疲れ果てた令嬢は護衛に死を請うた

しぎ

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昨日と同じように目が覚めた。護衛はまだ眠っている。
でも、昨日と眠っている位置が違う。護衛は私の横で眠っているし、私の眠っていた位置も少し動いている。護衛を起こさないようにそっと立ち上がる。
バスケットの中身を覗き込んだ。
「…やられた」
中身は見事に空だった。

「夜中にあれだけ食べてまだよく食欲があるわね?」
いっそ感心の気持ちで私はカフェオレを啜る。護衛は昨日のように一心不乱に朝食を詰め込んでいる。
「あなたの名前なんだったかしら?教えてもらったかしら」
不意に思い出して聞くと、護衛は口をぱんぱんにしたままそっぽを向いた。言いたくないらしい。
「護衛」と呼べば支障は特にないけれど、名前を知らない相手に殺されるのもなんだか癪になってきた。
「いいわ、教えてくれないなら私が付けてあげる。そうね。
…アラン、ベンジャミン、カール、ダニエル…」
とりあえず片っ端から名前を上げてみても、護衛はこっちを見ない。何だか馬鹿らしくなってきた。
「…まぁ、護衛でいいわ」
カフェオレを銀のスプーンでかき混ぜる。くるくる回る白にぼんやり視線を落とす。
なんで護衛は私を殺してくれないのだろう。昨日はきっと満腹の状態だったし、逃げ出した先で食べることのできる食料も用意した。いつでも逃げ出せたはずだ。
…逃げ出した先?
はっ、と顔を上げる。思わず開いた口に突然パンが突っ込まれた。
「!?」
げふごふと咳をしながら苦労して飲み込む。私の口に無理やりパンを突っ込んだのは、隣で朝食に夢中だったはずの護衛で、うまく飲み込めず苦しげな私を見てにやにやしている。やっぱり彼、私たち貴族のこと、嫌いだと思うんだけど。
…考えていたことが飛んでいきそうになって、必死に思考の糸を手繰り寄せる。
ここから逃げ出した後、護衛はどこに行こうと思うだろうか。食料だけでは生きられない。どこか居場所を探すはずだ。

「…コホン、今日は出かけましょうか」
護衛はさらに私の口元にぐいぐいとパンを押し付けた。

「エレノーラ!久しぶりだな。少し痩せたか?ちゃんと眠っているか?ちゃんと食事は摂っているか?」
「お久しぶりです。ギルバート様。睡眠はちゃんと取っています。食事は…昨日は、あんまりでしたけど、今日はパンを食べてきました」
馬車に乗って向かったのはほんの数十分の距離の隣領。ここには私の幼馴染であるギルバート様が住んでいる。彼は侯爵家の人間だが、両親の代から交流があり、身分差などないように親しく接してくれている。両親を亡くして塞ぎ込んだ私を心配しているのか、会う度に大丈夫か確かめられる。
「ギルバート様は、騎士団と諜報機関をお持ちでしたよね?」
ギルバート様の家は代々、国を守るための武力として特化している。彼自身は未来の騎士団長として活躍しているはずだ。
「彼に適性があるか、見てほしいのです」
護衛の背中を押す。何が何やらわからない顔をしている護衛はじっと私の顔を見つめていた。

「……伯父の話はまんざら嘘でもなかったのですね」
適当な人間を連れてきただけだと思っていたのに。
自分よりも体格の勝る騎士を何人も何人も放り投げている護衛を見ながら、私は一口紅茶を含む。
「どこから連れてきたんだ?彼。天性の才能か、どこかであれ程までに磨かれたのか…」
ギルバート様が感心している。
「あれなら騎士として十分に働けるよ。俺が保証する。何なら俺の直属に据えたっていいぐらいだ。諜報の方はまだ見てないが、あの身のこなしなら適性あるかもな」
「良かったです。…もし彼が一人でここにきたら、彼を雇ってもらえますか?」
「…何かあったのか?」
「いいえ、まだ何も」
「…いつでもエレノーラのことはうちで面倒見るからな。そもそも後見人はうちの親がなるはずだったんだ。そこに無理やりあの男が捩じ込んできやがって」
「大丈夫です。だから私に何かあっても彼のこと、よろしくお願いしますね」
「…エレノーラがそれでいいなら」
「ありがとうございます。ギルバート様」

「何かあったらあそこに行ったらいいわ。歩いてでも行ける距離でしょう?」
地図も一緒に渡すと護衛は不思議そうに私の顔を見た。文字が読めないかもしれないから絵だけの地図だ。これがあれば、ギルバート様の所にもどこにでも行けるだろう。
「今日は凄かったわね。あなたとっても強いわ」
護衛の目がきらりと光る。褒められていることに気づいたのか、小さく笑みをこぼした。
護衛が笑うのを見たのは、あのにやにやを除けば初めてだ。何だか可愛く見える。
「もう遅いから寝ましょうか」
ベッドに横たわるとそっと隣に護衛が寝転んだ。さらに可愛らしく見えてきてぎゅうっと強く抱きしめる。
うぅと小さく呻いてから護衛は目を閉じた。
護衛は私を殺してくれないのかしら。
温かな微睡の中に落ちていく。
「おやすみなさい」

もう目が覚めませんように。
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