あやかしびより 境界のトンボとあやかしたち

大月 けい

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この子 どこの子 付喪の子 3

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※ 顎をしゃくった正太郎に続いて場所を移す。落ち着いたのは居間。
 タキさんはお茶の支度を始め、正太郎は神妙な顔で座卓を挟んで座る。

「付喪神というものを知っているか?」
「おとぎ話で、聞いたことがある」

 確か、古い物、人の思いがこもっている物に魂が宿るという言い伝え。
 それが本当なら困る。この宿には古いものが溢れかえっている。

「ここがあやかしが暮らす町だってのは……気づいているか?」
「なんとなく教えてもらった。のっぺらぼうとカッパに会ったわよ」

(あと、交番にサトリがいるとか)
 それだけじゃない、と正太郎はタキさんに視線を滑らせた。
(ああ、やっぱり)
 それはそれは感動的な再会を思い出してうなずく。
 座卓に湯呑を置いたタキさんに自室へなにかを取りに行ってもらうよう頼むと咳ばらいを一つ。
 やたらと勿体ぶっている様子だが、言いにくいことがあるのだろうか。

「つまりだな。菜月に冷たくされて怒ってるがいるんだ」
「怒らせる相手なんていないけど?」

 不満に口の端を曲げる菜月に視線だけを向けて、茶を啜る。

「今度は女の子か。俺のときはだったくせに」

 吐き出した息に納得するような声を乗せ、手の平で湯呑を転がす。
(今度は……?)
 菜月は小首をかしげながらも、なげやりな相槌を入れる。
 日暮れに伴って茜色は薄くなり夜の気配に夏虫が宵の準備を始める。夜気を孕んだ風に竹葉ちくようがささめいた。

「お持ちしましたよ」

 タキさんの手にあるのは――茶色い熊のヌイグルミ。

「悪戯をしていたのはこいつだ」

 受け取って畳の上に置くと、軽く頭を小突く。
 菜月の眉根がこれ以上ないほど寄った。なんの冗談だ。
 揶揄われていると思ってヌイグルミを投げつけてやろうと思って手を伸ばし――触れる前にこてりと転がった。そんなこともあるだろう。が。

「――――!?」

 ころりころりと――意思があるもののように転がり続けて隅に積まれた段ボールの影に逃げ込んだ。
 まるで手品だ。もちろん部屋が傾いているわけではない。
 意志を持って捕まらないように逃げ出したように見えた。

「名前はアカリ。付喪神だ。と言ってもそれほど古くないので神というにはおかしいな。――隠れてないで顔を見せろ」

 声に促されるように段ボールの影から顔を覗かせたのは――先刻の。

「この子……!」

 いつからそんな場所に隠れていたのだろう。恐々と顔を覗かせたのは茶色い巻き毛の女の子。

「菜月、怒らない?」
「知らん」

 正太郎が素っ気なく答えて湯呑を持ちあげる。

「まるで弟妹のように大切に可愛がってらっしゃいましたからね。しばらく来れないと正太郎を心配して置いて帰られたのは忘れられましたか?」

(忘れた、というか知らん)
 諭すような声に心の声がそのまま漏れかけた。

「こいつは置いて行かれたと分かった時は菜月のところへ連れて行けと泣き喚いたな。部屋に押しかけたのは遊びたくて我慢できなかったんだろう」
「はあぁ?」

 肩をすくめて見せるがわけが分からない。

「ちょっと、アカリを疫病神みたいに言わないでよ。正太郎だけ菜月と仲良くしてずるい!」

 正太郎の隣に座って目を吊り上げて抗議する甲高い声に目を丸くした。

「お化けの間違いだろ? 勝手に客間に忍び込むアカリが悪い」
「だって、正太郎はモノ扱いするし、アカリは菜月と遊びたいのに!」
「残念、付喪は道具や物だ。菜月はヌイグルミが必要な年じゃないそうだ」
 正太郎の声に血色の良い頬をぶっくりと膨らませた。怒っているようだが、小動物のようで可愛い。よく分からないがヌイグルミが、こうなったらしい。

「菜月はアカリのこと忘れた? ずーっとずっと友達って言ってくれたのに? 毎日一緒のお布団で寝て、遊んで、お風呂も入って、アイスも食べたのに?」

 疑問符満載で猛抗議するのは、鼓膜に突き刺さりそうな甲高い声。
(風呂? アイス? ヌイグルミと?)
 それは触れてはいけないパンドラの箱だったかもしれない。
 遠い、遠い思い出。しかも、苦い……否、ライトな苦さではない。
 とてつもなくダークな苦さ。

「ああ。……思い出した」

 ここは「ど」のつく田舎。ショッピングモールも公園もない。
 イトコも弟妹もいないので一人遊び――相手は熊のヌイグルミ。
 庭の水溜まりに漬け込んでお風呂と言い張り、仕上げに菜月とヌイグルミに泥パックを施術。もちろん風呂へ直行。またある日はふわふわのボアの口にアイスクリームを無理やり突っ込み、洗濯機送りにした。

「くたびれて昼寝する菜月と洗濯機で回るアカリの悲鳴と振り回された後の恨み節は賑やかだったな」
「聞こえませんでしたか?」

 聞こえる人には聞こえたらしい。幸い菜月には聞こえなかった。
 茶を啜って幼き日の悪行あくぎょうをしんみりと締めくくる。

「――――!?」

 ついでにタキさんの部屋に押しかけて鏡台を占領して隈取メイク顔で腰を抜かすほど驚かせたことまで思い出した。
 どうりで生地がくたびれていたわけだ。

「菜月がぱったり来なくなったのが寂しかったらしい。付喪になって俺の周りをうろついてた。風呂まで押しかけてくるストーカーだぞ」
「正太郎が寂しくないように一緒にいてあげて、って言われたもん」

 つんと顎を逸らすアカリは幼い菜月の言いつけを忠実に守っていたらしい。
 言った本人は――覚えていないが。

「……そういうことにしておいてやる」

 うるさいアカリを黙らせようとげんなりと煎餅を差し出す。
 分かりやすくそれに目を輝かせた。ちょこんと座って煎餅を機嫌よく齧る。気分はお花畑でピクニック。要するに餌付けだ。
 なんと単純なのだろう。怒っていたことなど忘れている。

「今晩、二人で蛍狩りに行ってこい」
「いいのっ!? 行く~」

 食べ差しの煎餅を握りしめて目を輝かせるが、げんなりしたのは菜月。

「要は、子守じゃないの」
「大丈夫。アカリが菜月のお守をしてあげる!」

 立ち上がって胸を張ったアカリに眉をひそめたのはタキさん。

「よろしいんですか?」

 その顔には大きく不安と書いてある。それはそうだろう。脳内お花畑娘だ。

「もう一人、貸しのあるヤツに任せるから大丈夫」
「……そちらのほうがもっと心配です」

 貸しのある相手に心当たりがあるのだろう。茶を啜る正太郎の隣でタキさんがため息を落とす。

「蛍狩り、行く~」
 空気を全く読まないアカリの声が賑やかに響いた。

 ※ 菜月の黒歴史の一ページが (;゚Д゚)
   作り話じゃございません。なんと実話が入っております。
   さあ、どれでしょう ( ´艸`)
   次回。蛍狩りです~
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