欠陥αは運命を追う

豆ちよこ

文字の大きさ
8 / 14
第一章


 柴田という人の良さそうなベータの男は、俺の顔を見るなり掴み掛かる勢いで怒りを顕にした。

「あ、あんたがっ!葵ちゃんを捨てたアルファだなっ!」

「はぁ!? い、いや、俺はっ、」
「申し訳無いっ! このクズがとんでもないバカで、貴方には大変、ご迷惑をお掛けした」

 玲一がすかさず俺の後頭部を鷲掴み、グイッと押し込み頭を下げ、自分も並んで柴田に向かい深く腰を折った。
 流石というか、もう神業だ。こういう所が玲一らしい。
 お陰で柴田は気勢を削がれすっかり意気消沈し、パイプ椅子にドカリと腰を降ろしてしまった。
 重いため息を吐き項垂れながら「…良かった」と一言漏らす。

「……柴田さん。 葵は今、何処に居るんですか?」

「……S市の、市営病院ですよ。 あんた、」
「宝条です」

「宝条さん…。 あの子は、葵ちゃんはずっと、貴方に合わせる顔が無いって言ってた」
「それは、どういう?」

「自分のせいで、貴方の未来に傷を付けたって思っているんです。 その、貴方には…」

 柴田はチラッと玲一を見た。それから言い難そうに口を開く。

「想いを寄せる相手がいるのに、自分のヒートに巻き込んだんだ、って…」

 想いを寄せる相手? 誰だそれは? そんな相手いたか? 

「柴田さん……。それは、もしかしてオレの事だと思っています?」
「だってそうでしょう? あんた達、夫婦か番なんでしょう?」
 
「「いいえっ! 違いますっ!!」」

 激しく否定するっ!誰がこんなおっかないオメガに想いを寄せるもんかっ!
 だいたい何だって葵は、俺が玲一に惚れてるなんて思ったんだ? そんな事、一言だって……。

「……息ぴったりじゃねぇか」 

「「そんな事、ありませんっ!」」

 くそっ!また玲一と被った。
 子供達が「すごーい」と拍手する。
 いや、だからやめなさい。見てごらん? 殺し屋みたいな目で睨んでるでしょ? このおっかないオジちゃん!

「この大城は俺の秘書ですよ。ちなみに俺の兄の番です」
「なっ!、宗次っ、」
 
 はぁー、もう。俺にバレてないとでも思ってたのかね。案外この男も馬鹿なのかもしれないな。

「隠してるつもりだったのか? ったく。とっくに知ってたわ」
「なんっ! なっ…」
 
「その話は後だ、玲一。 それで、柴田さん。葵は、今どんな状態なんでしょう」
「あ? ……ああ。 その……。あんまり…、良くは、無いですよ」
 
 子供達の方を気にながら話す柴田の様子に、これは相当良くないのだと感じる。
 背中に冷水をかけられたようだ。

「直ぐに迎えに行きます。 玲一。お前は転院先の手配と迎えのヘリを用意しろ」
「分かった」

 玲一は一つ返事で頷くと、踵を返し颯爽と部屋から出て行った。
 後を追うように歩き出すと、クンッとジャケットの裾を引っ張られる。見ると、小さな手がそこを掴んでいた。

「………。 一緒に行くか?」
「うん!」

 紫の瞳が連れて行けと強請っていた。そうだよな。葵に会いたいのは、俺だけじゃないよな。
 千津を片腕に抱き上げ、改めて柴田親子に向き合った。

「柴田さん。後日改めてお詫びとお礼に伺います。色々と、世話を掛けてすみません」
「いや。詫びも礼もいりません。それより、どうかあの子を助けてやって下さい。この通りだ!」

 立ち上がり深々と頭を下げる柴田を、何とも複雑な気持ちで見返した。
 この人はもしかすると、葵の事を憎からず想っていたのかもしれない。

「やっぱり親子なんですね。 千津ちゃんがそんなに懐くのを、初めて見ました」

 淋しげにそう言われ、少しだけ申し訳無い気持ちになる。けれど、だからといって譲ってやれるものでもない。
 何も言わず頷きだけでそれに応え、付き添っていた刑事に柴田を直ぐに解放するよう言付けると、葵の待つS市の病院へと急いだ。

 腕に抱えた小さな千津が、真っ直ぐ前だけを向いてくれていた事に、ほっと胸を撫で下ろす。
 この子が一瞬でも後ろを振り返りでもしたら、おそらく心中穏やかではいられなかった。

───『親子なんですね』

 そう柴田に言われた言葉を反芻し、何だか誇らしい気持ちが湧き上がっていた。





「なぁ、千津。ママはどんな人だ?」
 
 道中、父親が娘にする質問じゃないと、玲一に怒られそうな事を聞いた。

「んとねぇ、やさしい! あとねぇ、かわいいの!」
「そっかぁ。 可愛いかぁ」

 4歳の娘に可愛いと言われる葵は、俺の記憶の中の姿そのままだ。きっと然程変わらないのだろう。
 あのチビだった葵がお母さんねぇ…。全然想像つかないな。母娘というより、何だか兄妹みたいな姿が思い浮かぶ。

「千津は、ママのどこが好きだ?」
「ん~、とねぇ。ん~、とぉ。 ぜぇ~んぶ!」

 んー、んー、とくりくり瞳を動かしながら導き出した答えが『ぜぇ~んぶ!』か。
 葵、お前いいお母さんしてるんだな。

「早くママに会いたいな」
「うん!」

 千津に向かって言ったが、間違いなく俺の本心だ。

───会いたい

 これまでどれだけ苦労したんだろう。どんなに心細い思いをさせたんだろう。
 知らぬ内に傷付けて、逃げ出したくなるほど追い詰めた。その事を謝りたい。そして何よりも……。
 この子を産んで育ててくれた事を、労い褒めて感謝しよう。

「あのね。 ままね、」
「ん? なぁに?」

 急にモジモジと照れたように話し掛けてきた千津は、口元に手を添えて内緒話をするように、こっそりと“まま”の秘密を教えてくれた。


「ときどきね、おふとんでね、そーじさんあいたいよって、ないちゃうのよ」


 千津はその度に、ママの頭を“いいこいいこ”するんだ、と。そうするとママは、“いいこにねんね”するんだ、と。

「そうか……。千津は、ママに似て優しいんだな。 ありがとう。ママの頭を撫でてくれて」

 寝言でしか本音を言えない葵が切ない。
 俺の代わりに葵を撫でてくれた、小さな協力者の頭を感謝を込めて撫でながら、胸に湧き上がる愛しさを噛み締める。
 
 馬鹿だな、葵。
 オメガのヒートに巻き込んだだって? 知ってるか? 俺をそんな事に巻き込めるのは世界中どこを探したって、お前以外居ないんだぞ。
 まったく。あんなに可愛がってやってたのに。ちっとも分かってないんだな。俺がお前を愛せない訳がないじゃないか。

 待ってろよ。お前が寝言で泣きながら会いたがってた“そーじさん”が、今すぐ会いに行くからな。

 だからもう、逃げたりするな。
 俺も仲間に入れてくれよ。
 そしてたくさん話しをしよう。
 この小さなお姫様と、3人でさ。

 
感想 1

あなたにおすすめの小説

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

泡にはならない/泡にはさせない

BL
――やっと見つけた、オレの『運命』……のはずなのに秒でフラれました。――  明るくてお調子者、だけど憎めない。そんなアルファの大学生・加原 夏樹(かはらなつき)が、ふとした瞬間に嗅いだ香り。今までに経験したことのない、心の奥底をかき乱す“それ”に導かれるまま、出会ったのは——まるで人魚のようなスイマーだった。白磁の肌、滴る水、鋭く澄んだ瞳、そしてフェロモンが、理性を吹き飛ばす。出会った瞬間、確信した。 「『運命だ』!オレと『番』になってくれ!」  衝動のままに告げた愛の言葉。けれど……。 「運命論者は、間に合ってますんで。」  返ってきたのは、冷たい拒絶……。  これは、『運命』に憧れる一途なアルファと、『運命』なんて信じない冷静なオメガの、正反対なふたりが織りなす、もどかしくて、熱くて、ちょっと切ない恋のはじまり。  オメガバースという世界の中で、「個」として「愛」を選び取るための物語。  彼が彼を選ぶまで。彼が彼を認めるまで。 ——『運命』が、ただの言葉ではなくなるその日まで。

祝福を授かりましたが、まるで呪いです。

めっちゃ抹茶
BL
異世界に生まれ変わって出会った、一組の運命の番であるαとΩの話。 ※ご都合主義があります ※オメガバースの知識がある人向け/作中で説明は一切ありません ※主人公が可哀想、ハッピーエンドではありません 主人公目線、あまり悲壮感はありませんがタグをご確認のうえ以上の事を念頭に、大丈夫な方のみお進み下さい。

ビジネス婚は甘い、甘い、甘い!

ユーリ
BL
幼馴染のモデル兼俳優にビジネス婚を申し込まれた湊は承諾するけれど、結婚生活は思ったより甘くて…しかもなぜか同僚にも迫られて!? 「お前はいい加減俺に興味を持て」イケメン芸能人×ただの一般人「だって興味ないもん」ーー自分の旦那に全く興味のない湊に嫁としての自覚は芽生えるか??

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜

あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。 行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。 異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?

『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―

なの
BL
Ωとして生まれたリオナは、政略結婚の駒として生き、信じていた結婚相手に裏切られ、孤独の中で命を落とした。 ――はずだった。 目を覚ますと、そこは同じ世界、同じ屋敷、同じ朝。 時間だけが巻き戻り、前世の記憶を持つのは自分だけ。 愛を知らないまま死んだ。今度こそ、本物の愛を知り、自ら選び取る人生を生きる。 これは、愛を知らず道具として生きてきたΩが、初めて出会った温もりに触れ、自らの意思で愛を選び直す物語。 「愛を知らず道具として生きてきたΩが転生を機に、 年上αの騎士と本物の愛を掴みます。 全6話+番外編完結済み!サクサク読めます。

恋が始まる日

一ノ瀬麻紀
BL
幼い頃から決められていた結婚だから仕方がないけど、夫は僕のことを好きなのだろうか……。 だから僕は夫に「僕のどんな所が好き?」って聞いてみたくなったんだ。 オメガバースです。 アルファ×オメガの歳の差夫夫のお話。 ツイノベで書いたお話を少し直して載せました。