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山賊

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「なんでこんなことになったのよ。サルヴィアたちはどこに行ったのかしら」

「そんなに離れてはいないと思うけど」


 ヘイルータンと大魔導師は、事故った馬車の近くで待機していた。
 ここで待っていればサルヴィアが駆けつけてくれるはずだと思った。


 しかし。
 異質な声がした。


『馬が突っ込んできやがったんだ』『けど、シケた馬車だったんだろ』『キャリッジはシケてたが、馬の毛並は良かった。馬だけでも金になるさ』『うん。それに少しは金目のものがあるかも』……。


 不穏なヤリトリが聞こえた。
 足音からして5人いる。


「マツリ。こっちに」
 ヘイルータンは大魔導師の手を引いた。


「どうしたのよ」

「山賊か何かだと思う。こっちに近づいてるから隠れたほうが良い」

「ウソ……」

「大丈夫。隠れてやり過ごそう」


 大魔導師のことを茂みに引きずりこんだ。大魔導師の黒衣は低木の小枝に引っかかったりして、歩きにくそうだった。


 ムリヤリ大魔導師のことをかがませた。


 失礼は承知だが、今は気遣っている余裕がなかった。大魔導師の文句を言わずに、されるがままになっていた。


『おっ。見つけたぞ。事故ったキャリッジだ』『馬は?』『いないみたいだ。逃げちまったみたいだ』『金目の物があるのか探れ』


 キャリッジを調べた山賊は、すぐにそのキャリッジがただのボロ箱でないことに気づいたようだった。


『おい。このキャリッジ。魔法がかかってるぜ』『ホントだ。中が広くなってやがる』『だとすると図書館から来たものかもしれねェな』『図書館って相手にするとヤバいんじゃねェのか?』『いや。そんなことはねェよ。連中は魔法書がなけりゃなにも出来ねェ。女かもしれねェ。探し出せ』


 山賊のひとりが、死んでいた御者の頭に剣を突き立てた。


 ポキッ……。


 と、大魔導師の足が地面に落ちていた小枝を折った。その音を山賊連中は耳ざとく聞きつけた。


『そこだ。誰かいるぞ。探れ!』


 それを受けてヘイルータンは、大魔導師のカラダを背負った。山賊から逃げるために森のなかを駆けた。


 この森は山賊にとって土地勘があるのかもしれない。
 森の走り方ならば、ヘイルータンも良く知っていた。


 生い茂る木々が、自分たちの姿を隠してくれた。樹木のなかを駆けていると、湧水を見つけた。山賊はもう追いかけて来る気配がなかったし、そこで休憩することにした。


「ノド渇いてない? 水でも飲んで休もうか」

「あんた。ずいぶんと走れるのね。こんな山のなかだって言うのに。体力があるとは思ってたけど」

「うん。まあね」


 自分の出自については、打ち明けようと思ったのに、結局言いそびれてしまった。大切な話なので、今はその話を切り出せる雰囲気ではなさそうだった。


「あの山賊はどこからやって来たのかしら」


「たぶん、もともとここに住んでたんじゃないかな。そこにオレたちが突っ込んでしまって、サルヴィア大司書も、助け出すのに苦労してるのかもしれない」


「最悪ね。ドラゴンは災厄の前兆だって言うものね」


「幸運の前兆だとも言うよ」


「幸運ではないでしょう。こんな目に遭ってるんだから」


「切りぬければ良いことがあるのかも」


 馬車の頭上を飛んでいたドラゴンのことを思った。あのときのドラゴンは、イデルの村が焼かれたときに現れたドラゴンと同種のものだったのだろうか? わからなかった。イデルの村でもハッキリと見たわけではないし、今回も確認できたのはそのシルエットだけだ。


「どちらにせよ。迷信でしょうけれどね。滅多に人の前に姿を現さないから、そう言われてるだけよ」


「ドラゴンについての研究とかも、進んでないって聞くね」


「個体数も、繁殖方法も、なにもわかってないわ。絶滅寸前だっていう説もあるけど、とにかく目撃情報がすくないんだもの。私もドラゴンを見たのは、はじめてよ」


 そんな珍しいものを、
(オレは人生で3度も目にしたのか)
 そう思うと、何か意味があるような気もした。


 自分の人生の転換期には、いつもドラゴンがかかわっている気がした。


 1度目はイデルの村が焼かれたとき。そして2度目は図書館試験を受けたときだ。あのときヘイルータンの部屋のシオリにはドラゴンが描かれていた。
 そして3度目は今だ。


 もしかするとこれから、何か起きるのかもしれないな、と思った。


「海に身に行くのは中止したほうが良さそうだね」


「ええ。とてもじゃないが見に行ける状態じゃないわ。それに、海よりも珍しいものを見れたし」


「うん」


「これから、どうすれば良いのかしら」


「いちおう確認しておくけど、使える魔法書は持ってる?」


「ダメ。一冊も持ってきてない。サルヴィアが護衛のためにいくつか魔法書を持ってきてるけど」


「なら、山賊に見つからないようにしながら森を抜けよう」


「抜けられるの?」


「うん。なんとなくわかるよ」


「なら、付いて行くわ」
 と屈んで、湧水を飲んでいた大魔導師が立ち上がった。


「歩ける?」


「私だって図書館のラセン階段を上り下りしてるんだもの。マッタク歩けないわけじゃないわよ」 と、ヘイルータンと大魔導師のふたりは、森のなかを歩きはじめた。
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