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αとβ
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アルファとベェタが、どういう戦い方をするのか、前情報がまったくなかった。
2次を通過してから、セキュリティ会社にしょっ引かされて、準備をする時間がなかったのだ。
まあ、戦ってみればわかるだろう――と思って、ノウノはふたたび湖に出た。
靴を脱いで、浅瀬に足をつける。冷たい水の感触が心地良い。すこし日が傾きはじめている。偽物の恒星の光が陰りはじめていた。
「よォ。やっぱり最後まで生き残るのは、てめェだったか。魔女の隠し子さんよ」
アルファがそう言って湖畔から声をかけてきた。
「お待ちどうさん。全員、駆逐してきたでぇ」
と、ベェタは湖に跳び込んできた。
「ずいぶん堂々と出てくるのね」
茂みから狙撃するようなこともしなければ、追尾するディスプレイのようなものも出してはいない。ただ、武器は持っている。
アルファは赤い毛と同じ色の穂先の槍。ベェタは尋常じゃない幅の刀剣だった。
「当たりめェだろ。私たちはロジカルン製のVDOOLだって誇りがある。堂々と勝負して、そしてねじ伏せる」
アルファはそう言って、ノウノに穂先を向けてきた。
「そのわりに2対1ってわけ?」
「てめェを倒してから、うちらは決着をつける。うちの総裁から指示があった、なんとしてもてめェをぶっ潰せってな」
「総裁……ロジクさんのことね」
「てめェは、何をしに学園へやって来た? 目的はなんだ?」
「VDOOLになるのが、フォロワーを集めるのには一番でしょ」
「本当にそれだけか?」
「さあ」
と、ノウノは、はぐらかした。
ノウノが学園に来た目的は2つ。
1つは、フォロワー集めだ。それに偽りはない。インフルエンサーになりたいと思っていたから、来たのだ。
もう1つの目的は、ノウノの目的ではなく、エダの目的だ。ロジカルンへの復讐。
はじめはその2つは完全に別個のものだった。ノウノにはノウノの目的のために、エダはエダの目的のために、お互いを利用しているような、そんな感じだった。
今は、すこし違う気がする。エダの憎悪が、ノウノにも感染している気がする。エダの復讐を手伝ってやりたいと思っている。
「この世界は緻密なロジックのうえで成り立っている。魔女は必要じゃねェんだよ」
と、アルファが槍を構えて、突っ込んできた。その一歩が、力強く湖を踏みつけて、水を弾きあげる。
突き出される穂先。ノウノは後ろに下がりつつ、それをかわした。
「私もこの世界は好きよ」
「もしも貴様が、あのエルシノア嬢の息のかかった何者かであるならば、危険すぎる。ここで食い止めなくては」
「ずいぶんとエルシノア嬢のことを警戒するのね。女王のフォロワー数を、過去に一度、上回ってしまっただけなのに」
「この世界で、ロジカルン製のアバターを上回る存在が居てはならねェ。ひとりのユーザーが、管理者のチカラを越えちゃならねェ。それと同じことだ」
ロジクの言い分と同じである。
槍を突き出すアルファの背後に、ロジクの姿を幻覚した。そうか。アルファは、ロジクのことが好きなんだなと思った。
ロジクは、ロジカルンの父である。女王のバックアップだけじゃない。アルファやベータだって、ロジカルンのVDOOLとして、ロジクの世話になっているのだろう。
まあ――。
ロジクの言い分は正解なんだろう。
この世界の管理運営をおこなっている企業が、負けるというのは、どう考えても異常である。
それはもう、バグである。
エルシノア嬢――エダが規格外すぎるというだけだ。まさか、この世界の創造主である第1世代の生き残りだなんて、誰も思わないだろう。
「ねえ、神さまっていると思う?」
ノウノはそう問いかけた。
「はぁ? いるわけねェだろ。ボケか」
「案外、近くにいるかもしれないよ」
突き出された槍の穂先をかわした。その柄をつかんだ。そのまま引っ張ると、アルファの身体がノウノに引き寄せられる。
引き寄せられたところで、渾身の拳骨をくらわせた。
拳がアルファの顔面に食い込む。まるでゴムのような感触。アルファが地面に叩き付けられた。湖面の水が水柱をあげる。あたりに激しいノイズが走った。
「てめぇ、良くも……」
アルファは槍を地面に突き立てて、かろうじて立ちあがった。
ただ、顔面が破損していた。
「悪いけど、負けられないのよね」
「そりゃ、こっちだって同じだ。ボケ。私たちはロジカルンに選ばれたんだ。勝つ。お前も女王もぶっ飛ばす」
潰れた顔面で、アルファはノウノを睨んでいた。
マブタが切り開かれて、中身の眼球があらわになっている。鼻がへし折れている。潰れていることによって、異様な凄まじさが付与されていた。
その気迫に、ノウノはすこしたじろぎ、すこし苛立った。
「あんたたちは、どうせ来年があるでしょうが。悪いけど、私は今年にかけてんのよ」
エダの意識モデルが、来年まで保たなければ、ノウノのこのアバターを修復してくれる人も消える。
エダが消えれば、ノウノの無双もうたかたの夢となる。
ロジカルンという企業をバックに、ぬくぬくと過ごしてきたくせに、そんな気迫に満ちた顔をしないで欲しい。
24社に応募して、落選する惨めさも、モデルを自作しなければならない苦労も、こいつらにはわかっちゃいないのだ。
得体のしれぬアルファの気迫につられて、ノウノのなかにも闘志が満ちてきた。
「私たちは所詮、女王の引き立て役だ。総裁が愛してるのは、最強の女王だけだ。総裁に好かれるためには、トップに上り詰めなくちゃならねェんだよ。ボケ」
ロジカルンの中でも、いろいろあるのだろう。
いつだったか。
この世界の人たちは、愛に飢えている――というようなことを、エダが言っていた気がする。
しかし、そんな都合など知ったことではない。
「エルシノア嬢が垢BANされた理由を知ってる?」
「はぁ? なんだよ、急に」
「女王のフォロワー数を上回ったからよ。女王を上回ったら、あんたたちも消されるんじゃないの? それともロジカルン製のアバターなら、べつに上回っても構わないわけ?」
「適当なことヌかしてんじゃねェ」
アルファは槍を構えて、突っ込んできた。
アルファだけじゃない。
背後。
「さすが、魔女の隠し子やで。うちのアルファの顔がめちゃくちゃやないか」
ベェタが大剣を振るう。ノウノは身をかがめて、それをかわした。
一薙ぎが、ノウノの頭上をかすめる。
ベェタのふところに潜り込む。ノウノがベェタの腹に一発打ち込もうとすると、ベェタは間一髪で反応した。
大剣を捨てて、組み付いてきた。
「悪いけど、相手になんないよ」
「なんやねん。ロジカルン製のアバターの性能を、ここまで圧倒するって、いったいお前は何者やねん。これじゃあまるで……」
「エルシノア嬢みたい?」
「せや。やっぱりお前の意識モデルは、牢獄データベースから脱獄した魔女なんか」
「他人の空似よ」
そのまま抑えとけよォ――と、アルファが吠えた。
ベェタがノウノに組み付いているあいだに、槍で突き刺してしまおうという魂胆らしい。
ノウノはベェタの身体を抱え上げて、そのままアルファに向かって投げつけた。アルファが構えていた穂先に、ベェタの腹が突き刺さる。
ベェタに圧しかかられて、アルファも最後の気力をうしなったようだ。空中に浮かんでいる巨大ディスプレイには、アルファとベェタのふたりの名前に斜線がひかれた。
ラッパの音のような華々しい音があたりに響き渡った。
ディスプレイに表記された。
「WINNER・ノウノ・キャロット」
2次を通過してから、セキュリティ会社にしょっ引かされて、準備をする時間がなかったのだ。
まあ、戦ってみればわかるだろう――と思って、ノウノはふたたび湖に出た。
靴を脱いで、浅瀬に足をつける。冷たい水の感触が心地良い。すこし日が傾きはじめている。偽物の恒星の光が陰りはじめていた。
「よォ。やっぱり最後まで生き残るのは、てめェだったか。魔女の隠し子さんよ」
アルファがそう言って湖畔から声をかけてきた。
「お待ちどうさん。全員、駆逐してきたでぇ」
と、ベェタは湖に跳び込んできた。
「ずいぶん堂々と出てくるのね」
茂みから狙撃するようなこともしなければ、追尾するディスプレイのようなものも出してはいない。ただ、武器は持っている。
アルファは赤い毛と同じ色の穂先の槍。ベェタは尋常じゃない幅の刀剣だった。
「当たりめェだろ。私たちはロジカルン製のVDOOLだって誇りがある。堂々と勝負して、そしてねじ伏せる」
アルファはそう言って、ノウノに穂先を向けてきた。
「そのわりに2対1ってわけ?」
「てめェを倒してから、うちらは決着をつける。うちの総裁から指示があった、なんとしてもてめェをぶっ潰せってな」
「総裁……ロジクさんのことね」
「てめェは、何をしに学園へやって来た? 目的はなんだ?」
「VDOOLになるのが、フォロワーを集めるのには一番でしょ」
「本当にそれだけか?」
「さあ」
と、ノウノは、はぐらかした。
ノウノが学園に来た目的は2つ。
1つは、フォロワー集めだ。それに偽りはない。インフルエンサーになりたいと思っていたから、来たのだ。
もう1つの目的は、ノウノの目的ではなく、エダの目的だ。ロジカルンへの復讐。
はじめはその2つは完全に別個のものだった。ノウノにはノウノの目的のために、エダはエダの目的のために、お互いを利用しているような、そんな感じだった。
今は、すこし違う気がする。エダの憎悪が、ノウノにも感染している気がする。エダの復讐を手伝ってやりたいと思っている。
「この世界は緻密なロジックのうえで成り立っている。魔女は必要じゃねェんだよ」
と、アルファが槍を構えて、突っ込んできた。その一歩が、力強く湖を踏みつけて、水を弾きあげる。
突き出される穂先。ノウノは後ろに下がりつつ、それをかわした。
「私もこの世界は好きよ」
「もしも貴様が、あのエルシノア嬢の息のかかった何者かであるならば、危険すぎる。ここで食い止めなくては」
「ずいぶんとエルシノア嬢のことを警戒するのね。女王のフォロワー数を、過去に一度、上回ってしまっただけなのに」
「この世界で、ロジカルン製のアバターを上回る存在が居てはならねェ。ひとりのユーザーが、管理者のチカラを越えちゃならねェ。それと同じことだ」
ロジクの言い分と同じである。
槍を突き出すアルファの背後に、ロジクの姿を幻覚した。そうか。アルファは、ロジクのことが好きなんだなと思った。
ロジクは、ロジカルンの父である。女王のバックアップだけじゃない。アルファやベータだって、ロジカルンのVDOOLとして、ロジクの世話になっているのだろう。
まあ――。
ロジクの言い分は正解なんだろう。
この世界の管理運営をおこなっている企業が、負けるというのは、どう考えても異常である。
それはもう、バグである。
エルシノア嬢――エダが規格外すぎるというだけだ。まさか、この世界の創造主である第1世代の生き残りだなんて、誰も思わないだろう。
「ねえ、神さまっていると思う?」
ノウノはそう問いかけた。
「はぁ? いるわけねェだろ。ボケか」
「案外、近くにいるかもしれないよ」
突き出された槍の穂先をかわした。その柄をつかんだ。そのまま引っ張ると、アルファの身体がノウノに引き寄せられる。
引き寄せられたところで、渾身の拳骨をくらわせた。
拳がアルファの顔面に食い込む。まるでゴムのような感触。アルファが地面に叩き付けられた。湖面の水が水柱をあげる。あたりに激しいノイズが走った。
「てめぇ、良くも……」
アルファは槍を地面に突き立てて、かろうじて立ちあがった。
ただ、顔面が破損していた。
「悪いけど、負けられないのよね」
「そりゃ、こっちだって同じだ。ボケ。私たちはロジカルンに選ばれたんだ。勝つ。お前も女王もぶっ飛ばす」
潰れた顔面で、アルファはノウノを睨んでいた。
マブタが切り開かれて、中身の眼球があらわになっている。鼻がへし折れている。潰れていることによって、異様な凄まじさが付与されていた。
その気迫に、ノウノはすこしたじろぎ、すこし苛立った。
「あんたたちは、どうせ来年があるでしょうが。悪いけど、私は今年にかけてんのよ」
エダの意識モデルが、来年まで保たなければ、ノウノのこのアバターを修復してくれる人も消える。
エダが消えれば、ノウノの無双もうたかたの夢となる。
ロジカルンという企業をバックに、ぬくぬくと過ごしてきたくせに、そんな気迫に満ちた顔をしないで欲しい。
24社に応募して、落選する惨めさも、モデルを自作しなければならない苦労も、こいつらにはわかっちゃいないのだ。
得体のしれぬアルファの気迫につられて、ノウノのなかにも闘志が満ちてきた。
「私たちは所詮、女王の引き立て役だ。総裁が愛してるのは、最強の女王だけだ。総裁に好かれるためには、トップに上り詰めなくちゃならねェんだよ。ボケ」
ロジカルンの中でも、いろいろあるのだろう。
いつだったか。
この世界の人たちは、愛に飢えている――というようなことを、エダが言っていた気がする。
しかし、そんな都合など知ったことではない。
「エルシノア嬢が垢BANされた理由を知ってる?」
「はぁ? なんだよ、急に」
「女王のフォロワー数を上回ったからよ。女王を上回ったら、あんたたちも消されるんじゃないの? それともロジカルン製のアバターなら、べつに上回っても構わないわけ?」
「適当なことヌかしてんじゃねェ」
アルファは槍を構えて、突っ込んできた。
アルファだけじゃない。
背後。
「さすが、魔女の隠し子やで。うちのアルファの顔がめちゃくちゃやないか」
ベェタが大剣を振るう。ノウノは身をかがめて、それをかわした。
一薙ぎが、ノウノの頭上をかすめる。
ベェタのふところに潜り込む。ノウノがベェタの腹に一発打ち込もうとすると、ベェタは間一髪で反応した。
大剣を捨てて、組み付いてきた。
「悪いけど、相手になんないよ」
「なんやねん。ロジカルン製のアバターの性能を、ここまで圧倒するって、いったいお前は何者やねん。これじゃあまるで……」
「エルシノア嬢みたい?」
「せや。やっぱりお前の意識モデルは、牢獄データベースから脱獄した魔女なんか」
「他人の空似よ」
そのまま抑えとけよォ――と、アルファが吠えた。
ベェタがノウノに組み付いているあいだに、槍で突き刺してしまおうという魂胆らしい。
ノウノはベェタの身体を抱え上げて、そのままアルファに向かって投げつけた。アルファが構えていた穂先に、ベェタの腹が突き刺さる。
ベェタに圧しかかられて、アルファも最後の気力をうしなったようだ。空中に浮かんでいる巨大ディスプレイには、アルファとベェタのふたりの名前に斜線がひかれた。
ラッパの音のような華々しい音があたりに響き渡った。
ディスプレイに表記された。
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