聖騎士団長の婚約者様は悪女の私を捕まえたい

海空里和

文字の大きさ
42 / 44

42.本物の婚約者(アンディ視点)

しおりを挟む
「リリー!」

 目の前で彼女が崩れ落ちるのを俺は何度見ればいいのだろうか。
 守りたくてあえて彼女と関わらないようにしていたというのに。

(もう二度と失ってたまるか!)
「見せてください、ハークロウ団長」

 リリアンを強く抱きしめれば、副神官長が駆け寄って来た。

「……血を流しすぎて貧血を起こしたのでしょう。聖女を呼んできてください」

 副神官長はその場にいた神官に指示をすると、彼は急いで飛んで行った。
 リリアンの顔は青白く、身体も冷たい。
 彼女が副神官長を元に戻すために飛び込んだときは、本当に焦った。

「あの、ハークロウ様……リリー様のこと、気付いていらしたんですよね?」

 アネッタがおずおずと聞く。

「ああ……」

 神官長の屋敷に踏み入ったとき、すぐに違和感を覚えた。
 これは誰だ、俺のリリーではないと。
 すぐ側にいたリリアンの俺を見つめる瞳、微かに感じる証の聖魔力、それらで俺はすぐに仮説を立てた。この二人は入れ替わっていたのではないかと。だが、確証もない上に、もし本当にそうなら、俺の・・リリーに危険が及ぶのを避けたい。
 俺はリリーに今までと変わらず接することにした。目の前に本当に惚れた女性がいるのに最低だと思う。
 案の定、安っぽい演技をするリリーのことはすぐにわかった。悲しいことに、付き合いだけは長い。
 俺が惚れたリリーのことは、過ごした時間は短いが、彼女以上にすぐにわかった。
 その眼差し、挙動、全てが愛おしい。俺に真実を伝えようと癖の仕草を一生懸命にする様は、可愛くてどうにかなりそうだった。俺はあのとき抱きしめたい衝動をこらえて、必死に顔を背けたのだ。
 彼女の安全のため、リリーを確実に捕らえるため、計画を台無しにするわけにはいかなかった。

「リリアン様!」

 一人でいいはずなのに、心配した元準聖女たちが大勢聖堂に駆けつけた。
 彼女の人となりが垣間見られて、俺は思わず口元が緩んだ。

「あーあー、てか、あんな大勢の前でキスするかね? 普通?」

 後始末をしていたライリーと話し終え、グレイブ商会長が合流する。

「……仕方ないだろう。証を完全にリリアンに移行させるにはあれしか方法はなかった」

 誓いの証は魂に刻まれるが、リリアンの魂がリリーと入れ替わっていた影響で、悪女の方に形だけ残ってしまっていた。

「団長は単にリリアン嬢を自分のものだと誇示したかっただけでしょう。独占欲が強いですからね」
「あの子もこれから大変だなあ。俺の孫の嫁に来たほうがいいんじゃないか?」

 からかうライリーとグレイブ商会長を睨みつける。

「リリーは俺の婚約者だ」
「わーってるって! だから、真面目に取るな!」
「あのー……皆さま、リリー様のこと気付いていらしたんですか?」

 アネッタがぽかんとして会話に入って来た。

「ああ。アネッタ、君には辛い思いをさせてすまない。リリーが君に張り付いていたから手出しできなかった」
「そんな……! リリー様を助けてくださってありがとうございます!」

 頭を下げる俺にアネッタは慌てて言った。

「でも皆様、どうやって連携を……?」

 アネッタが首を傾げる。

「グレイブ商会長には感謝しかないな」
「本当だよ。こき使いやがって」

 リリーのことを怪しんでいた俺の元に特殊な魔道具を通じて手紙が届いた。
 それはシスターからのもので、神官長とリリーが禁術にまで手を出していることが書かれていた。下手に動くと入れ替わりの相手――リリアンの命が危ないことも書かれてあった。
 秘密裏に動けるグレイブ商会長が、魔力を封じる魔道具の入手や、リリーの証拠集めをしてくれた。
 魔道具を通じてライリー、副神官長とも密に連携を取り、リリーとの結婚式の準備を進め、油断させたところで片を付けるはずだった。

(けっきょくはリリーに無茶をさせてしまったな)

 彼女が他人のためにじっとしていられないのはわかっていたはずなのに。

「マーク、ライナは?」

 リリーを聖女に任せた副神官長が心配そうにやって来た。

「安心しろ。聖女がしっかり癒してくれて、今は治療院で保護されている」
「そうですか。マークには孤児院の面倒も見てもらって、世話をかけましたね」
「お前は囮っていう危険な役目を買って出ただろうが。ったく、若くないのに無茶しやがって」
「辛辣ですねえ」

 禁術の使用は大罪だ。その証拠を得るため、副神官長はあえて無防備に過ごした。自分が絶対に狙われるだろうと。
 そして、副神官長を襲って来た犯人は聖騎士団の団員だった。俺たちは気付かないふりをして、今日まで泳がせてきたのだ。

「神官長と元大聖女はどうなる?」
「……呪具の一つは壊れました。もう一つも破壊しますので、命までは取られないでしょう。ただ、術者の代償は大きいと聞きます。魔力が枯渇するのではないでしょうか」
「ふん、自業自得だな」

 難しい顔の副神官長に商会長が一蹴した。
 二人の身柄は聖騎士団で拘束しているが、魔力が枯渇するということは、まともな状態ではいられないだろう。取り調べも難しく、このままどこかに幽閉になるだろう。

「じゃあ、これでようやく本物のリリー様とハークロウ様がご結婚されるのですよね?」

 アネッタが願うように身体の前で手を組んで言った。

「……その前に副神官長」

 俺の婚約者はリリアン以外考えられない。ただ、誰にも邪魔されないよう手を打つ必要があった。
 俺の意図を汲んだ副神官長が目を閉じて笑みを浮かべた。

「ええ。元々、私はあの子が相応しいと思っていましたから」
「俺も大賛成だぜ。みんながあの・・聖女さんを望んでるんだ」
「あの子の魂はどこにあろうと、どんな人でも救おうとしていたのですね」

 副神官長は入れ替わりに気付いてやれなかったことを申し訳なさそうにしていた。

「だからどんな姿だろうと人を惹きつけるんだろうさ。なあ、団長さん?」

 グレイブ商会長がにやりとこちらに顔を向けた。
 そうだ。俺はあの心に惹かれたのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】すり替わられた小間使い令嬢は、元婚約者に恋をする

白雨 音
恋愛
公爵令嬢オーロラの罪は、雇われのエバが罰を受ける、 12歳の時からの日常だった。 恨みを持つエバは、オーロラの14歳の誕生日、魔力を使い入れ換わりを果たす。 それ以来、オーロラはエバ、エバはオーロラとして暮らす事に…。 ガッカリな婚約者と思っていたオーロラの婚約者は、《エバ》には何故か優しい。 『自分を許してくれれば、元の姿に戻してくれる』と信じて待つが、 魔法学校に上がっても、入れ換わったままで___ (※転生ものではありません) ※完結しました

酒飲み聖女は気だるげな騎士団長に秘密を握られています〜完璧じゃなくても愛してるって正気ですか!?〜

鳥花風星
恋愛
太陽の光に当たって透けるような銀髪、紫水晶のような美しい瞳、均整の取れた体つき、女性なら誰もが羨むような見た目でうっとりするほどの完璧な聖女。この国の聖女は、清楚で見た目も中身も美しく、誰もが羨む存在でなければいけない。聖女リリアは、ずっとみんなの理想の「聖女様」でいることに専念してきた。 そんな完璧な聖女であるリリアには誰にも知られてはいけない秘密があった。その秘密は完璧に隠し通され、絶対に誰にも知られないはずだった。だが、そんなある日、騎士団長のセルにその秘密を知られてしまう。 秘密がばれてしまったら、完璧な聖女としての立場が危うく、国民もがっかりさせてしまう。秘密をばらさないようにとセルに懇願するリリアだが、セルは秘密をばらされたくなければ婚約してほしいと言ってきた。 一途な騎士団長といつの間にか逃げられなくなっていた聖女のラブストーリー。 ◇氷雨そら様主催「愛が重いヒーロー企画」参加作品です。

【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り

楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。 たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。 婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。 しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。 なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。 せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。 「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」 「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」 かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。 執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?! 見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。 *全16話+番外編の予定です *あまあです(ざまあはありません) *2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

処理中です...