あやかしびより 境界のトンボとあやかしたち

大月 けい

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緋色の蛍

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 滲んだ茜の空が藍に沈み、茂みで夜の蝉が鳴く。
 揃って早めの夕食を済ませ食後の茶を啜っていたところだった。
 不意に玄関の引き戸が開かれ、騒々しい足音が近づいてくる。

「正太郎、呼ばれて来てやったぞ」

 勢いよく襖を開けて顔を覗かせたのは、勝手知ったるなんとかで上がり込んできた河野だ。
 昼間に会った時とは違って、涼しそうな白のシャツとコットンパンツというラフな格好。
 気さくな笑顔のこの男――実はカッパである。

「菜月さんにちょっかいを出したらただじゃすまないからね」

 騒々しい来客に目を吊り上げたのはタキさん。手慣れた仕草で空になった器を盆にのせてお勝手に引っ込んだ。

「出さねぇよ。オレは正太郎一筋だ。浮気はしねぇよ」

 にんまり笑うと菜月と同じく茶を啜っていた正太郎の隣にどっかりと腰を落とす。
 しかも、近い。河野はそちらの好みがあるのを忘れていた。
 ずいと距離を縮める河野を威嚇するようににらみつけ、咳ばらいを一つ。

「近い。こっちはそんな趣味はない、調伏されたいのか?」
「オレは力ずくでねじ伏せられるより手取足取りじっくり教えてやる方が好みなんだが、リクエストとあっちゃ仕方ない、我慢してやるか」

 正太郎の肩に伸ばされた手を容赦なくはたき落としてひんやり睨む。

「だれがそんなことを言った?」
「なんだよ、オレは正太郎の熱烈ラブコールに応えて超特急で仕事を片付けて飛んで来たってのにつれないねぇ。引く手あまたの夜のお誘いをなんとか振り切って朝まで予定は空けといた。たっぷりお楽しみの時間は確保したぞ」
「そんな時間はいらん」

 赤くなった手をさする河野に一瞥をくれることなく、鼻を鳴らして湯呑を戻す。
 苦り切った顔の正太郎と爽やかな笑顔の河野――繰り返すがカッパだ。

「正太郎は身も心もオレに任せとけばいい」
「任せられるか、阿呆!」

 振りかざした正太郎の拳をするりとかわして得意げに胸を張った。

「心配ない。その道に詳しいオレがイチから教えてやるから遠慮すんなって」

 会話が絶妙にかみ合わない。
 しかも話が衆の方面へとすり替わっている。
 生憎とそういう関係ではないし呼び出した理由も違うはずだ。
 聞かされる菜月は身の置き場に困ってそっと視線を逸らせて茶を啜った。
(……嫌な想像させないでほしいんですけど)

「お前に教わることも遠慮することもない。人の話を聞け、阿呆ガッパ」

 ほとんどくっつきそうなほど距離を縮めた河野に今度こそ拳が落ちた。

「あだっ、皿が! 頭の皿が割れるぅ~」

 頭を抱えて大げさにわめくが、そんなものはないと本人が言っていたのは菜月も忘れていない。

「うるさい。出入り禁止にされたいかい?」

 お勝手から戻ったタキさんににらまれてようやく大人しく口を噤む。
 しぶしぶと正太郎からほんの少し離れて座るが正太郎はわざとらしく座布団をずらした。

「河野は二人の付き添いだ。――アカリは菜月のそばを絶対に離れるなよ」

 正太郎が諭すように言うのだが、夕食前にタキさんから受け取った鬼灯の入った籠を手にはしゃぐアカリにどれだけ届いているのか怪しい。
 まるっきり遠足の子供だ。出かけて帰るまでが遠足なのだが。

「菜月、妙な連中には近づくなよ。特に狐の面を付けたヤツには絶対に近づくな。それからできる限り一人にならない。あとは……」
「はいはい。小さな子供じゃないんだから大丈夫よ」

 まるで小さな子供に言い聞かせるような声を遮ってげんなりと応じる。

「まるで過保護な保護者だねぇ。お嬢のお守は任せとけって」
 肩をすくめて苦笑すると立てた膝に片手を置いて立ち上がる。
 ひょこひょことアカリが続いて菜月も湯呑を座卓に戻して従った。

「それじゃ、行ってきます」
「大丈夫ですかね……」

 笑顔の菜月は心配そうな声を漏らすタキさんと苦虫を噛み潰したような正太郎に見送られて出発する。


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