こけしの大晦日

んが

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こけしのおじさん

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 ポチは、大人の犬になりました。
 もう林さんのおうちともお別れしてすっかり傘の住犬となっていました。
 かいとも15才になりました。
 お手伝いのお兄さんともすっかり仲良くなり、いろんなことも相談できています。
 今日もどこに行ってみよう、今日はあそこのカラオケ屋さんに行ってみよう、などと相談しています。
「お兄さん、今日はこけしにも行こうよ。おばちゃんが待っているよ、きっと」
 かいとがいうとれんも言いました。
「そうだよ、もうすぐクリスマスだし。ぼく、まだこけしって行ったことないんだよ。こけしにケーキはある?」
 かいととれんはしゃかしゃかとお財布を振りました。
 お小遣いは結構たまっていました。
「そうしましょう。こけしのおばちゃんもかいとが来ないので寂しいとこの間メールをもらいました。こけしにケーキはないから和菓子でも買ってみんなで食べましょう」
 お兄さんはそういうと、二人の手を取ってポチと一緒に傘から出ていきました。
 しばらく三人でいろいろ遊んだ後、こけしに行きました。こけしのお店は、駅前通りにありました。お店の看板は木でできているため朽ちかけています。こけしのおばさんは、割烹着を着てお店に立っていました。お店の扉をガラガラと開けると、いつも「おや、いらっしゃい。今日もお揃いで」というのでした。そして「悪いけど、ポチちゃんはお外で待っていてね」と言ってポチにとっておきの犬のおやつをくれるのでした。
「こんにちは。子供たちを連れてきました。今日はれんも一緒です」
 お兄さんがあいさつします。れんも小さな声でこんにちは、と頭を下げました。
「今日はおじさんにもお会いしたいのですがいらっしゃいますか?」
 お兄さんがそっと聞きました。
「はい、メールに書いてあったので家にいるよう話してあります。奥におりますのでどうぞお入りください」
 おばさんはそういうと、店先の奥の障子の後ろにおじさんに向かって声をかけました。
「はーい。どうぞどうぞ。靴を脱いでお入りください」
 障子を開けると、こたつに入っているおじさんがにこにこして手招きしていました。
「おくつろぎ中申し訳ありません」
 お兄さんはそういって手土産のみかんをおじさんに渡しました。
 おじさんは、こたつにはみかんだよ、と嬉しそうに受け取りました。
「今日は、電信柱さんからおじさんの話を子供たちに聞かせてあげてほしいとのことで、二人を連れてきました。よろしくお願いします」
 お兄さんが話し出します。子供たちはお兄さんの顔を見上げました。
「なんのこと? お兄さん。僕たち何にも聞いていないよ」
 かいとが言うと、れんもうなずきます。
「実はね、二人とも知らないと思うけど、こちらのおじさんも傘の中の住人だったんだよ」
 お兄さんはかいととれんの顔をかわるがわる見ると優しく伝えます。
 おじさんは、おみやげのみかんをこたつの上のかごに盛ると、丁寧にみかんの皮をむいて食べ始めました。
「みかんは薄皮をつけたまま食べたほうが栄養があるっていうけれど、ついついむいて食べてしまうのだよ」
 おじさんは、そういうと白い筋のようなもしゃもしゃをきれいに取りました。
「アルベトっていうらしいよ。その筋。ほらみんなで食べよう」
 おじさんは、筋を手に取ってプラプラと揺らしました。
「人の名前みたいですね」
 お兄さんも感心してみかんを一つ手に取りました。お兄さんはみかんを手に取ると筋をむかずにパクリと口に入れました。
「なんだか、傘の世界のようじゃないか。なくてもいいけどないと困る人がいる。みかんの筋もなくてもいいけど、あるのはきっと何かの意味があるんだ。傘も骨がないとへなへなのただの布切れだ。みかんと傘は似ても似つかないがね。でも、私は傘がなかったら野垂れ死にしていたかもしれない。君たちもそうだろう」
 そういうと、かいととれんにみかんを一つずつ渡しました。
「僕はお父さんに殺されていたかもしれない」
 れんが小さな声で呟きます。
「僕も、でも電信柱さんが助けてくれたから今の僕がある。れんとも出会えたし沢山の優しい人たちに教えてもらったことがある」
 かいとはれんの手をぎゅっと握ります。
「そうだよね。二人とも強くなったよ。れんも初めはおびえて数時間も外の世界にいられなかったけれど、こんなに長く外に出ていられるようになった」
 お兄さんはくしゃくしゃっと二人の頭をなでました。
「おじさんは、いつ頃傘の世界から出ていったの?」
 れんは坊主頭のおじさんをじっと見つめました。
「となりの坊やはいくつかな。高校生くらいに見えるが……」
 おじさんはかいとに聞きます。
「中学三年生の学齢になります」
 お兄さんが説明しました。
「そうか。義務教育もおしまいなんだね。私はなんだかんだ言って外の世界が怖くてね。22歳になるまで傘の世界にお世話になったよ。もちろん、ずっと傘の中で暮らしていたわけじゃあない。君たちみたいに時々外の世界になれるために外に出たり、遊んだり、勉強したりした。18歳になって一人で暮らせるように単発のアルバイトをしたりして世の中になれる練習もしたよ。だけど、全く一人で暮らすのはまだ自信がなかったんだ」
 ふーん、と二人の少年は腕を組んで大きくうなずきます。
「そうなのですね。22歳まで傘の中にいらっしゃったとは知りませんでした」
 お兄さんもうなずきながら、みかんに手を伸ばしました。
「自分は、さびんしんぼう、だったんだよ。だから、よく人恋しくて大人の人に話しかけたりしていた。そんなときに、こけしの先代のおばあさんに出会ったのだよ」
「え」
 お兄さんが聞き返すと、おじさんは坊主頭をかきながら続けました。
「先代のおばあさんが、ひとりぼっちの私を不憫に思って引き取ってくれたのだよ」
 おじさんは照れくさそうにまだ頭をかいています。「ほら、やさしそうなおばあさんだろう。決して信者ではなかったけれど、教会の雰囲気が好きだとよく教会にボランティアに行っていたようだよ」とおばあさんの写真を指差して話しました。
「それで、おじさんはこちらにいらっしゃるのですね」
 お兄さんはなるほどと納得した様子でした。
「そこまでは電信柱さんはお話にならなかったので知りませんでした」
 お兄さんの方が一生懸命聞き入っています。
「うちの嫁さんがこんな私のところに嫁いでくれたから、こけしのお店も代々こうやって細々とだがお店を続けていられるのだよ。なあ、坊やたちももう少ししたらうちの子にならんか」
 おじさんが子供たちを見ると、かいととれんはこたつの中でいつの間にか眠っていました。
 おじさんは苦笑いして自分の頭を撫でまわしました。
「やれやれ、子供相手だということを忘れてすっかり話し込んでしまった」
 おじさんは、耳の後ろをかきながら恥ずかしそうにうつむきました。
「もう少ししたらおいとまします」
「そうかい。またきておくれよ。老夫婦二人だけだと刺激が少ないからね」
 おじさんが言うとお兄さんが、「「老」なんてまだ早いですよ。おじさんたちはまだ背中もしゃんとしています。この子達がやってくるまでお元気でいてくださいよ」とおじさんの手を強く握りました。
「そうだね」
 そういいながらおじさんはみかんの筋を取っては皮の中に丁寧に置くのでした。

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