全てを失った私が、黒竜王の最愛になるまで

湊一桜

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第一章

仕事の後に、チャラ男参上

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 午後六時。

 何とか家に帰って部屋を整えていると、いつものように扉をノックされる。扉を開けると、やはりいつものように笑顔のクリフさんが立っている。

「エマ、会いたかったよ」

 クリフさんはまるで長年引き裂かれていた恋人のように悲痛な顔をし、私に向かって両手を広げる。だが、その腕の中に飛び込むはずがない。私は豪快にそれを無視し、

「こんばんは、クリフさん」

いつものように笑顔で彼を迎え入れた。そして、容易に触れられないように、テーブルを挟んで反対側に腰を下ろす。

 (チャラ男には、隙を見せないのが一番よ)

 それでも、クリフさんは上機嫌で机の上にご馳走を並べてもらっている。

「今日は、ドラゴンもどき肉のステーキと、ドラゴンもどき卵のスープ。ドラゴンミールをふんだんに盛り込んだパンだ」

 全くもって、謎だ。

ドラゴンもどき? ドラゴンなんて食べてしまっていいんですか? 」

 思わず、黒竜様を思い出して聞いてしまった。まさか、黒竜様を食べるはずがないが、黒竜様と同族を食べるだなんて信じられない。

「何言ってるんだ? 竜もどきだ。
 竜もどきは食用に開発された家畜で、見た目は竜そっくりだが味は濃厚で美味しいんだ」

「わーい。今日はドラゴンのフルコースなんですね」

 思いっきり棒読みの私を見て、クリフさんは目を細める。そして、いつもの甘い声で告げた。

「エマがドラゴンのことを忘れてしまってはいけないと思ってね」

 (意味不明だし、調子が狂う。
 だいいち、こういうチャラくて馴れ馴れしいのは苦手だ)

 私はぷいっとそっぽを向く。すると、クリフさんの甘い態度はさらにエスカレートするのだ。

「そうやって俺のことを邪険に扱うのなら、お仕置きが必要だな」

 ゾッとするような甘い声で囁き立ち上がる。そしてゆっくりと歩み寄り、逃げようとする私の手をぎゅっと掴んだ。

 クリフさんが触れた瞬間、体がぼーっと熱くなる。心地よい熱が流れ、もっと触れていたいと思ってしまう。だが、これに惑わされてはいけない。

 (触れられるのが嫌だから距離を取ったのに、結局また触れられてしまった……
 この心地よさは幻想だ!何かの錯覚だ!! )

 頭の中で必死で言い聞かせるが、それすら出来なくなるほどの幸せが襲ってくる。
 クリフさんはぎゅっと私を抱き寄せ、髪に顔を埋める。私の体は火照って、発火しそうにすらなる。クリフさんなんて嫌なのに、もはや彼のことしか考えられない……

 ……が。

「エマ……」

 クリフさんは私の髪に顔を埋めたまま、不機嫌そうな低い声で聞いた。

「俺に隠れて何やってるんだ?
 エマの髪から、他の男の匂いがプンプンする」

「!!? 」

「俺のエマを奪う奴は、皆焼き殺してやる」

 クリフさんは冗談でも言っているのだろうか。焼き殺すだなんて……日本でそれをすれば、クリフさんはたちまち犯罪者だ。だが、この世界は……この世界では、きっと違う。

「ちょっと待ってください、クリフさん!! 」

 私は慌てて告げる。

「私……男なんて、どうでもいいんです」

「……は? 」

 クリフさんはようやく私を離し、その綺麗な濃紺の瞳で私を見つめる。その瞳は穏やかだが、怒りの炎が見え隠れするようにも思える。

「ただ……このまま働かずに暮らすのはいけないと思って……」

 彼の瞳を前にすると、嘘すら付けなくなる。私はこの美しい獣を前に、弱々しく告げた。

「だから、食堂で働くことにして……」

 その瞬間、

「食堂!? 」

クリフさんは額に手を当ててしゃがみ込んでしまった。どうやら、私が黙って働いていることに、予想以上にショックを受けているようだ。そしてそのまま、ふらふらとよろめきながら私に聞く。

「しょ……食堂ではなくて、し……城で働くとか考えないのか? 」

 だが、城と聞いて拒否反応が出る。竜王陛下がいるという城で働くよりも、庶民的な私にとっては食堂のほうがずっといい。

 (ああいう、堅苦しそうなところは苦手なんだよね)

 そう告げたいが、クリフさんは怒ったりショックを受けたりで忙しそうだ。そして、これ以上刺激すると、さらなる”お仕置き”をされるに違いない。だから、必死に考えて、最善の答え方をする。

「わ、私……生まれた世界でも、食堂で働いていまして……」

「そうなのか……」

 さらにショックを受けるクリフさん。彼は頭を抱えたままボヤいたのだ。

「俺以外の人が、エマの魅力に気付いてしまったら困る……
 食堂みたいな不特定多数が行き交う場所には、どんな男がいるかも分からない」

「大袈裟ですよ!」

 私は笑顔でクリフさんに告げた。

「私なんて、好きだった人に浮気されるような女なんですよ?
 誰も私のことなんて、好きになりませんって!! 」

 そう言いながらもズキッとする。勇輝に裏切られた事実は、ボディーブローのように私を痛めつけている。そして、クリフさんを安心させるために言った言葉が、逆にクリフさんを苛立たせることになるなんて思ってもいなかったのだ。

 クリフさんは、その綺麗な顔にありったけの怒りを込めて私を見た。まるで般若の面のような凄みすら感じる。ゾゾーッと背中を寒気が走った。そして彼は、低い声で言い放ったのだ。

「エマの好きな男だと!?
 そいつのこと、殺してくれるわ!! 」

「ちょ、ちょっと待ってください!! 」

 今のクリフさんからは、本当に殺人をしてもおかしくない殺気を感じる。だから私は慌てて止めていた。

「もう、終わった話なんですから!! 」

  (そう、終わった話なんだ)

 そう思うと、暗い気分も少しだけ明るくなる気がした。
 


 
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