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28.孤児院
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「リリー様、孤児院のシスターが訪ねて来ております。副神官長様の執務室にお越しいただけますか?」
「私に、ですか? わかりました」
リリーの執務室へやって来た神官にそう告げると、彼は一礼して足早に去って行った。
「さて……もうここにも来ることはありませんね……」
すっかり片付いた執務室を見回す。
あれからマークさんの商会でドレスや宝石を買い取ってもらい、着服した分は副神官長、お屋敷の私物を売った分はマークさんにお金を預かってもらっている。
みんなには牢屋に行くことを言えずにいて、私がいなくなった後、マークさんからしっかりとお金を渡してもらう手筈になっている。
「あっという間でしたね」
次の大聖女のために家具だけは残してあるものの、最初見たときと比べればがらんとしている。
悪女のリリーとして目覚めて、温かい人たちと出会い、贖罪のために走ってきたものの、楽しい思いをさせてもらった。
(私は恵まれていますね)
「後はよろしくお願いいたします」
部屋に向かってお辞儀をした。身に付けているのはもう銀色のドレスではなく、動きやすいスカイブルーのワンピース。アネッタがアンディ様の騎士服と似た色の物を見つけたと、興奮して用意してくれたものだ。
貴族の治療院は私による決議に従うしかなく、また聖騎士団が睨みを利かせてくれているおかげで静かだ。
筆頭侯爵家であるハークロウ家、グランジュ家に逆らえないというのもある。
(私とアンディ様は良い方向に手を組めば、国のためになったんですよね)
いまさら言っても栓無き事だ。
私たちの道が交わることはもうない。
涙が落ちそうになったので顔を上げる。ばしっと頬を両手で挟むと、副神官長の元へ向かった。
「お待たせいたしました」
部屋に通された私は中に入ると頭を下げた。
「まあ……幾度となく求めていた面会が本当に叶うとは……ジェイコブの言った通りですね」
中央にある白いソファーに副神官長と同年代くらいの女性が向かい合って座っていた。
ダークブラウンの髪を後ろの低い位置でお団子にしていて、同じ色の優しい瞳を私に向けている。小柄なその人は黒のシスター服に身を包んでいる。
「……初めまして。リリー・グランジュと申します」
「まあ! 大聖女である貴女様が私などに頭を下げないでください!」
副神官長と顔見知りらしいシスターに、ワンピースの裾を持ち上げ礼をしたところ、驚かれてしまった。
「ライナ、リリー様は身分など気にされないんですよ。さあリリー様もお座りください」
くすくすと笑う副神官長に促され、彼の隣に座る。
「リリー様、ライナは王都にある孤児院でシスターをしています。マークと私と幼馴染なのです」
「まあ! マークと会ったの?」
首を傾げる私に副神官長が説明をしてくれ、シスターが驚きの声を上げる。
「ふふ、リリー様のおかげで彼との道がまた交わりましたよ」
「そう……良かった。あなたたちは志が同じくせに仲たがいをしてしまって……心配していたのよ」
二人は嬉しそうに話している。
(私も……遠い未来、おばあちゃんになった頃にアンディ様と道が交わることもあるのでしょうか?)
そうなったらいいな、と目を閉じる。
「ああ、ごめんなさいリリー様。本題に入りましょうか」
温かい眼差しのままシスターが向き直る。そして頷いた私を見て話を始める。
「実は、孤児院に定期的に聖女が訪問してくれていましたの。ジェイコブが協力してくれていて……」
「そうでしたか」
副神官長を見やると、彼も口を開く。
「私は何もできていませんでしたよ。聖女の派遣は神官長と大聖女に権限がありますから。正聖女だったあの子のおかげです」
「あなたはあの子が咎められないよう守ってあげていたでしょう」
「あの子??」
正聖女といえば貴族の子だ。そんな志の高い聖女もいたのかと人差し指を頭に付けて考える。
「……あなた……」
考え込む私をシスターが大きく目を見開いて見た。
「? それで、その子はまだ聖女を?」
「いや……神官長からの特別任務で教会を離れているよ。こうなったら手が出せない」
「そうなんですね。その子の名前は……」
孤児院を訪問するくらいの子だ。もしかしたら神官長に搾取されているのかもしれない。私なら助けられるかも――そう思って言ったことだった。
「ああ、その子の名前は――」
「ジェイコブ!!」
突然叫んだシスターに私と神官長が驚きの顔を彼女に向ける。
ハッとした彼女は笑顔を作る。
「ご、ごめんなさい。その子は貴女が作った決まりを破って孤児院を訪れていたの。だから万が一にもその子が咎められるようなことがあってはならないから」
「ライナ……? 今のリリー様は」
「大丈夫です、ジェイコブさん」
困惑する副神官長に、にっこりとしてみせる。
その決まりは私が作り直して、聖女も安心して働けるようになった。神官長や大聖女の許可は必要なく、副神官長に全権を委ねている。
(……悪女だった私を完全に信用できないのは仕方ないです)
悲しみを押し込め、自分の罪に向き直る。
「すみません、もう聞きません。でもその子が困った状況に陥っているならばどうか力になってあげてくださいね」
「それはもちろんだ」
副神官長の返事を聞いてシスターに向き直る。
「それでシスターは、その子が心配でここに?」
「ええ……それもありますけど」
ちらりと窺うように上目遣いのシスターと目が合う。
「孤児院に聖女をまた派遣して欲しいのです」
「はい、わかりました」
私の即答にシスターが目を瞬く。
「どうかされました?」
首を傾げる私にシスターは首を振って笑みを浮かべる。
「ありがとうございます……リリー……様」
娘を見るかのような愛情深いその眼差しに私は何だか泣き出したい気持ちになった。
「私に、ですか? わかりました」
リリーの執務室へやって来た神官にそう告げると、彼は一礼して足早に去って行った。
「さて……もうここにも来ることはありませんね……」
すっかり片付いた執務室を見回す。
あれからマークさんの商会でドレスや宝石を買い取ってもらい、着服した分は副神官長、お屋敷の私物を売った分はマークさんにお金を預かってもらっている。
みんなには牢屋に行くことを言えずにいて、私がいなくなった後、マークさんからしっかりとお金を渡してもらう手筈になっている。
「あっという間でしたね」
次の大聖女のために家具だけは残してあるものの、最初見たときと比べればがらんとしている。
悪女のリリーとして目覚めて、温かい人たちと出会い、贖罪のために走ってきたものの、楽しい思いをさせてもらった。
(私は恵まれていますね)
「後はよろしくお願いいたします」
部屋に向かってお辞儀をした。身に付けているのはもう銀色のドレスではなく、動きやすいスカイブルーのワンピース。アネッタがアンディ様の騎士服と似た色の物を見つけたと、興奮して用意してくれたものだ。
貴族の治療院は私による決議に従うしかなく、また聖騎士団が睨みを利かせてくれているおかげで静かだ。
筆頭侯爵家であるハークロウ家、グランジュ家に逆らえないというのもある。
(私とアンディ様は良い方向に手を組めば、国のためになったんですよね)
いまさら言っても栓無き事だ。
私たちの道が交わることはもうない。
涙が落ちそうになったので顔を上げる。ばしっと頬を両手で挟むと、副神官長の元へ向かった。
「お待たせいたしました」
部屋に通された私は中に入ると頭を下げた。
「まあ……幾度となく求めていた面会が本当に叶うとは……ジェイコブの言った通りですね」
中央にある白いソファーに副神官長と同年代くらいの女性が向かい合って座っていた。
ダークブラウンの髪を後ろの低い位置でお団子にしていて、同じ色の優しい瞳を私に向けている。小柄なその人は黒のシスター服に身を包んでいる。
「……初めまして。リリー・グランジュと申します」
「まあ! 大聖女である貴女様が私などに頭を下げないでください!」
副神官長と顔見知りらしいシスターに、ワンピースの裾を持ち上げ礼をしたところ、驚かれてしまった。
「ライナ、リリー様は身分など気にされないんですよ。さあリリー様もお座りください」
くすくすと笑う副神官長に促され、彼の隣に座る。
「リリー様、ライナは王都にある孤児院でシスターをしています。マークと私と幼馴染なのです」
「まあ! マークと会ったの?」
首を傾げる私に副神官長が説明をしてくれ、シスターが驚きの声を上げる。
「ふふ、リリー様のおかげで彼との道がまた交わりましたよ」
「そう……良かった。あなたたちは志が同じくせに仲たがいをしてしまって……心配していたのよ」
二人は嬉しそうに話している。
(私も……遠い未来、おばあちゃんになった頃にアンディ様と道が交わることもあるのでしょうか?)
そうなったらいいな、と目を閉じる。
「ああ、ごめんなさいリリー様。本題に入りましょうか」
温かい眼差しのままシスターが向き直る。そして頷いた私を見て話を始める。
「実は、孤児院に定期的に聖女が訪問してくれていましたの。ジェイコブが協力してくれていて……」
「そうでしたか」
副神官長を見やると、彼も口を開く。
「私は何もできていませんでしたよ。聖女の派遣は神官長と大聖女に権限がありますから。正聖女だったあの子のおかげです」
「あなたはあの子が咎められないよう守ってあげていたでしょう」
「あの子??」
正聖女といえば貴族の子だ。そんな志の高い聖女もいたのかと人差し指を頭に付けて考える。
「……あなた……」
考え込む私をシスターが大きく目を見開いて見た。
「? それで、その子はまだ聖女を?」
「いや……神官長からの特別任務で教会を離れているよ。こうなったら手が出せない」
「そうなんですね。その子の名前は……」
孤児院を訪問するくらいの子だ。もしかしたら神官長に搾取されているのかもしれない。私なら助けられるかも――そう思って言ったことだった。
「ああ、その子の名前は――」
「ジェイコブ!!」
突然叫んだシスターに私と神官長が驚きの顔を彼女に向ける。
ハッとした彼女は笑顔を作る。
「ご、ごめんなさい。その子は貴女が作った決まりを破って孤児院を訪れていたの。だから万が一にもその子が咎められるようなことがあってはならないから」
「ライナ……? 今のリリー様は」
「大丈夫です、ジェイコブさん」
困惑する副神官長に、にっこりとしてみせる。
その決まりは私が作り直して、聖女も安心して働けるようになった。神官長や大聖女の許可は必要なく、副神官長に全権を委ねている。
(……悪女だった私を完全に信用できないのは仕方ないです)
悲しみを押し込め、自分の罪に向き直る。
「すみません、もう聞きません。でもその子が困った状況に陥っているならばどうか力になってあげてくださいね」
「それはもちろんだ」
副神官長の返事を聞いてシスターに向き直る。
「それでシスターは、その子が心配でここに?」
「ええ……それもありますけど」
ちらりと窺うように上目遣いのシスターと目が合う。
「孤児院に聖女をまた派遣して欲しいのです」
「はい、わかりました」
私の即答にシスターが目を瞬く。
「どうかされました?」
首を傾げる私にシスターは首を振って笑みを浮かべる。
「ありがとうございます……リリー……様」
娘を見るかのような愛情深いその眼差しに私は何だか泣き出したい気持ちになった。
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