あやかしびより 境界のトンボとあやかしたち

大月 けい

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緋色の蛍 3

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「図鑑や番組は拡大して見せるからな。蛍は成虫になると餌を喰わねぇんだ」
「え、食べないの?」
「――そんなことも知らねぇのか。蛍は成虫になると口が退化するんだよ。水を飲むくらいはできるだろうけど、基本的に喰わねぇ」
「水だけ? 花の蜜とか栄養のあるものを食べないと飢え死にしちゃうよ」
「蛍が成虫になるのは子孫を残すのが目的で生きるための花を探し回るだけの体力はない。だから儚いんだよ。甘い水でも湧いてりゃ話は別だろうけどな」

 砂糖水を飲ませたら少しは長生きしたって話は聞いたことがあるけどな、と締めくくる。

「へぇ……あの歌ってそういう意味だったんだ」

 蛍を呼ぶ歌。
 こっちの水が甘いと教えているのはそういう意味だったのか。

「菜月、見て~」

 ひょこひょこと近づいてくるアカリの頭に黄色い光――蛍だ。

「そのまま、動くなよ」

 籠から鬼灯を取り上げると先端をつまんで花のように口を開け、被せるようにして小さな虫を潜り込ませた。
 摘まみ上げたそれは息をするように瞬く。
 思わず感嘆の声が漏れた。
「綺麗だろ? オレがガキの頃は紙袋に詰めて遊んだのがバレて鬼のように怒ったオフクロに蛍が大蛇になって襲って来るって脅された」
「え? 蛇?」
「わけ分かんねぇだろ? 虫がたくさん集まると蛇になるってな。昔は虫と蛇は同じカテゴリーだったらしい。理由は虫と一緒の場所で生きてるからだってさ。クジラが哺乳類のくせに魚偏だってのも同じ理由だな」

 菜月も海豚イルカの漢字は納得できない。
 魚でも豚でもない。

「正太郎に教えてもらったが蛍を鬼灯に入れるっていうのは瞋恚しんいの炎を鬼灯に宿してただの虫にしてからあの世に返すって意味らしい」

 いいながら「螢」の字を空書して笑う。

「火を二つ――炎を取ったらべきと虫。覆いをかけた虫って意味になるんだと。だから虫の入った鬼灯はのぞくなって、中に蛇がいて喰い殺されるって脅された」

 まるで言葉遊びのようだ。
 神妙な顔でさらに続ける。

「中に入れるのは一匹だけだぞ。多くても二つまで。三つは絶対にダメだ」
「どうして?」
「虫を三つくっつけるとになるだろ? 蟲毒こどくは呪いだ。互いを喰い殺して祟る。三っていう数字は盆の時期に現れるキツネ面にも関連があるんだろうな。知らんけど」

 そんな話を聞きながら、アカリが捕まえたホタルを鬼灯に取り込む。

「ホタル、いっぱいとれたぁ~」

 はしゃいだ声を上げて鬼灯の入った竹籠を頭の上にのせてくるくると回る。
 声に驚いた蛍が茂みから舞い上がった蛍が光の軌跡を描く。

「さて、ちまちまやっても面白くない。ここからは誰が一番多く集められるか競争だ。勝ったやつは一つだけわがままを聞いてやる」
「アカリは二つ捕まえたよ、一番~」
「へいへい。迷ったら黄泉寺こうせんじで合流な」

 菜月も頷いてアカリと一緒に蛍を探し始める。
 そっと草の影をのぞき込むのだがなかなか見つからない。
 あちこち探ってようやく見つけた一匹を鬼灯に取り込むと菜月よりもアカリが飛び跳ねて喜ぶ。

「お前は遊んでばかりでちっとも捕まえてないじゃないか」
「アカリは菜月と仲良しチームだもん」

 一対二かよ、と鬼灯を籠におさめて河野が子供のように口を尖らせた。

「――あれ?」

 つい、と視界を光が横切った。その色は――緋色。
 視線を向けると弱い光がこっちに来いと言っているように舞い上がる。
(赤い色なんて珍しい)

 背中で籠をひっくり返したアカリを叱る河野の声を聞きながら、緋色の光を追って竹林へ伸びる細い道を歩き出した。
(確か、こっちに……?)

 見失ったと眉根を寄せた視界の先で赤い光が瞬く。
 ついてこいと道案内されているよう。
 小さな光を追いかけて暗がりを進み、下草に舞い降りたそれを、

「捕まえたっ、……あれ?」

 気が付くと竹林の中で一人っきりになっていた。
 思ったより深く入り込んでしまっているらしく人の声も聞こえない。
 ようやく捕まえた蛍が指の間をすり抜けてふわりと逃げ出し、闇に溶けた。
 ひんやりと冷たい風が菜月の頬を撫でて通り抜ける。
 周囲にあるのは天に向かって伸びた青竹。
 そよぐ風に潮騒の音を奏で、竹葉をすり抜けた月明かりが水底のように足元を照らす。
 少し離れた場所は闇が深く凝って見渡せない。引き返そうにも来た道が分からないので困った。

「……どうしよう」

 心の声がそのまま漏れた。
 周囲を見回しても灯りは見えない。
 上を見上げて見えるのは切り取られた夜空。
 星は見えても切ないだけ。
(こういうときは下手に動かない方がいいのかな……)

 山中で遭難した時、そうする方がいいと誰かが言っていた気がする。
 竹林で一晩明かすのはさすがに気が引ける。
 なにより幽霊が出そうで嫌だ。
(幽霊が、襲ってきたらどうしたらいいんだろう)

 不意に闇の中から響いた枝を踏み割る乾いた音に期待して振り返った。
 心配した河野が探しに来たのではと期待をしていたのだが――違った。
 出かけに正太郎が一人になるなと言っていたのを今さら思い出した。
 ほんの少しのつもりだったのだが、今さら後悔しても遅い。

「蛍を追いかけてこんなところで迷子になるなんて思わなかったもん」

 言い訳するようにつぶやいてため息を落とした。
 刹那、沸き起こった風が潮騒の音を奏で、擦れた竹が悲鳴を上げる。
 吹き上げられた枯れ葉が菜月の背丈を越えて舞い、土埃にとっさに腕で顔を覆って目を閉じた。

「――――!」

 風に乗る薬くさい香り。
 どこかで嗅いだような気がするのだが思い出せない。
 線香のようだが、この匂いはひどく嫌な感じがする。
 ぴしり、と乾いた枝を踏み割るような音。近い。

「――え?」

 驚いて顔を上げた菜月の前に立ちふさがる黒い壁に、慌てて数歩退いた。
 もちろん壁などではない。
 それは夜闇に溶けるような黒い羽織の背中。
 この場所に人の気配などなかった。
 と、いうことは。
(幽霊!?)

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