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少年の目標
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「ヘイルータンのおかげだぜ。あのババァ、気が緩んでやがった。これだけの鎮痛薬を盗みだして来れた」
テンはそう言うと、小さな布袋に詰めた丸薬をヘイルータンに見せた。
「わっ。もしかして泥棒してきたの?」
「泥棒とは人聞きの悪い。こっちはただのテンなんだから」
「都合の良いときだけ、テンだって言って、もともとは人間だって言ってたじゃないか」
「そう怒るなよ。さ、帰るぞ」
と、テンは森のなかへと帰ろうとする。
「ダメだってば。ちゃんとさっきのお婆さんに謝らなくちゃ」
「おいおい。カンベンしてくれよ。私はダアゴのために鎮痛薬を取りに来たんだ。金なんて持ってないぜ。君は金があるのかい?」
「それは……」
「鎮痛薬を持ち帰らないと、ダアゴが苦しむだけだ。それともダアゴには苦しんでいるのが、お似合いだって言いたいのかい?」
「そんなこと言ってないけど、だって泥棒なんてするのは良くないよ」
「ッたく、ヤッパリまだまだ乳臭いガキだねぇ」 と、テンは呆れたようにそう言った。
大魔導師がテンを動物に変えてしまったことにも納得がいく。この黒い獣は、きっとトンデモナイ悪党なのだ。そう思った。
あの魔窟にいるダアゴや、ほかの獣たちも悪い存在なのかもしれないと思うと、洞窟に帰るのが怖ろしくなってきた。
上手いこと言いくるめて、自分のことを食べてしまおうと考えているのかもしれない。
(逃げなきゃ)
どこにも逃げるあてなんてなかった。父や母のところに帰りたい。悲しい。気持ちとはウラハラに涙がチッとも出て来ない。
「ヘイルータンは、ダアゴに助けられた。もしダアゴが助けなかったら、君はあの火の中で死んでいたんだ」
「うん」
「ダアゴを助ける義理が君にはあるんじゃないか?」
たしかにテンの言うことにも一理あるような気がして、
「ごめん」
と、謝った。
テンは森のなかの獣道を駆け上がって行った。ヘイルータンはその小さな背中にとぼとぼと付いて行った。
しばらく言葉を交わすことはなかったけれど、洞窟の前まで来るとテンはくるりと振り向いた。
「こっちのほうこそ、悪かったよ。助けられたのはホントウは私だって言うのに、酷いことを言ったね。でも、ヘイルータンにはこれから、こういうことも覚えてもらいたいんだ」
「こういうことって、泥棒するってこと?」
「そうさ。だって図書館にある、呪いを解く書を持ちだすには、ヤッパリ泥棒するしかねェんだから」
テンは、黒い毛でおおわれた小さな肩をすくめてそう言った。
そんな優しい声音で話しかけられたら、テンのことを悪い存在だとは思えなくなった。
洞窟に戻った。
苦しみ悶えているダアゴに、テンは盗んできた丸薬を飲ませた。ダアゴはしばらく苦しそうにしていたが、やがてその呼気は整い、立ち上がれるまでになった。
「話のつづきであったな。ワシらがオヌシを育てるというところまで話したな」
と、ダアゴは何事もなかったかのように言葉をつづけた。
平然としているように見えても、取り繕っているのは明白だった。額には汗が浮かび、眉間には深いシワが刻まれていた。
そんなダアゴの様子を見ていると、ここにいる連中が善人なのか悪人なのかなんて、どうでも良いことのように思えてきた。
ここにいる獣たちは、大魔導師の機嫌をそこねて、辛苦艱難の身におちいっている。
(オレも同じだ)
ヘイルータンだって大魔導師の決めたことによって、辛い身の上になってしまったのである。
ならば。
同胞だ。
自分は人間の姿をしているだけであって、ここにいる獣たちとなんら変わるところはないのだ――と、ヘイルータンはそう感じた。
「大丈夫です。オジイサン。だいたいの事情はテンから聞きました」
「そうか。聞いたか」
「図書館から呪いを解く書を取ってきてもらいたいんですよね。そのためにはオレが図書館の試験に合格して、魔術師になって中に入る必要がある」
聡い子じゃな――と、ダアゴはしわがれた手を、ヘイルータンの頭にかぶせた。
「ワシは、じきに完全にトカゲになる。じゃからおそらく間に合わんじゃろう。しかし、トカゲになってからも死ぬわけではない。トカゲの姿で待つよ。オヌシが図書館から呪いを解く書を持ちだしてくれる日を」
「はい」
父のように立派な男になり畑を耕したいという目標も、母や姉を楽させてあげたいという夢も、妹には気ままに生きて欲しいという願いも――ヘイルータンはすべてをうしなった。
代わりに、「図書館から、呪いを解く書を持ちだす」という目的を得ることになったのである。
テンはそう言うと、小さな布袋に詰めた丸薬をヘイルータンに見せた。
「わっ。もしかして泥棒してきたの?」
「泥棒とは人聞きの悪い。こっちはただのテンなんだから」
「都合の良いときだけ、テンだって言って、もともとは人間だって言ってたじゃないか」
「そう怒るなよ。さ、帰るぞ」
と、テンは森のなかへと帰ろうとする。
「ダメだってば。ちゃんとさっきのお婆さんに謝らなくちゃ」
「おいおい。カンベンしてくれよ。私はダアゴのために鎮痛薬を取りに来たんだ。金なんて持ってないぜ。君は金があるのかい?」
「それは……」
「鎮痛薬を持ち帰らないと、ダアゴが苦しむだけだ。それともダアゴには苦しんでいるのが、お似合いだって言いたいのかい?」
「そんなこと言ってないけど、だって泥棒なんてするのは良くないよ」
「ッたく、ヤッパリまだまだ乳臭いガキだねぇ」 と、テンは呆れたようにそう言った。
大魔導師がテンを動物に変えてしまったことにも納得がいく。この黒い獣は、きっとトンデモナイ悪党なのだ。そう思った。
あの魔窟にいるダアゴや、ほかの獣たちも悪い存在なのかもしれないと思うと、洞窟に帰るのが怖ろしくなってきた。
上手いこと言いくるめて、自分のことを食べてしまおうと考えているのかもしれない。
(逃げなきゃ)
どこにも逃げるあてなんてなかった。父や母のところに帰りたい。悲しい。気持ちとはウラハラに涙がチッとも出て来ない。
「ヘイルータンは、ダアゴに助けられた。もしダアゴが助けなかったら、君はあの火の中で死んでいたんだ」
「うん」
「ダアゴを助ける義理が君にはあるんじゃないか?」
たしかにテンの言うことにも一理あるような気がして、
「ごめん」
と、謝った。
テンは森のなかの獣道を駆け上がって行った。ヘイルータンはその小さな背中にとぼとぼと付いて行った。
しばらく言葉を交わすことはなかったけれど、洞窟の前まで来るとテンはくるりと振り向いた。
「こっちのほうこそ、悪かったよ。助けられたのはホントウは私だって言うのに、酷いことを言ったね。でも、ヘイルータンにはこれから、こういうことも覚えてもらいたいんだ」
「こういうことって、泥棒するってこと?」
「そうさ。だって図書館にある、呪いを解く書を持ちだすには、ヤッパリ泥棒するしかねェんだから」
テンは、黒い毛でおおわれた小さな肩をすくめてそう言った。
そんな優しい声音で話しかけられたら、テンのことを悪い存在だとは思えなくなった。
洞窟に戻った。
苦しみ悶えているダアゴに、テンは盗んできた丸薬を飲ませた。ダアゴはしばらく苦しそうにしていたが、やがてその呼気は整い、立ち上がれるまでになった。
「話のつづきであったな。ワシらがオヌシを育てるというところまで話したな」
と、ダアゴは何事もなかったかのように言葉をつづけた。
平然としているように見えても、取り繕っているのは明白だった。額には汗が浮かび、眉間には深いシワが刻まれていた。
そんなダアゴの様子を見ていると、ここにいる連中が善人なのか悪人なのかなんて、どうでも良いことのように思えてきた。
ここにいる獣たちは、大魔導師の機嫌をそこねて、辛苦艱難の身におちいっている。
(オレも同じだ)
ヘイルータンだって大魔導師の決めたことによって、辛い身の上になってしまったのである。
ならば。
同胞だ。
自分は人間の姿をしているだけであって、ここにいる獣たちとなんら変わるところはないのだ――と、ヘイルータンはそう感じた。
「大丈夫です。オジイサン。だいたいの事情はテンから聞きました」
「そうか。聞いたか」
「図書館から呪いを解く書を取ってきてもらいたいんですよね。そのためにはオレが図書館の試験に合格して、魔術師になって中に入る必要がある」
聡い子じゃな――と、ダアゴはしわがれた手を、ヘイルータンの頭にかぶせた。
「ワシは、じきに完全にトカゲになる。じゃからおそらく間に合わんじゃろう。しかし、トカゲになってからも死ぬわけではない。トカゲの姿で待つよ。オヌシが図書館から呪いを解く書を持ちだしてくれる日を」
「はい」
父のように立派な男になり畑を耕したいという目標も、母や姉を楽させてあげたいという夢も、妹には気ままに生きて欲しいという願いも――ヘイルータンはすべてをうしなった。
代わりに、「図書館から、呪いを解く書を持ちだす」という目的を得ることになったのである。
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