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番外編 溺愛αは嫉妬する【前編】
しおりを挟む「おかえりなさい!双葉さん」
仕事を終え帰宅すると、にこにこと上機嫌の愛しい妻が出迎えてくれた。
ああ…、今日も可愛い。
今朝も可愛かったが、こうして仕事から帰った直後の秋は一段と輝いて見える。
うん。まるで光の妖精か天使だね。
素晴らしい可愛さだ。
「ただいま、秋。ご機嫌だね。何かいい事でもあったのか?」
「はい! 今日はとっても嬉しい事があったんです!」
飛び付く勢いで話し掛けてくる秋の細い腰に手を回しながら、ゆっくりとリビングへと誘導した。
別宅へと居を移してからそろそろ1年。
秋は常にこの屋敷で過ごしている。外出も然程多くもなく、“嬉しい事”とはいえ些細な事だろう。今までにも時折こんな風に満面の笑みを浮かべながら話してくれた事はあった。
『庭の木に野鳥の巣を見付けた』
『迷い込んだ野良猫が撫でさせてくれた』
『グラジオラスの花が咲いた』
といった、日常のささやかな変化や
『立花の母から季節の文が届いた』
『中条の義母から観劇に誘われた』
『さくら(義姉)さんが訪ねてくれた』
等、家族との交流を喜んだ。
そのどれもが俺にとっては微笑ましいものばかりで、今日のそれもきっとそんな類のものだろう。
秋は本当に慎ましくていじらしい。もう少し我儘を言ったり贅沢をしてもいいのにと思う。
時々、四六時中屋敷に閉じ籠もっているような生活で、息が詰まる想いをさせてはいないかと心配にもなる。……が、実際に秋が外出したり、ましてや働きに出たい等と言い出したら、それはそれできっと心中穏やかではいられないだろうとも思うのだ。
まったく……。俺は心の狭い男だな。だがそれも仕方がないだろう。
何しろ秋はこんなにも可愛くて綺麗で、外に出したらどんな悪い虫に目を付けられるかわかったもんじゃない。
本音を言えば誰にも見せたくないし、何処にも出したくない。常にこの屋敷の中だけに居て、何時だって俺のことだけを考えていればいい。俺以外の誰にも心を向けて欲しくは無い。それが例え自分の親兄弟でも、秋を育てた養父母でも。
自分以外の者の事に秋の思考を奪われるのが、ほんの一時でもあるのが許せないと思うくらい俺は秋が愛しくて仕方がない。
まぁ、こんな狭量で嫉妬深い本音等、秋本人には決して言えないが………。
「それで? 何が秋をそんなに可愛い顔にさせたのかな?」
「うふふ。何だと思いますか?」
「うー…ん、また野良猫が遊びに来た、とか?」
「いいえ。あの子はこの頃、姿を見せてくれません。僕もまた会いたいんですけど」
猫じゃないか……。
「なら、中条の母に買い物にでも誘われた?」
「それは、先日既にお供しましたよ?」
何だって? 聞いてないぞ。
母さんめ……。また勝手に秋を連れ出したな。
「秋……。外出する時は、俺にちゃんと教えてと言ったよね?」
「あれ? 僕、双葉さんに伝えませんでしたか!? ご、ごめんなさい!」
つい責めるような口調になってしまった。
しょんぼりと秋が肩を落とす。
ああ……。そんなしょんぼりした様子すら愛しい!可愛い!
「い、いや悪い。別に秋を責めてる訳じゃないよ。ごめんね、そう悄気ないで」
「はぃ……。でも、僕がいけなかった。ごめんなさい、双葉さん。次はちゃんと、双葉さんに相談してから、お義母様にお返事するようにします」
ん"ん………っ!
クソっ、可愛すぎるだろう!
綺麗な眉をへにょりと下げて、色素の薄い瞳をうるうると揺らしながら上目遣いで此方を見やる秋は究極に可愛い。これはもう、可愛いの暴力だと思う。
「うん、そうしてくれると俺も安心だ。 さて、猫でも我儘な母でもなければ、一体俺の可愛い奥さんを、あんなにご機嫌にしてくれたのは何なのかな? そろそろ正解を教えてくれる?」
「わぁっ! も、もう、双葉さんたら!」
リビングの広々としたソファへ、秋を抱きかかえて腰を掛けた。
横向きに膝に乗せると、照れたようにほんのり頬を染めた愛しい妻がいる。
本当に……、なんて愛しいんだろう。
今年26歳を迎えたはずなのに、秋はまだまだ10代半ばのように若々しい。こうして膝に乗せても違和感もない。俺にとって秋は、あの幼かった小さな姿そのままだ。純粋で無垢で、天使のような愛しい子。時々あの頃の秋の姿が重なり、より一層この腕の中に綴じ込めてしまいたくなる。番となってからは更に、その想いが強くなったように感じるのだ。
「さぁ秋。俺の可愛い奥さんは、何がそんなに嬉しかったのかな?」
ついつい可愛くて啄むように頬や額、小振りな鼻頭にキスを落とす。
擽ったいと秋がクスクス笑うのを、幸せに浸りながら尚も小さなキスを続けた。
「も、もぉ双葉さん、たら! そんなにされたら、お話出来ませんよ」
余程擽ったかったのか、とうとう俺の肩口に顔を埋めてしまった。う~ん、残念だ。
「じゃあ教えて? 今日は何があったの?」
埋もれてた顔をぱっと此方に向けた秋は、少し紅潮させた顔で思ってもない事を口にした。
「実は今日、理央くんが僕に会いに来てくれたんです!! 相談したい事があるって、頼ってくれたんですよ!!」
秋の口から他の男の名を聞く事になるとは思ってもいなかった。しかもそんなに嬉しそうに。そんなに興奮しながら。
メラ……っと、嫉妬の炎が胸に灯った。
「そう……。理央くん、か」
「はい! 双葉さんも覚えてますよね? ほら、あの温泉旅館で急にヒートを起こしちゃった、眼鏡の可愛い男の子ですよ」
可愛い男の子………。
ほう………。
「ああ……。覚えてるよ。小柄な少年だったね」
「そうですそうです!あ、でも少年はちょっと失礼ですよ。彼、あれでももうすぐ二十歳になるそうですから」
彼………… ………だと?
「そうだね、それは失礼だったな。……で? その彼が、どんな相談をしに来たの?」
「ふふふ。それはさすがに双葉さんでも教えられません。理央くんの名誉に関わるので。ほら、守秘義務、ってヤツです」
細い指を一本口の前にたて、うふふと嬉しそうに笑いながら「ヒ・ミ・ツです」なんて可愛らしく言った。
………………ヒ・ミ・ツ、
ねぇ………。
「………それは残念だ。それで? その相談事は解決したのかな?」
「はい。もー、あっという間に。だって、…あ。えへへ…、秘密でした」
ピクッとこめかみが動いた。
「あ」と言いながら綺麗に揃えた指先を口にあて、もう一度“秘密”と言った秋は何かを思い出してクスクスと笑った。
メラメラ……と、胸の炎が大きくなる。
「そう……、か。なら、仕方がないね。 ーーーーねぇ、秋。 夕飯が済んだら、今夜は久し振りに背中を流してくれる?」
「え…? あ、はい! 喜んで!!」
二つ返事で了承を得た。
うん………。
今夜は長い夜になりそうだ。
先に秘書へ連絡を入れておくか。
明日の朝は遅くなる、と。いや、いっそのこと明日は休むと連絡しよう。子鹿の様な妻の世話を、甲斐甲斐しく焼こうじゃないか。
にこにこと上機嫌の可愛い妻を仄暗い眼差しで眺めつつ、そうと悟られないように優しくその身体を横抱きにしてダイニングへと向かった。
愛故だ。
秋。教えてあげようね。
夫婦の間に、隠し事は無しだよ。
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