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戦闘
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ヘイルータンが先を歩き、邪魔になりそうな低木などを、可能なかぎり踏みつぶした。その後ろを大魔導師が歩いた。
「まったく。サルヴィアは肝心なときに、いつも役に立たないのよね!」
と、大魔導師はそう愚痴っていた。
図書館に戻ったらサルヴィアは大目玉を食らうことになるだろう。
「あんまり叱らないであげてよ。サルヴィアはたぶん、マツリのことが好きなんだと思うから」
と、ヘイルータン歩きながらそう返した。
「違うわよ。あいつは私が好きなんじゃないの。私の血が好きなのよ」
「血?」
「そう。ヒトマル族の血。サルヴィアはハーフだって言ったでしょ。父親がジハーダ人だったみたいだけど、あんまり良い父親じゃなかったみたい。一方、母親は優しい人だったみたい。だからヒトマル族の血を神聖視してる節があるのよ。あいつが私を見る目には、何か不純な光がある。それが気に入らないの」
「大変だね。各国の諸州諸侯からも求婚されるし、サルヴィアからも惚れられてるし」
「そういう話は多いけど、誰も私のことは見てないわ。私の血だったり、図書館が欲しいだけだったり、一度も会ったことがない相手から求婚の手紙が来るのよ」
信じらんない、と大魔導師は吐き捨てるように言った。
「男の人と付き合ったことはあるの?」
と、ヘイルータンは振り返ってそう尋ねた。
大魔導師は顔を赤らめた。
「あるわけないでしょ。私は小さいころから図書館に入るために勉強してたんだから。そっちはどうなのよ」
「オレもないかな」
「ホントかしらね。あなたの人気は図書館のなかでもスゴイんだから。特に同期のマオと、フランチェスカが、あなたを見る目には特別なものがあるわ。みんな私に気遣ってるみたいだけど」
「どうなんだろうね」
と、ヘイルータンは小さく笑ってごまかした。
「誰にも譲らないから」
と、低い声音で大魔導師はそう言った。
「ん?」
「私。ヘイルータンのこと、誰にも譲るつもりはないわ。その優秀な能力は、一生私のために使ってもらわなくちゃ困るもの」
「オレの気持ちはどうなるの」
「どうもこうもないわ。私は図書館の大魔導師よ。私の傍から離れないでって命令してやるもの」
大魔導師はそう言うと、ヘイルータンの着ている黒衣のスソを後ろからつまんできた。強い言葉に反して、やわらかいチカラだった。
「オレは、間諜かもしれないよ」
「そんなわけないもの。間諜なら、こんなに私のこと守ってくれるはずないでしょ。山賊に見つかりそうになったのも、私が小枝を踏みつけたせいなんだし。それでも私のことを責めないで、必死に守ろうとしてくれているもの」
けれどやはり大魔導師にとって、イチバン大切な者は図書館だろう。図書館の仕事に欠かせないから、ヘイルータンを必要としているだけだ。
《獣解呪の書》を潜ませてある懐に、ヘイルータンは手を伸ばした。黒衣の奥には、たしかにその感触があった。
(もしかして、チャンスなんじゃないか)
と、ヘイルータンは生じた発想に衝撃をおぼえた。
大魔導師のことを、この森に放置して、ここから逃げ出してしまえば良いのだ。
ひとりなら簡単に逃げ出せる。いや。大魔導師のことを殺して逃げ出すという選択肢もあるのだ。
ここで大魔導師を殺しても誰もヘイルータンが犯人だとは思わない。山賊の手にかかったことになるはずだ。
そしてヘイルータンは、《獣解呪の書》を抱いて、みんなの待っている魔窟へ行けば良いのだ。
それで一件落着である。
トツジョとした現れたドラゴンが、ヘイルータンにチャンスをくれたとしか思えなかった。もしもテンならば、迷わず「そうしろ」と言っただろう。実際テンの声がさっきから、脳裏で「それは名案だぜ。その女を殺して魔窟に戻って来いよ」とささやいているのだ。
しかし、出来ない。
今。
ヘイルータンの黒衣のスソをやわらかくつまんでいる少女を、ヘイルータンには見捨てることが出来なかった。
「マツリ……」
「なぁに?」
「ごめん。囲まれてる」
察知するのが遅れた。ヘイルータンとマツリの周りを4人の山賊が取り囲んでいた。4人だけだ。それ以上はいない。
「女を置いて行きな。そうすりゃ命までは取らないから安心しろ」
と、山賊のひとりが言った。
その言葉は、またしてもヘイルータンを揺るがした。「そうだ。そんな女は置いて逃げれば良い」というテンの声が脳裏にガンガンとひびいた。ヘイルータンは自分の黒衣のスソをつまんでいる大魔導師の指の感触に集中して、邪念をふりはらった。
「マツリ。ちょっと屈んでいて」
「大丈夫なの?」
「うん」
忠告はしたぜ――と山賊のひとりがナイフを投げてきた。
ヘイルータンはそれを手のひらで受け止めた。正確には指と指のあいだに挟むようにした。なので出血はなかった。
投げられたナイフを右手にいた山賊に投げつけた。ナイフは山賊の肩に突き刺さった。
「てめェ」
左手にいた男が切りかかってきた。しょせんは山賊だ。型がなっていない。
懐に入り込んで、ミゾオチにコブシを叩きこんだ。
その隙にヘイルータンは後ろ髪をつかまれることになった。
正面からは最初にナイフを投げてきた山賊が切りかかってきた。
「ヘイルータン!」
と、大魔導師が叫んでいる。
ミゾオチにコブシを叩きこまれて昏倒している山賊が足元にいた。
その山賊の持っていた剣を蹴りあげた。手に取り、剣を振るった。
正面から斬りかかってきた山賊を一刀のもとに切り伏せた。
そしてヘイルータンはみずからの髪を剣で斬り落として、後ろ髪をつかんでいた山賊にあふれんばかりの殺気を送った。
「ひぇ」
と、その山賊はシリモチをついた。尻を引きずるようにして後ずさりをして、ヘイルータンから距離をとった。
距離をとると、「うわっ」と声をあげて逃げて行った。ほかの山賊たちもそれにならうかのように、その場から立ち去って行った。
あたりには、ヘイルータンから切り落とされた白銀の髪が散らばっていた。
「まったく。サルヴィアは肝心なときに、いつも役に立たないのよね!」
と、大魔導師はそう愚痴っていた。
図書館に戻ったらサルヴィアは大目玉を食らうことになるだろう。
「あんまり叱らないであげてよ。サルヴィアはたぶん、マツリのことが好きなんだと思うから」
と、ヘイルータン歩きながらそう返した。
「違うわよ。あいつは私が好きなんじゃないの。私の血が好きなのよ」
「血?」
「そう。ヒトマル族の血。サルヴィアはハーフだって言ったでしょ。父親がジハーダ人だったみたいだけど、あんまり良い父親じゃなかったみたい。一方、母親は優しい人だったみたい。だからヒトマル族の血を神聖視してる節があるのよ。あいつが私を見る目には、何か不純な光がある。それが気に入らないの」
「大変だね。各国の諸州諸侯からも求婚されるし、サルヴィアからも惚れられてるし」
「そういう話は多いけど、誰も私のことは見てないわ。私の血だったり、図書館が欲しいだけだったり、一度も会ったことがない相手から求婚の手紙が来るのよ」
信じらんない、と大魔導師は吐き捨てるように言った。
「男の人と付き合ったことはあるの?」
と、ヘイルータンは振り返ってそう尋ねた。
大魔導師は顔を赤らめた。
「あるわけないでしょ。私は小さいころから図書館に入るために勉強してたんだから。そっちはどうなのよ」
「オレもないかな」
「ホントかしらね。あなたの人気は図書館のなかでもスゴイんだから。特に同期のマオと、フランチェスカが、あなたを見る目には特別なものがあるわ。みんな私に気遣ってるみたいだけど」
「どうなんだろうね」
と、ヘイルータンは小さく笑ってごまかした。
「誰にも譲らないから」
と、低い声音で大魔導師はそう言った。
「ん?」
「私。ヘイルータンのこと、誰にも譲るつもりはないわ。その優秀な能力は、一生私のために使ってもらわなくちゃ困るもの」
「オレの気持ちはどうなるの」
「どうもこうもないわ。私は図書館の大魔導師よ。私の傍から離れないでって命令してやるもの」
大魔導師はそう言うと、ヘイルータンの着ている黒衣のスソを後ろからつまんできた。強い言葉に反して、やわらかいチカラだった。
「オレは、間諜かもしれないよ」
「そんなわけないもの。間諜なら、こんなに私のこと守ってくれるはずないでしょ。山賊に見つかりそうになったのも、私が小枝を踏みつけたせいなんだし。それでも私のことを責めないで、必死に守ろうとしてくれているもの」
けれどやはり大魔導師にとって、イチバン大切な者は図書館だろう。図書館の仕事に欠かせないから、ヘイルータンを必要としているだけだ。
《獣解呪の書》を潜ませてある懐に、ヘイルータンは手を伸ばした。黒衣の奥には、たしかにその感触があった。
(もしかして、チャンスなんじゃないか)
と、ヘイルータンは生じた発想に衝撃をおぼえた。
大魔導師のことを、この森に放置して、ここから逃げ出してしまえば良いのだ。
ひとりなら簡単に逃げ出せる。いや。大魔導師のことを殺して逃げ出すという選択肢もあるのだ。
ここで大魔導師を殺しても誰もヘイルータンが犯人だとは思わない。山賊の手にかかったことになるはずだ。
そしてヘイルータンは、《獣解呪の書》を抱いて、みんなの待っている魔窟へ行けば良いのだ。
それで一件落着である。
トツジョとした現れたドラゴンが、ヘイルータンにチャンスをくれたとしか思えなかった。もしもテンならば、迷わず「そうしろ」と言っただろう。実際テンの声がさっきから、脳裏で「それは名案だぜ。その女を殺して魔窟に戻って来いよ」とささやいているのだ。
しかし、出来ない。
今。
ヘイルータンの黒衣のスソをやわらかくつまんでいる少女を、ヘイルータンには見捨てることが出来なかった。
「マツリ……」
「なぁに?」
「ごめん。囲まれてる」
察知するのが遅れた。ヘイルータンとマツリの周りを4人の山賊が取り囲んでいた。4人だけだ。それ以上はいない。
「女を置いて行きな。そうすりゃ命までは取らないから安心しろ」
と、山賊のひとりが言った。
その言葉は、またしてもヘイルータンを揺るがした。「そうだ。そんな女は置いて逃げれば良い」というテンの声が脳裏にガンガンとひびいた。ヘイルータンは自分の黒衣のスソをつまんでいる大魔導師の指の感触に集中して、邪念をふりはらった。
「マツリ。ちょっと屈んでいて」
「大丈夫なの?」
「うん」
忠告はしたぜ――と山賊のひとりがナイフを投げてきた。
ヘイルータンはそれを手のひらで受け止めた。正確には指と指のあいだに挟むようにした。なので出血はなかった。
投げられたナイフを右手にいた山賊に投げつけた。ナイフは山賊の肩に突き刺さった。
「てめェ」
左手にいた男が切りかかってきた。しょせんは山賊だ。型がなっていない。
懐に入り込んで、ミゾオチにコブシを叩きこんだ。
その隙にヘイルータンは後ろ髪をつかまれることになった。
正面からは最初にナイフを投げてきた山賊が切りかかってきた。
「ヘイルータン!」
と、大魔導師が叫んでいる。
ミゾオチにコブシを叩きこまれて昏倒している山賊が足元にいた。
その山賊の持っていた剣を蹴りあげた。手に取り、剣を振るった。
正面から斬りかかってきた山賊を一刀のもとに切り伏せた。
そしてヘイルータンはみずからの髪を剣で斬り落として、後ろ髪をつかんでいた山賊にあふれんばかりの殺気を送った。
「ひぇ」
と、その山賊はシリモチをついた。尻を引きずるようにして後ずさりをして、ヘイルータンから距離をとった。
距離をとると、「うわっ」と声をあげて逃げて行った。ほかの山賊たちもそれにならうかのように、その場から立ち去って行った。
あたりには、ヘイルータンから切り落とされた白銀の髪が散らばっていた。
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