14 / 23
決戦前夜
エージェント:簧黄3(挿絵あり)
しおりを挟む
男は自分の名はククルガだと言った。
彼は機関に所属していなかったが長い時を生きてきた存在で豊富な知識を持っていた。
あるとき、どうして機関に所属しないのか尋ねたことがあった。それに対して彼が言った言葉が
「ヤープは不滅ではない。我らにも代替わりするときが来る。それはより優れた器が現れた時だ。」
代替わり、replacement?
聞いたことのない概念だった。彼が言うには3次元人と違い精神エネルギー体である自分たちには目立った変化は起きにくいが、それでも長い時間をかけることで進化するのだという。彼はそれが自然な乗り換えを繰り返すことで達成できると考えているらしかった。
彼が言うには代替わりは突然起きるものではなく変化を予感させる兆しというものがあるらしい。彼自身も別のヤープから教わったことで曖昧な点も多いが、それは具体的な何かということはなく、いわゆる『気のせい』の一言で片づけられてしまうことの中に潜んでいる。だからといって日々の出来事のすべてに目を光らせる必要はなく気付く時は気づくもので、気付かなければ『兆し』ではないとのことだった。
その時は特に気にもしていなかったが、認識が大きく変わるきっかけとなったのは任務期間中に彼と何度か接しているなかで自分がなぜアメリカに来たのかという話になった時だった。
「俺の娘が目の病気をして、角膜移植が必要になったんだ。それで組織と取引して角膜の手配をしてもらう代わりにこの任務に就いたってわけさ」
彼は俺の話をじっと聞いていた。てっきり自分と娘に同情して言葉を選んでいるのだろうと考えていたが、沈黙を破り彼から出てきた言葉は予想もしていないものだった。
「それは・・妙な話だな」
「いや、人間なんだから病気にだってなるだろう。なにかおかしいか?」
すると彼は俺の顔を見つめ
「後天的な病気は確かにある。俺の言っていることはそうではない。本来ヤープは婚姻を結ぶ際、意識せずナチュラルに相手の遺伝子をチェックするものなのだ。俺たちの得意の眼を使って」
「何のために・・」
「病気とまではいかなくても遺伝的に弱い部分を持っているかどうかを判断するのさ」
「・・・まさか」
「知らないのも仕方がない。ヤープは案外自分のことを知らないものだ」
「俺がDNAをチェックしたから病気に罹らないってことはないだろう?」
「そういうことじゃない」
「じゃあ、どういう・・」
「病気を発症する可能性を持つ遺伝子のある相手とはそもそも我々は婚姻を結ばないのだよ。本能的にな」
「え?」
「精神エネルギー体である我々に遺伝子の影響があるわけもない。だが、本能的にそういった異性との交流は避けるのだ。少なくとも俺の知る限り子を成したヤープで子供が重い病気に罹ったという話は聞いたことがない」
俺はできるだけ冷静になるよう一旦呼吸を整えてからあらためて発言した。
「じゃあ、なんだ?娘の目は病気じゃないってことか?」
疑問を言葉にすることで、ふたたび呼吸が荒くなっていく。ぼんやりしていた景色から霧が晴れていくようだった。だが少しも気分は良くならない。
彼は俺の眼を見て言う。
「100%病気ではないとは言えん。だがオマエ自身も気付いたことがあったんじゃないか?だとしたらそれは『兆し』の可能性がある」
霧が晴れ、最後のピースがはまり俺の頭の中で絵が完成した。
ククルガの言葉に実は思い当たる節があった。娘が目の病気であると分かった時に病状を探ろうと一度だけヤープの眼を使ったことがある。
3次元人の肉体を手に入れるとヤープはその能力の大半を失うが眼は例外だ。意識して使うことでヤープの視点に近い見方が可能となる。ただし脳の処理能力が追い付かないので短時間しか使えない。
エージェントの仕事でも滅多に使わない能力を初めて娘に対して使った。
元より何かしらの治療が出来るとは考えておらず、脳やその他の臓器にも異常が無いかを確かめたい程度の気持ちだった。果たして異常はあるのだろうか、眠っている娘の頭部に手を置き、意識を集中して娘の中に潜っていく。
ヤープの眼で見る光景は3次元人の目で見るそれとまったく異なる。表も裏もない。体の表面を視線が移動していたと思ったらそのまま皮膚を通過し、次の瞬間には裏側に移動している。一度通過してしまえば皮膚の中も丸見えであった。そのまま眼球に移動し目の状態を確認する。血管に小さな亀裂があり、出血が確認できたが重大なものではないと判断し、そのままにして視神経の中に潜り込もうとした。だがそのとき、娘の目がギロリと動いた。
驚きのあまり咄嗟に眼を戻してしまった。戻したあとに娘を見ると瞼越しではあるが眼球の動きではっきりと自分の方に視線が向いていることが分かった。そのときはたまたまだと思い、それ以上詮索することもしなかったが・・・あれが兆しだとしたら・・・
娘の言葉が思い出される。
『お父さん、どうして目をくれないの?』
大きすぎる病気を患った少女が、その状況から抜け出したい一心で、すがるような気持ちで父親に放ったひとこと・・・ではない?
思い返せばあのとき『順番を待つ』という選択肢が普通にあったはずなのに、どうして裃と取引してまで角膜を手に入れようとしたのか?
あのときはあれしかないと思っていたが・・・
ククルガはこうも言っていた。
『もし、それが『replacement』だったら受け入れるしかない。それが我らヤープの定めだ』
彼は機関に所属していなかったが長い時を生きてきた存在で豊富な知識を持っていた。
あるとき、どうして機関に所属しないのか尋ねたことがあった。それに対して彼が言った言葉が
「ヤープは不滅ではない。我らにも代替わりするときが来る。それはより優れた器が現れた時だ。」
代替わり、replacement?
聞いたことのない概念だった。彼が言うには3次元人と違い精神エネルギー体である自分たちには目立った変化は起きにくいが、それでも長い時間をかけることで進化するのだという。彼はそれが自然な乗り換えを繰り返すことで達成できると考えているらしかった。
彼が言うには代替わりは突然起きるものではなく変化を予感させる兆しというものがあるらしい。彼自身も別のヤープから教わったことで曖昧な点も多いが、それは具体的な何かということはなく、いわゆる『気のせい』の一言で片づけられてしまうことの中に潜んでいる。だからといって日々の出来事のすべてに目を光らせる必要はなく気付く時は気づくもので、気付かなければ『兆し』ではないとのことだった。
その時は特に気にもしていなかったが、認識が大きく変わるきっかけとなったのは任務期間中に彼と何度か接しているなかで自分がなぜアメリカに来たのかという話になった時だった。
「俺の娘が目の病気をして、角膜移植が必要になったんだ。それで組織と取引して角膜の手配をしてもらう代わりにこの任務に就いたってわけさ」
彼は俺の話をじっと聞いていた。てっきり自分と娘に同情して言葉を選んでいるのだろうと考えていたが、沈黙を破り彼から出てきた言葉は予想もしていないものだった。
「それは・・妙な話だな」
「いや、人間なんだから病気にだってなるだろう。なにかおかしいか?」
すると彼は俺の顔を見つめ
「後天的な病気は確かにある。俺の言っていることはそうではない。本来ヤープは婚姻を結ぶ際、意識せずナチュラルに相手の遺伝子をチェックするものなのだ。俺たちの得意の眼を使って」
「何のために・・」
「病気とまではいかなくても遺伝的に弱い部分を持っているかどうかを判断するのさ」
「・・・まさか」
「知らないのも仕方がない。ヤープは案外自分のことを知らないものだ」
「俺がDNAをチェックしたから病気に罹らないってことはないだろう?」
「そういうことじゃない」
「じゃあ、どういう・・」
「病気を発症する可能性を持つ遺伝子のある相手とはそもそも我々は婚姻を結ばないのだよ。本能的にな」
「え?」
「精神エネルギー体である我々に遺伝子の影響があるわけもない。だが、本能的にそういった異性との交流は避けるのだ。少なくとも俺の知る限り子を成したヤープで子供が重い病気に罹ったという話は聞いたことがない」
俺はできるだけ冷静になるよう一旦呼吸を整えてからあらためて発言した。
「じゃあ、なんだ?娘の目は病気じゃないってことか?」
疑問を言葉にすることで、ふたたび呼吸が荒くなっていく。ぼんやりしていた景色から霧が晴れていくようだった。だが少しも気分は良くならない。
彼は俺の眼を見て言う。
「100%病気ではないとは言えん。だがオマエ自身も気付いたことがあったんじゃないか?だとしたらそれは『兆し』の可能性がある」
霧が晴れ、最後のピースがはまり俺の頭の中で絵が完成した。
ククルガの言葉に実は思い当たる節があった。娘が目の病気であると分かった時に病状を探ろうと一度だけヤープの眼を使ったことがある。
3次元人の肉体を手に入れるとヤープはその能力の大半を失うが眼は例外だ。意識して使うことでヤープの視点に近い見方が可能となる。ただし脳の処理能力が追い付かないので短時間しか使えない。
エージェントの仕事でも滅多に使わない能力を初めて娘に対して使った。
元より何かしらの治療が出来るとは考えておらず、脳やその他の臓器にも異常が無いかを確かめたい程度の気持ちだった。果たして異常はあるのだろうか、眠っている娘の頭部に手を置き、意識を集中して娘の中に潜っていく。
ヤープの眼で見る光景は3次元人の目で見るそれとまったく異なる。表も裏もない。体の表面を視線が移動していたと思ったらそのまま皮膚を通過し、次の瞬間には裏側に移動している。一度通過してしまえば皮膚の中も丸見えであった。そのまま眼球に移動し目の状態を確認する。血管に小さな亀裂があり、出血が確認できたが重大なものではないと判断し、そのままにして視神経の中に潜り込もうとした。だがそのとき、娘の目がギロリと動いた。
驚きのあまり咄嗟に眼を戻してしまった。戻したあとに娘を見ると瞼越しではあるが眼球の動きではっきりと自分の方に視線が向いていることが分かった。そのときはたまたまだと思い、それ以上詮索することもしなかったが・・・あれが兆しだとしたら・・・
娘の言葉が思い出される。
『お父さん、どうして目をくれないの?』
大きすぎる病気を患った少女が、その状況から抜け出したい一心で、すがるような気持ちで父親に放ったひとこと・・・ではない?
思い返せばあのとき『順番を待つ』という選択肢が普通にあったはずなのに、どうして裃と取引してまで角膜を手に入れようとしたのか?
あのときはあれしかないと思っていたが・・・
ククルガはこうも言っていた。
『もし、それが『replacement』だったら受け入れるしかない。それが我らヤープの定めだ』
0
あなたにおすすめの小説
スーパーのビニール袋で竜を保護した
チー牛Y
ファンタジー
竜は、災害指定生物。
見つけ次第、討伐――のはずだった。
だが俺の前に現れたのは、
震える子竜と、役立たず扱いされたスキル――
「スーパーのビニール袋」。
剣でも炎でもない。
シャカシャカ鳴る、ただの袋。
なのにその袋は、なぜか竜を落ち着かせる。
討伐か、保護か。
世界の常識と、ひとりの男の常識が衝突する。
これは――
ビニール袋から始まる、異世界保護ファンタジー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
二十年仕えた王女が私を敵に売った。それでも守ることにした
セッシー
ファンタジー
二十年間、王女殿下の護衛騎士として仕えた。その殿下が、私を敵に売った。
牢の中で事実を知り、一分考えて——逃げることにした。殿下の目的を、まだ果たしていないから。
裏切りの真相を確かめるため、一人王都へ戻る護衛騎士の話。
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。
ふとした事でスキルが発動。
使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。
⭐︎注意⭐︎
女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。
まさか私が王族の一員であることを知らずに、侮辱していた訳ではありませんよね?
木山楽斗
恋愛
王城の使用人であるメルフィナには、ある秘密があった。
彼女は国王の隠し子なのである。
その事実は、半ば公然の秘密となっていた。公にされたことは一度もないが、嗅覚に優れた者達はそれを察知していたのだ。
しかし中には、そうではない者達もいた。
その者達は、メルフィナを一介の使用人として考えて、彼らなりの扱い方をした。
それは許されるものではなかった。知らぬうちに王家に牙を向けた者達は、その行為の報いを受けることになったのだ。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
