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3.悪役令嬢誕生!

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 アリアはクラヴェル伯爵家の一人娘だった。クラヴェル伯爵家はとにかく貧乏で、アリアは14歳になった年から、王城で働き始めた。

 貧乏とはいえ伯爵家の令嬢として、他の貴族令嬢たちに混じって王女付きのメイドになった。

 二つ年下の王女、ローズは、国王夫妻から溺愛されていた。兄のルード・デルリア王太子とは違い、いつか他国へと嫁ぐことになるだろうローズはかなり甘やかされ、我儘な王女だった。

 何人もメイドが辞めて行く中、王女に取り入ろうと気概のある貴族の令嬢たちだけは残っていた。

 アリアは取り入る気はなかったが、働き口があるだけありがたかったので、辞めることはなかった。

 最初は可愛かった王女の我儘も、彼女がデビュタントを迎えると、一変した。

 美しい容姿を持つ王女は貴族の子息たちから注目を浴びていた。自分が美しいと知っていたローズは、ご令嬢ではなく、自分の気に入った貴族子息を何人も呼び、お茶会を幾度と開いた。

「アリア、招待状を手配しておいて」
「かしこまりました……」
「あいつは飽きたから、今度はヘブバン男爵家の子息を呼んで」
「かしこまりました」

 ローズの言う通りに招待状を手配するのはアリアの仕事だった。

 ローズからのお誘いなので、喜々として来る者、王家と繋がりたい野心のある者、断れず仕方なく来る者、色んな子息が入れ替わり立ち代わりお茶会に来た。

 国王夫妻も、「お茶会くらい可愛いもの」として見過ごしていた。

 ローズには想い人がいた。

 その想い人は王女である彼女になびくことは無く、そつなく応対するだけだった。彼を振り向かせようと躍起になっていた彼女は、お茶会だけでは済まなくなった。

 夜にパーティーを開き、自室に男を招くようになったのである。

 王女がそんなことをしていると周囲にバレては、王家の醜聞に関わる。

 流石に国王夫妻に呼び出されたローズが言い放った言葉はこうだ。

「今までのお茶会は全てアリアが開催していたもの。男たちを取っ替え引っ掛え遊んでいたのはアリアです」

 ローズに言われるままお茶会やパーティーの手配をしていたアリアは、あっさりと王女にその汚名を擦り付けられた。

(それは無理があるのでは……)

 あまりにも乱暴な物言いに、アリアは開いた口が塞がらなかったが、困った国王夫妻は、ローズの言い分通り受け止めることにした。

 そしてメイドをクビになり、途方にくれていたアリアに声をかけたのは宰相のライアン・シュミットだった。

「アリア嬢、君に悪役令嬢役を引き受けて欲しい」
「えっ?! えっ……??」

 ライアン・シュミット公爵。28歳と若くして宰相を務める彼は、王家血筋の金色の髪に夜空を溶かしたような濃い青い瞳で、顔が良い。奥様とは仲睦まじく、皆が羨むほどの噂の夫婦である。

「君は王女に男遊びの汚名を着せられた。申し訳ないと思う。だが、そのまま悪役令嬢としての役を負ってくれないだろうか?」

 彼の執務室に通されたアリアはポカン、とライアンを見つめた。

「あ、あの……王女殿下の汚名を着るのは良いのですが、私なんてとてもそんなことをしでかす器では無く……」

 気の弱いアリアはボソボソとライアンに話す。

「君は寛大だね……自分で言っといて何だが、王女の汚名は酷いものだよ? 君は結婚も出来なくなるかもしれない」

 アリアの言葉に目を大きく瞠り、ライアンが言った。

「あの……私は結婚なんて望んでおりません……。こんなですし、クラヴェル伯爵家は父の代で終わりでしょうし、私は働いて生計を立てて行きたかったのですが……こうなった以上、修道院にでも……ああ、でもこんな汚名では修道院も受け入れてくれないでしょうか……」

 目を伏せてまくし立てるように話すアリアに、ライアンはふむ、と顎に手をやる。

「ではアリア嬢、こうしようじゃないか。この任務を完遂した後には、君を我がシュミット公爵領の領民として迎えると。生活には困らないように家も用意するし、どうだい?」
「シュミット……公爵領……」

 ライアンの提案にアリアは震えた。

(シュミット公爵領といえば、自然が豊かで良い土地だと聞きます……! そこでのんびり暮らせたら……!)

「はは、返事はオーケーみたいだね?」

 瞳を輝かせたアリアを見てライアンが目を細めた。

「あの、でも、私は何をすれば良いんでしょう……?」

 不安そうに見上げるアリアに、ライアンは告げる。

「ああ。王女に近付いた子息の中できな臭い奴が何人かいてね。君にはそいつらに本当に近づいてもらって、探ってもらいたいんだ」
「……無理です」
「だろうね」

 アリアの即答に、ライアンは眉尻を下げて笑った。

「君の王女付メイドとしての仕事は見てきた。これでも人を見る目はあるんだ私は」
「はあ……」

 それでも自信ありげに語るライアンに、アリアは不安そうに返事をする。

「君に魔法をかけてあげるよ」
「ま……ほう?」

 その言葉にアリアの瞳が輝いた。

「レイラ」
「はい」

 いつの間にか執務室の奥にはライアンの奥様がいた。

(この方がお噂の……)

 同じ公爵家から嫁いだと聞くレイラは、やはり金色の綺麗な髪で、ラピスラズリの様な深い青い瞳をしていた。

 アリアはどこか見たことのある瞳だと思ったが、自分には縁の無い人たちなので気のせいだとすぐに思い直した。

「さあ、アリーちゃん、あなたを悪役令嬢に仕立ててあげるわね!」

 初対面から愛称で呼ぶレイラに気後れしながらも、アリアはその可愛らしい奥方にすぐに心を許した。

 彼女の弟が作ったという魔法薬で髪の色を赤く染め、悪役令嬢らしくカールさせる。

 メイクも眉を釣り上げさせ、意地悪く、しかし妖艶な悪役令嬢そのものへとアリアを変貌させた。

「す、凄い……!!」

 普段、気の弱い自分が強そうに見える。しかも、何だか美人だ。

「アリーちゃんは元が良いから、やりがいあるわね!」

 レイラの言葉にくすぐったくなりながらも、アリアに自信がつく。

「台本は私が書こう」

 かくして、「悪役令嬢」アリア・クラヴェルは誕生したのだった。 
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