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38.綺麗な人
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『アネッタ、大丈夫ですか?』
ぱくぱくと声にならない音を出しながらもアネッタに触れた。
狭い部屋にはベッドが一つあるだけだった。
隅で自身を抱きしめるように身を小さくするアネッタは、びくりと身体を揺らす。
「あ……あなたはリリー様とどういうご関係なんですか? 呪いとか……訳の分からないことばかり……何が起きているんですか?」
怯えた目で私を見つめたアネッタに説明してあげたくても、声が出ない。
「……っ……」
『アネッタ!?』
腕を庇うようにうずくまった彼女の肩を慌てて抱く。
辛そうに顔を歪めるアネッタに、まさかと腕を取った。
「うっ……」
『アネッタ、すみません!』
顔を歪めたアネッタのお仕着せの袖をまくり上げると、そこには鞭の跡がついていた。
私がリリーのときに綺麗に治したから、真新しい痣だ。
(なんて酷い……!)
リリーはまたアネッタに酷いことをしたのだ。
ぎゅっと拳を握りしめ、私はアネッタに向き直った。
アネッタは目を伏せ、何も言わない。
『回復』
呪文を唱えられなくとも、治癒魔法は聖魔力を相手に受け渡せる。
リリアンに戻った私は、治癒魔法が得意なことも思い出したので、それは容易だった。
「えっ……」
アネッタが驚きの声を上げると同時に、白銀の光がアネッタの腕を包む。
光が消えると、アネッタの痣も綺麗に消えた。
『アネッタすみません……』
私は彼女をぎゅっと抱きしめた。
「リリー……様?」
アネッタに顔を戻せば、彼女は涙を流してこちらを見ていた。
「リリー様ですよね?」
その表情につられて、私まで涙がこぼれる。
「やっぱり……どうしてかわかりませんが、私が仕えたいと願ったリリー様はあなたなんですね」
私の腕に縋るように手を差し出したアネッタの肩を支えた。
『アネッタ……』
「だって、私を治してくれたリリー様の温かい光、私を抱きしめてくれた温もり、姿は全然違っても、あなたの魂がリリー様だと言っています」
涙を流しながらもアネッタの顔にようやく笑顔が浮かぶ。
「リリー様!! お会いしたかったです!」
アネッタはそう言うと、私の胸に飛び込んで大泣きした。
私もアネッタの背中をさすりながら、一緒に泣いた。
「リリー様、本当はそんなに可愛らしい方だったんですね。母さんが言っていました。リリー様は着飾らなくても美しい人だって。それはあなたがリリー様の中にいたからなんですね」
散々泣いた後、アネッタがくすりと笑いながら言った。
『う、美しい!?』
リリーと違って美人でもないし、そんなことを言われたこともない。
(アネッタの身内の欲目じゃないでしょうか)
人差し指を頭に付けて考えていると、アネッタが嬉しそうに抱き着いてきた。
「リリー様!! その癖、やっぱりリリー様!!」
シスターにも指摘されたことを忘れ、私はまたやってしまっていた。
(私、そんなにやっていますでしょうか?)
恥ずかしくて赤くなっていると、アネッタがさらに顔を明るくして言った。
「リリー様! ハークロウ様もきっと、その癖に気付いてくれますよ!」
私はハッとする。確かに言葉を発せないし、一目見てわかってもらえるならいいかもしれない。
(でも……)
リリーを愛おしそうに見つめていたアンディ様を思い出し、胸が痛む。
(だからって私が想いを確かめ合ったリリーだと信じてくれるでしょうか?)
不安で顔を俯かせていると、アネッタがガシッと肩を掴んだ。
「大丈夫ですよ、リリー様!! ハークロウ様は聖騎士団の団長、真実を見抜く目をお持ちです!」
根拠もないのに自信満々に宣言するアネッタに思わず笑ってしまう。
「それに、ハークロウ様はリリー様の外見を愛されていたのではなくて、あなたの心を愛しておられたのですから」
『あい……』
恥ずかしげもなくそんなことを言うアネッタに、また赤くなってしまう。
「このままだとリリー様、殺されてしまうんですよね?」
ひそっと声を潜めたアネッタに頷く。
「シスターや副神官長様が人質な上、私まで足枷になってしまって……」
ブンブン首を振る私にアネッタが微笑む。
「……リリー様はみんなを放っておけない人だから……。たぶん、リリー様が明日一番ハークロウ様の近くに行けると思います。だから必ず気付いてもらいましょう! 私も足手まといにならないように協力します」
『アネッタ……』
「あ、今、名前呼んでくれましたか?」
唇の動きを読んだアネッタが明るい声で言った。
アネッタだって不安でどうしようもないくらい怖いはずなのに、私を励ましてくれようとしているのが伝わって嬉しかった。
「リリー様、必ず生き延びて、本当のお名前を教えてください……」
私の両手をぎゅっと握るアネッタの手は温かかった。
私はその手を握り返して、強く頷いた。
明日、アンディ様に私が本物のリリーだと合図して、入れ替わりに気付いてもらう。そして、リリーは必ず呪具を身に付けているはず。それを奪う。
(副神官長とシスターは助けます!)
副神官長さえ目覚めてシスターも助け出せれば禁術のことも明らかにできる。
(リリーと神官長の悪事の証拠はアンディ様に預けてあります。だから入れ替わりさえ証明できれば二人を捕まえられます)
私はリリーが好き勝手にやるために償いをしてきたわけではない。
アネッタのおかげで、絶望しかなかった心に力が湧いてきた。
その日私たちは、小さなベッドに身を寄せ合うようにして眠った。
ぱくぱくと声にならない音を出しながらもアネッタに触れた。
狭い部屋にはベッドが一つあるだけだった。
隅で自身を抱きしめるように身を小さくするアネッタは、びくりと身体を揺らす。
「あ……あなたはリリー様とどういうご関係なんですか? 呪いとか……訳の分からないことばかり……何が起きているんですか?」
怯えた目で私を見つめたアネッタに説明してあげたくても、声が出ない。
「……っ……」
『アネッタ!?』
腕を庇うようにうずくまった彼女の肩を慌てて抱く。
辛そうに顔を歪めるアネッタに、まさかと腕を取った。
「うっ……」
『アネッタ、すみません!』
顔を歪めたアネッタのお仕着せの袖をまくり上げると、そこには鞭の跡がついていた。
私がリリーのときに綺麗に治したから、真新しい痣だ。
(なんて酷い……!)
リリーはまたアネッタに酷いことをしたのだ。
ぎゅっと拳を握りしめ、私はアネッタに向き直った。
アネッタは目を伏せ、何も言わない。
『回復』
呪文を唱えられなくとも、治癒魔法は聖魔力を相手に受け渡せる。
リリアンに戻った私は、治癒魔法が得意なことも思い出したので、それは容易だった。
「えっ……」
アネッタが驚きの声を上げると同時に、白銀の光がアネッタの腕を包む。
光が消えると、アネッタの痣も綺麗に消えた。
『アネッタすみません……』
私は彼女をぎゅっと抱きしめた。
「リリー……様?」
アネッタに顔を戻せば、彼女は涙を流してこちらを見ていた。
「リリー様ですよね?」
その表情につられて、私まで涙がこぼれる。
「やっぱり……どうしてかわかりませんが、私が仕えたいと願ったリリー様はあなたなんですね」
私の腕に縋るように手を差し出したアネッタの肩を支えた。
『アネッタ……』
「だって、私を治してくれたリリー様の温かい光、私を抱きしめてくれた温もり、姿は全然違っても、あなたの魂がリリー様だと言っています」
涙を流しながらもアネッタの顔にようやく笑顔が浮かぶ。
「リリー様!! お会いしたかったです!」
アネッタはそう言うと、私の胸に飛び込んで大泣きした。
私もアネッタの背中をさすりながら、一緒に泣いた。
「リリー様、本当はそんなに可愛らしい方だったんですね。母さんが言っていました。リリー様は着飾らなくても美しい人だって。それはあなたがリリー様の中にいたからなんですね」
散々泣いた後、アネッタがくすりと笑いながら言った。
『う、美しい!?』
リリーと違って美人でもないし、そんなことを言われたこともない。
(アネッタの身内の欲目じゃないでしょうか)
人差し指を頭に付けて考えていると、アネッタが嬉しそうに抱き着いてきた。
「リリー様!! その癖、やっぱりリリー様!!」
シスターにも指摘されたことを忘れ、私はまたやってしまっていた。
(私、そんなにやっていますでしょうか?)
恥ずかしくて赤くなっていると、アネッタがさらに顔を明るくして言った。
「リリー様! ハークロウ様もきっと、その癖に気付いてくれますよ!」
私はハッとする。確かに言葉を発せないし、一目見てわかってもらえるならいいかもしれない。
(でも……)
リリーを愛おしそうに見つめていたアンディ様を思い出し、胸が痛む。
(だからって私が想いを確かめ合ったリリーだと信じてくれるでしょうか?)
不安で顔を俯かせていると、アネッタがガシッと肩を掴んだ。
「大丈夫ですよ、リリー様!! ハークロウ様は聖騎士団の団長、真実を見抜く目をお持ちです!」
根拠もないのに自信満々に宣言するアネッタに思わず笑ってしまう。
「それに、ハークロウ様はリリー様の外見を愛されていたのではなくて、あなたの心を愛しておられたのですから」
『あい……』
恥ずかしげもなくそんなことを言うアネッタに、また赤くなってしまう。
「このままだとリリー様、殺されてしまうんですよね?」
ひそっと声を潜めたアネッタに頷く。
「シスターや副神官長様が人質な上、私まで足枷になってしまって……」
ブンブン首を振る私にアネッタが微笑む。
「……リリー様はみんなを放っておけない人だから……。たぶん、リリー様が明日一番ハークロウ様の近くに行けると思います。だから必ず気付いてもらいましょう! 私も足手まといにならないように協力します」
『アネッタ……』
「あ、今、名前呼んでくれましたか?」
唇の動きを読んだアネッタが明るい声で言った。
アネッタだって不安でどうしようもないくらい怖いはずなのに、私を励ましてくれようとしているのが伝わって嬉しかった。
「リリー様、必ず生き延びて、本当のお名前を教えてください……」
私の両手をぎゅっと握るアネッタの手は温かかった。
私はその手を握り返して、強く頷いた。
明日、アンディ様に私が本物のリリーだと合図して、入れ替わりに気付いてもらう。そして、リリーは必ず呪具を身に付けているはず。それを奪う。
(副神官長とシスターは助けます!)
副神官長さえ目覚めてシスターも助け出せれば禁術のことも明らかにできる。
(リリーと神官長の悪事の証拠はアンディ様に預けてあります。だから入れ替わりさえ証明できれば二人を捕まえられます)
私はリリーが好き勝手にやるために償いをしてきたわけではない。
アネッタのおかげで、絶望しかなかった心に力が湧いてきた。
その日私たちは、小さなベッドに身を寄せ合うようにして眠った。
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