5 / 43
第一章
仕事に生きようと思います
しおりを挟む
それから、クリフさんは食事の時間になると、いつも大量の料理とともに私を訪れるようになった。クリフさんに惚れてはいけないと思いつつも、一緒に食事が出来るのが嬉しかった。私は、召喚された見知らぬ世界でひとりぼっちになってしまった。だが、もうひとりぼっちではないのだと思い知る。
クリフさんの心遣いは嬉しかったが、いつまでもこのまま世話になるわけにはいかないというのも事実だ。日本で大学生をしていた私は、私の学費のために両親が働いているのも知っているし、生活のために自らバイトもしていた。このままタダ飯を食うわけにはいかないのだ。
(タダほど怖いものはないとも言うしね)
だから、もとの世界に戻れるまで、この世界でも働かなければならないと思い始める。そこで街で求人の広告を見つけ、あれよあれよと言う間に食堂で働くことになったのだ。
日本では、大学生の傍ら、居酒屋でアルバイトをしていた……しかも、社員とも思えるようなシフトで毎日働いていた私は、すぐに食堂の仕事にも慣れることになる。世界は違えど、従業員として求められることは同じだったのだ。
「エマちゃーん、三番のお客さんにお願いねー!」
「はーい!! 」
私は元気よく返事をし、ミートソースパスタが二つ乗せられたお盆を持ち上げる。そして、三番席のお客様にそれを差し出した。
「魔牛のミートソーススパゲティです!
お好みでモヤモヤチーズをおかけください!」
「うわぁー美味しそう」
女性は嬉しそうに声を上げ、前に座る虎の獣人の男性に告げる。
「ねぇねぇ、これならあなたも食べられるんじゃない?」
「うむ、美味そうだ」
「お代わりは無料ですよ!またお声がけください」
元気に告げると、次は後ろのお客様に呼ばれる。
「ねぇちゃん、焼きビール二杯よろしく!」
「はい、かしこまりました!」
私は大きく返事をし、厨房へ戻った。そして、大きなジョッキに並々とビールを注ぐ。こうして無心に働いていると、不安や悲しみを忘れられる。クリフさんの存在すら、忘れてしまいそうだ。
(日本に帰れなかったら、この食堂でずっと働くしかないかな)
なんて、帰れないことを楽観視すらしている自分が信じられなかった。数日前には友人に裏切られ、命の危険を感じていたことすら嘘のように思える。
ビールを持っていくと、すでに酔っ払ったお客様が頬を染めながら私を見る。
「ねぇちゃん。珍しい綺麗な黒髪だな」
「ありがとうございます!」
酔っ払いの相手には慣れている、元居酒屋店員の私。酔っ払いの熱い眼差しもにこにこしながらスルーする。
だが、この酔っ払いは頬を染めながら私に告げたのだ。
「そんな綺麗な黒髪は、竜王陛下くらいしかいないだろう」
その言葉に思わず、
「竜王陛下!? 」
聞き返していた。
竜王陛下と聞きながら、クリフさんを思い出す。クリフさんは私と同じような黒髪だが……竜王陛下なわけないだろう。
男性は、頬を染めながら驚いたように私を見る。
「ねぇちゃん、竜王陛下を知らねぇの?
この国の王様だよ。この国が平和なのも、竜王陛下が守ってくださるからだよ
……なんて言っても、俺、後ろ姿しか見たことはないけど!」
「私は姿すら見たことがない!! 」
「そうなんですね!」
竜王陛下か。私には関係のない人なのだろう。
「一度、お目にかかりたいです」
なんて思ってもいない出まかせを吐いておいた。
こうして食堂で働いていると、少しずつこの国のことが分かってくる。情報源は、お客様やスタッフの会話だ。それを要約すると、次のようになる。
“この国は、人間と獣人の住む黒竜国。今私がいるのは、黒竜国の王都ヴェールである。
黒竜国は竜王陛下が治めており、竜王陛下のおかげで人々は平和な日々を過ごしている。”
“なお、竜王陛下は珍しい黒髪である。”
“竜王陛下の姿を見た者は、ほとんどいない。”
この国のことは何となく分かったが、帰る方法は分からない。それどころか、私たちがなぜ召喚されたのかも分からないし、召喚された地が黒竜国の領土内なのかも分からない。
だが、ここ数日暮らしてみて分かった。おそらく、簡単に帰れるようなものでもないのだろう。それどころか、異世界から来た人の話すら聞いたことがない。だからここで暮らしつつ、訪れるチャンスを待つしかないのだ。
(この戦いは、きっと長期戦になるよね)
心の中でそう呟いた。
午後五時半。
「エマちゃん、時間よ。上がっていいよ!」
女将さんが私に告げる。
食堂は徐々に人が増え、これから午後のピークを迎える時間だ。こんな時間に上がるのは申し訳ないが、上がらなければならないのだ。
「エマちゃん。せっかく働いているのに、いつも賄いも食べずに帰っちゃって」
心配そうに言う女将さんに、笑顔で答えていた。
「賄い、いただきたいんです。
でも、クリ……えっと、家族が、私の夕食を準備してくれていて……」
そう。六時になれば、大量の夕食とともにクリフさんがやってくる。だから私は、それまでに家に帰らねばならないのだ。食堂で働いていると断ることも出来るだろうが、クリフさんのことだ、面倒なことを言われるかもしれない。だから私は、クリフさんに黙って仕事をしているのであった。
クリフさんの心遣いは嬉しかったが、いつまでもこのまま世話になるわけにはいかないというのも事実だ。日本で大学生をしていた私は、私の学費のために両親が働いているのも知っているし、生活のために自らバイトもしていた。このままタダ飯を食うわけにはいかないのだ。
(タダほど怖いものはないとも言うしね)
だから、もとの世界に戻れるまで、この世界でも働かなければならないと思い始める。そこで街で求人の広告を見つけ、あれよあれよと言う間に食堂で働くことになったのだ。
日本では、大学生の傍ら、居酒屋でアルバイトをしていた……しかも、社員とも思えるようなシフトで毎日働いていた私は、すぐに食堂の仕事にも慣れることになる。世界は違えど、従業員として求められることは同じだったのだ。
「エマちゃーん、三番のお客さんにお願いねー!」
「はーい!! 」
私は元気よく返事をし、ミートソースパスタが二つ乗せられたお盆を持ち上げる。そして、三番席のお客様にそれを差し出した。
「魔牛のミートソーススパゲティです!
お好みでモヤモヤチーズをおかけください!」
「うわぁー美味しそう」
女性は嬉しそうに声を上げ、前に座る虎の獣人の男性に告げる。
「ねぇねぇ、これならあなたも食べられるんじゃない?」
「うむ、美味そうだ」
「お代わりは無料ですよ!またお声がけください」
元気に告げると、次は後ろのお客様に呼ばれる。
「ねぇちゃん、焼きビール二杯よろしく!」
「はい、かしこまりました!」
私は大きく返事をし、厨房へ戻った。そして、大きなジョッキに並々とビールを注ぐ。こうして無心に働いていると、不安や悲しみを忘れられる。クリフさんの存在すら、忘れてしまいそうだ。
(日本に帰れなかったら、この食堂でずっと働くしかないかな)
なんて、帰れないことを楽観視すらしている自分が信じられなかった。数日前には友人に裏切られ、命の危険を感じていたことすら嘘のように思える。
ビールを持っていくと、すでに酔っ払ったお客様が頬を染めながら私を見る。
「ねぇちゃん。珍しい綺麗な黒髪だな」
「ありがとうございます!」
酔っ払いの相手には慣れている、元居酒屋店員の私。酔っ払いの熱い眼差しもにこにこしながらスルーする。
だが、この酔っ払いは頬を染めながら私に告げたのだ。
「そんな綺麗な黒髪は、竜王陛下くらいしかいないだろう」
その言葉に思わず、
「竜王陛下!? 」
聞き返していた。
竜王陛下と聞きながら、クリフさんを思い出す。クリフさんは私と同じような黒髪だが……竜王陛下なわけないだろう。
男性は、頬を染めながら驚いたように私を見る。
「ねぇちゃん、竜王陛下を知らねぇの?
この国の王様だよ。この国が平和なのも、竜王陛下が守ってくださるからだよ
……なんて言っても、俺、後ろ姿しか見たことはないけど!」
「私は姿すら見たことがない!! 」
「そうなんですね!」
竜王陛下か。私には関係のない人なのだろう。
「一度、お目にかかりたいです」
なんて思ってもいない出まかせを吐いておいた。
こうして食堂で働いていると、少しずつこの国のことが分かってくる。情報源は、お客様やスタッフの会話だ。それを要約すると、次のようになる。
“この国は、人間と獣人の住む黒竜国。今私がいるのは、黒竜国の王都ヴェールである。
黒竜国は竜王陛下が治めており、竜王陛下のおかげで人々は平和な日々を過ごしている。”
“なお、竜王陛下は珍しい黒髪である。”
“竜王陛下の姿を見た者は、ほとんどいない。”
この国のことは何となく分かったが、帰る方法は分からない。それどころか、私たちがなぜ召喚されたのかも分からないし、召喚された地が黒竜国の領土内なのかも分からない。
だが、ここ数日暮らしてみて分かった。おそらく、簡単に帰れるようなものでもないのだろう。それどころか、異世界から来た人の話すら聞いたことがない。だからここで暮らしつつ、訪れるチャンスを待つしかないのだ。
(この戦いは、きっと長期戦になるよね)
心の中でそう呟いた。
午後五時半。
「エマちゃん、時間よ。上がっていいよ!」
女将さんが私に告げる。
食堂は徐々に人が増え、これから午後のピークを迎える時間だ。こんな時間に上がるのは申し訳ないが、上がらなければならないのだ。
「エマちゃん。せっかく働いているのに、いつも賄いも食べずに帰っちゃって」
心配そうに言う女将さんに、笑顔で答えていた。
「賄い、いただきたいんです。
でも、クリ……えっと、家族が、私の夕食を準備してくれていて……」
そう。六時になれば、大量の夕食とともにクリフさんがやってくる。だから私は、それまでに家に帰らねばならないのだ。食堂で働いていると断ることも出来るだろうが、クリフさんのことだ、面倒なことを言われるかもしれない。だから私は、クリフさんに黙って仕事をしているのであった。
92
あなたにおすすめの小説
何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています
鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。
けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。
指示を出さない。
判断を奪わない。
必要以上に関わらない。
「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。
それなのに――
いつの間にか屋敷は落ち着き、
使用人たちは迷わなくなり、
人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。
誰かに依存しない。
誰かを支配しない。
それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。
必要とされなくてもいい。
役に立たなくてもいい。
それでも、ここにいていい。
これは、
「何もしない」ことで壊れなかった関係と、
「奪わない」ことで続いていった日常を描く、
静かでやさしい結婚生活の物語。
転生皇女セラフィナ
秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。
目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。
赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。
皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。
前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。
しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。
一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。
「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」
そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。
言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。
それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。
転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。
※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。
声を聞かせて
はるきりょう
恋愛
動物の声が聞こえる彼女と冷たい第二王子の物語。完成しました。
「……反対されない、というのは、寂しいことだと思いますの。だから…私が反対してさしあげます」
サーシャは最上級の笑顔を浮かべた。そして、思い切り息を吸い込む。
「何でも思い通りいくと思うなよ、くそ王子!!」
「サ、サーシャ様!?」
なりゆきを見守っていたハリオが慌てたようにサーシャの名を呼んだ。一国の王子への暴言は不敬罪で捕まりかねない。けれど、言わずにはいられなかった。
そんなサーシャの言動にユリウスは一瞬目を丸くし、しかしすぐに楽しそうに笑った。
「お前面白いな。本当に気に入った」
小説家になろうサイト様にも掲載してします。
断罪ざまぁも冴えない王子もお断り!~せっかく公爵令嬢に生まれ変わったので、自分好みのイケメン見つけて幸せ目指すことにしました~
古堂 素央
恋愛
【完結】
「なんでわたしを突き落とさないのよ」
学園の廊下で、見知らぬ女生徒に声をかけられた公爵令嬢ハナコ。
階段から転げ落ちたことをきっかけに、ハナコは自分が乙女ゲームの世界に生まれ変わったことを知る。しかもハナコは悪役令嬢のポジションで。
しかしなぜかヒロインそっちのけでぐいぐいハナコに迫ってくる攻略対象の王子。その上、王子は前世でハナコがこっぴどく振った瓶底眼鏡の山田そっくりで。
ギロチンエンドか瓶底眼鏡とゴールインするか。選択を迫られる中、他の攻略対象の好感度まで上がっていって!?
悪役令嬢? 断罪ざまぁ? いいえ、冴えない王子と結ばれるくらいなら、ノシつけてヒロインに押しつけます!
黒ヒロインの陰謀を交わしつつ、無事ハナコは王子の魔の手から逃げ切ることはできるのか!?
学園では婚約者に冷遇されていますが、有能なので全く気になりません。〜学園でお山の大将されてても、王宮では私の方が有能ですから〜
織り子
恋愛
王都カラディナにある国立魔術学園では、満十六歳の生徒たちの社交界デビューを兼ねた盛大なパーティーが開かれていた。
侯爵令嬢タレイア・オルトランは、婚約者である第二王子アスラン・オグセリアの迎えを待つも、結局ひとりで会場へ向かうことになる。
学園では身分の差がないとはいえ、アスランが公然とタレイアを侮辱し続けてきたことで、彼女は生徒たちから冷笑と蔑視の的となっていた。しかしタレイアは、王城で政務を担ってきた聡明さと矜持を失わず、毅然と振る舞う。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
【完結】婚約者の真実の愛探しのお手伝い。私たち、愛のキューピッドなんです?
buchi
恋愛
家の都合で決められた婚約者の扱いがひどい。招待状は無視する、学園では目も合わさない。メガネっ子の私になんか、関心がないんだと思っていました。それならいっそ解放して欲しいものです。と、思っていたら、婚約者は真実の愛を求めてパーティ会場で婚約破棄! でも、事情もあったみたい。元婚約者には幸せになって欲しい。私、彼の真実の愛探しを一生懸命お手伝いしました。知り合いのご令嬢も紹介しましたのよ? だのに強硬に再婚約を迫られて大弱り。一度婚約破棄されたら戻すのなんか至難の業。母だって、私のために他の縁談を探してますし、彼の友達だって私に親身になって寄り添ってくれたり。これはそんな私たちの愛と友情(と下心)の物語です! 12万字くらい。58話。単純な恋愛物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる