも。私にチカラを与えてくれたんだから、どんなに悪人でも一緒について行くつもりだから」
目の前にディスプレイを開く。5万人ちょっとのフォロワー数。これもエダが強い肉体をくれたから得られたものだ。
ふん、とエダは小さく笑ったようだ。
「吾輩のような不審者にチカラを貸してくれる、オヌシも相当な変わりもんじゃと思うがな」
「そう? フォロワー数のためなら、みんな必死になるでしょ。私の感覚はふつうだと思うけど」
「仮想世界では両親という概念が消えたからなぁ。みんな、どこか愛に飢えているのやもしれんな」
「そうなのかな」
この世界には寿命という概念が存在しない。ずっと生きていられるのだが、いずれは飽きが来るのだそうだ。
生きることに飽きてきた人は、子供を残す。自分の意識モデルと、他人の意識モデルを複合させて、べつの意識を生み出すのだ。
そのさいに父と母は死ぬ。死ぬ――というか、子供の意識モデルに引き継がれる。
蓄積されたデータなどは消去されるが、たとえば判断能力や思考方法などは、影響しているんだろう。
ノウノの類まれなる運動神経も、たぶん親モデルの影響で発生している。だからノウノにも両親はいない。文字通り、ノウノの心のなかで生きているということになる。
他人の意識モデルを掛け合わせて、より強力で複雑な意識モデルを融合させていくわけだから、まぁ、理にかなった生存方法なんじゃないかな、とノウノは思う。
簡潔に言い換えるならば、モンスター合成ゲームである。人間Aと人間Bを合体させて、より強力な人間Cを誕生させるわけだ。いずれ行き着くさきには、最強の意識モデルが出来上がっているかもしれない。
とはいえ、生まれてくる子供が1人とは限らない。そりゃ2人から1人を生んでいたら、絶対数が減ってしまう。さっきの蛇女みたく双子ということもある。
「吾輩は、子供を残そうなどとは思わんがな。ずっと生きていたい」
「そうなんだ。私はまだわかんないからなぁ。たいして生きてないし。でも、いずれ飽きてくるって聞くけどね」
いまはまだ子供を残すことは考えていないけれど、ちょっと面白そうだなとは思う。
自分の能力と他人の能力が掛け合わされて、より強力なモデルが誕生するのだ。
「仮想世界は素晴らしい世界じゃ。肉体が衰えることもないし、永遠に現役でいられる。問題なのは、ロジカルンが管理しているということじゃな」
「ロジカルンが嫌いなのね?」
「吾輩はロジカルンへの復讐のために、こんな姿にまでなって生きながらえておるんじゃからな」
と、エダは自身のカメラの頭部を指さしていた。
エルシノア嬢をBANされたから。それだけではなさそうだ。何かもっと根深い恨みを抱いているように感ぜられた。ノウノが使っているこのアバターは、そのエダの憎悪が作り上げた傑作なのだろう。エダの怒りが伝播してくるかのようだ。
「私もロジカルンのことは、そんなに好きじゃないけどさ。エダはどうして、そんなに嫌いなのか教えてよ」
「いずれ話してやる」
「えー。いまは秘密なわけ?」
「オヌシにドン引きされて逃げられたら、吾輩の手駒がなくなってしまうじゃろうが」
「逃げたりしないのに」
きっとこの物語の主役は、エダなんだろうなと思った。
ノウノはエダのために使役される手駒に過ぎない。
「私の部屋は、どれだろ?」
「端末に表記されておるはずじゃ」
「どれどれ」
ディスプレイを開く。生徒番号「289」とあった。
「部屋番号289まで歩かなくちゃいけないわけ?」
通路の左右にある扉には「000」「001」「002」……と、プレートがかかっていた。この調子で289番目歩いて行くのは面倒である。
「心配は要らん。生徒番号をタッチすれば良い」
「こう?」
タッチすると、扉の番号が増加していった。ノウノが見ていたプレートの番号が、どんどん上昇して行き、「289」の文字でピタリと止まった。
「おぉ。これは便利ね」
「現実で生きていた名残として、いちおうリアルな感覚が、吾輩たちには与えられている。しかし、仮想世界じゃからな。見ているのもが真実とは限らん。INT変数を加算させるだけで、部屋は変化する」
「プログラミング的な話はわかんないけど、便利なのは良いことね」
289番の部屋の扉を開けた。中。ベッド。机。クローゼット。必要最低限の家具が置かれていた。床は石造りで、家具はどれも木材マテリアルが使用されている。簡素ではあるが、古風な雰囲気が、ノウノは気に入った。
「ふぅ。疲れたー」
と、ノウノはベッドに跳び込んだ。
白いシーツのかかったマットレスに、身体が沈み込んだ。眠っているノウノの身体に、エダがコードをつなげていった。アバターの点検をしてくれるのだろう。ディスプレイが現れて、さまざまなグラフや数字が表示されていた。
「エダは、エルシノア嬢といっしょに来たことがあるのよね」
「一緒に? うむ、まぁ、そうじゃな。いっしょに来たことがあったな」
なぜかちょっと言いよどんでいたが、エダはうなずいた。
「エルシノア嬢も、この学園に来たとき、最初はフォロワー少なかったの?」
「0じゃったな」
「じゃあ私と一緒だね」
「うむ」
女王をバトルで倒して、フォロワー数を上回った伝説のVDOOL。その軌跡を辿っているようで、ちょっと興奮する。
「エルシノア嬢は垢BANされてるってことだけど、垢BANされたら、どうなるんだろ? 世界から追放されるってことでしょ? だけど、世界から追放されたら、私たちって死んじゃうんじゃない?」
ノウノたちには、肉体がない。
ノウノが特別なわけじゃない。
地球が太陽系から外れることを見越して、人類は仮想世界への移住を決めたのだ。現実にはもう、人の生きられるような環境は存在していない。
「垢BANされても、べつにバイナリー・ワールドから追い出されるわけではない」
「そうなんだ?」
「アバターは剥奪されて、意識は特別なデータベースに格納されることになる。言うなれば牢獄データベースじゃな。アバターがなく、意識だけが暗闇のなかを彷徨うことになる。魂が漂っているような感覚じゃな」
「まるで、入ったことがあるみたいな物言いね」
「……」
エダは自身の目なのか、そのカメラレンズの縁を、木の枝みたいな指でなぞっていた。あまり触れられたくない話題なのかもしれない。すると、エダも垢BANされたことがあるのだろう。
「いいよ別に。エダが大罪人でも。私にチカラを与えてくれたんだから、どんなに悪人でも一緒について行くつもりだから」
目の前にディスプレイを開く。5万人ちょっとのフォロワー数。これもエダが強い肉体をくれたから得られたものだ。
ふん、とエダは小さく笑ったようだ。
「吾輩のような不審者にチカラを貸してくれる、オヌシも相当な変わりもんじゃと思うがな」
「そう? フォロワー数のためなら、みんな必死になるでしょ。私の感覚はふつうだと思うけど」
「仮想世界では両親という概念が消えたからなぁ。みんな、どこか愛に飢えているのやもしれんな」
「そうなのかな」
この世界には寿命という概念が存在しない。ずっと生きていられるのだが、いずれは飽きが来るのだそうだ。
生きることに飽きてきた人は、子供を残す。自分の意識モデルと、他人の意識モデルを複合させて、べつの意識を生み出すのだ。
そのさいに父と母は死ぬ。死ぬ――というか、子供の意識モデルに引き継がれる。
蓄積されたデータなどは消去されるが、たとえば判断能力や思考方法などは、影響しているんだろう。
ノウノの類まれなる運動神経も、たぶん親モデルの影響で発生している。だからノウノにも両親はいない。文字通り、ノウノの心のなかで生きているということになる。
他人の意識モデルを掛け合わせて、より強力で複雑な意識モデルを融合させていくわけだから、まぁ、理にかなった生存方法なんじゃないかな、とノウノは思う。
簡潔に言い換えるならば、モンスター合成ゲームである。人間Aと人間Bを合体させて、より強力な人間Cを誕生させるわけだ。いずれ行き着くさきには、最強の意識モデルが出来上がっているかもしれない。
とはいえ、生まれてくる子供が1人とは限らない。そりゃ2人から1人を生んでいたら、絶対数が減ってしまう。さっきの蛇女みたく双子ということもある。
「吾輩は、子供を残そうなどとは思わんがな。ずっと生きていたい」
「そうなんだ。私はまだわかんないからなぁ。たいして生きてないし。でも、いずれ飽きてくるって聞くけどね」
いまはまだ子供を残すことは考えていないけれど、ちょっと面白そうだなとは思う。
自分の能力と他人の能力が掛け合わされて、より強力なモデルが誕生するのだ。
「仮想世界は素晴らしい世界じゃ。肉体が衰えることもないし、永遠に現役でいられる。問題なのは、ロジカルンが管理しているということじゃな」
「ロジカルンが嫌いなのね?」
「吾輩はロジカルンへの復讐のために、こんな姿にまでなって生きながらえておるんじゃからな」
と、エダは自身のカメラの頭部を指さしていた。
エルシノア嬢をBANされたから。それだけではなさそうだ。何かもっと根深い恨みを抱いているように感ぜられた。ノウノが使っているこのアバターは、そのエダの憎悪が作り上げた傑作なのだろう。エダの怒りが伝播してくるかのようだ。
「私もロジカルンのことは、そんなに好きじゃないけどさ。エダはどうして、そんなに嫌いなのか教えてよ」
「いずれ話してやる」
「えー。いまは秘密なわけ?」
「オヌシにドン引きされて逃げられたら、吾輩の手駒がなくなってしまうじゃろうが」
「逃げたりしないのに」
きっとこの物語の主役は、エダなんだろうなと思った。
ノウノはエダのために使役される手駒に過ぎない。
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