全てを失った私が、黒竜王の最愛になるまで

湊一桜

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第一章

仕事に生きようと思います

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 それから、クリフさんは食事の時間になると、いつも大量の料理とともに私を訪れるようになった。クリフさんに惚れてはいけないと思いつつも、一緒に食事が出来るのが嬉しかった。私は、召喚された見知らぬ世界でひとりぼっちになってしまった。だが、もうひとりぼっちではないのだと思い知る。

 クリフさんの心遣いは嬉しかったが、いつまでもこのまま世話になるわけにはいかないというのも事実だ。日本で大学生をしていた私は、私の学費のために両親が働いているのも知っているし、生活のために自らバイトもしていた。このままタダ飯を食うわけにはいかないのだ。

 (タダほど怖いものはないとも言うしね)

 だから、もとの世界に戻れるまで、この世界でも働かなければならないと思い始める。そこで街で求人の広告を見つけ、あれよあれよと言う間に食堂で働くことになったのだ。

 日本では、大学生の傍ら、居酒屋でアルバイトをしていた……しかも、社員とも思えるようなシフトで毎日働いていた私は、すぐに食堂の仕事にも慣れることになる。世界は違えど、従業員として求められることは同じだったのだ。




「エマちゃーん、三番のお客さんにお願いねー!」

「はーい!! 」

 私は元気よく返事をし、ミートソースパスタが二つ乗せられたお盆を持ち上げる。そして、三番席のお客様にそれを差し出した。

「魔牛のミートソーススパゲティです!
 お好みでモヤモヤチーズをおかけください!」

「うわぁー美味しそう」

 女性は嬉しそうに声を上げ、前に座る虎の獣人の男性に告げる。

「ねぇねぇ、これならあなたも食べられるんじゃない?」

「うむ、美味そうだ」

「お代わりは無料ですよ!またお声がけください」

 元気に告げると、次は後ろのお客様に呼ばれる。

「ねぇちゃん、焼きビール二杯よろしく!」

「はい、かしこまりました!」

 私は大きく返事をし、厨房へ戻った。そして、大きなジョッキに並々とビールを注ぐ。こうして無心に働いていると、不安や悲しみを忘れられる。クリフさんの存在すら、忘れてしまいそうだ。

 (日本に帰れなかったら、この食堂でずっと働くしかないかな)

 なんて、帰れないことを楽観視すらしている自分が信じられなかった。数日前には友人に裏切られ、命の危険を感じていたことすら嘘のように思える。


 
 ビールを持っていくと、すでに酔っ払ったお客様が頬を染めながら私を見る。

「ねぇちゃん。珍しい綺麗な黒髪だな」

「ありがとうございます!」

 酔っ払いの相手には慣れている、元居酒屋店員の私。酔っ払いの熱い眼差しもにこにこしながらスルーする。
 だが、この酔っ払いは頬を染めながら私に告げたのだ。

「そんな綺麗な黒髪は、竜王陛下くらいしかいないだろう」

 その言葉に思わず、

「竜王陛下!? 」

聞き返していた。

 竜王陛下と聞きながら、クリフさんを思い出す。クリフさんは私と同じような黒髪だが……竜王陛下なわけないだろう。

 男性は、頬を染めながら驚いたように私を見る。

「ねぇちゃん、竜王陛下を知らねぇの?
 この国の王様だよ。この国が平和なのも、竜王陛下が守ってくださるからだよ
 ……なんて言っても、俺、後ろ姿しか見たことはないけど!」

「私は姿すら見たことがない!! 」

「そうなんですね!」

 竜王陛下か。私には関係のない人なのだろう。

「一度、お目にかかりたいです」

 なんて思ってもいない出まかせを吐いておいた。



 こうして食堂で働いていると、少しずつこの国のことが分かってくる。情報源は、お客様やスタッフの会話だ。それを要約すると、次のようになる。

 “この国は、人間と獣人の住む黒竜国。今私がいるのは、黒竜国の王都ヴェールである。
 黒竜国は竜王陛下が治めており、竜王陛下のおかげで人々は平和な日々を過ごしている。”

“なお、竜王陛下は珍しい黒髪である。”

“竜王陛下の姿を見た者は、ほとんどいない。”

 この国のことは何となく分かったが、帰る方法は分からない。それどころか、私たちがなぜ召喚されたのかも分からないし、召喚された地が黒竜国の領土内なのかも分からない。
 だが、ここ数日暮らしてみて分かった。おそらく、簡単に帰れるようなものでもないのだろう。それどころか、異世界から来た人の話すら聞いたことがない。だからここで暮らしつつ、訪れるチャンスを待つしかないのだ。

 (この戦いは、きっと長期戦になるよね)

 心の中でそう呟いた。




 午後五時半。

「エマちゃん、時間よ。上がっていいよ!」

 女将さんが私に告げる。
 食堂は徐々に人が増え、これから午後のピークを迎える時間だ。こんな時間に上がるのは申し訳ないが、上がらなければならないのだ。

「エマちゃん。せっかく働いているのに、いつも賄いも食べずに帰っちゃって」

 心配そうに言う女将さんに、笑顔で答えていた。

「賄い、いただきたいんです。
 でも、クリ……えっと、家族が、私の夕食を準備してくれていて……」

 そう。六時になれば、大量の夕食とともにクリフさんがやってくる。だから私は、それまでに家に帰らねばならないのだ。食堂で働いていると断ることも出来るだろうが、クリフさんのことだ、面倒なことを言われるかもしれない。だから私は、クリフさんに黙って仕事をしているのであった。


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