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彼は本当は、武術大会に出て欲しくない
第36話
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待ちに待った武術大会の日がやってきた。ハンスベルク辺境伯領は、普段からは考えられないほどの人で溢れ、賑わっていた。そして、警備に追われる騎士団はいつも以上に忙しそうだ。あちこちで赤とグレーの隊服を着た男性が走り回っている。
早朝、日課のランニングをしていると、
「メリッサ、おはよう!」
見慣れた隊服を着たヒューゴに話しかけられた。ヒューゴは少し疲れた顔をしているが、笑顔で私に告げた。
「武術大会、頑張ってね。僕が非番の時は見に行くから!」
「でも、ヒューゴも休まなきゃいけないでしょう? 」
そう聞くと、疲れた顔のヒューゴは告げる。
「武術大会の間は三日間寝ないつもりだよ。団長だって寝ないっておっしゃっているし」
「そういえば、ジルは武術大会に出ないんだよね? 」
気になっていることを聞く。ジルが去年武術大会に出たということを思い出したのだ。ジルが武術大会に出るとなると、私の優勝は果てしなく遠くなる。だが、プログラムにもジルの名前は無かったのだ。
「過去の大会での優勝者は、もう大会に出られないみたいだよ」
そうなのか。だから、ジルもフリードも出ないのか。彼らが私の相手とならないことは嬉しいが、やはり羨ましくも思ってしまう。私だって、優勝したいのだ。
「今回の優勝候補は、隣国の騎士だって。メリッサとは運良く決勝戦まで戦わない組み合わせだけどね」
「へー、私じゃないんだ」
冗談混じりでヒューゴに告げる。もちろん、誰も私が勝てるだなんて思ってもいないだろうし、一回戦で負けるとさえ思う人もいるだろう。だが、私だって訓練を続けてきた。目指すものはもちろん優勝だが、フリードを悲しませてもいけないと思う。これ以上無理だと思ったら、命を守ることを優先しよう。
私の言葉にヒューゴは苦笑いをする。ヒューゴですら、私が勝てるとは思っていないのだろう。だが、この武術大会で勝算もある。この武術大会は武器の使用や魔術の使用は一切禁止だ。パワー手袋やジャンプ靴が使えないのは惜しいが、普段から武器や魔術を使わない私にとって好都合でもある。
そして何より、私は柔道日本一に近かった女だ。オリンピック出場は確実視され、オリンピックでも金メダルに近かった。また、中学時代には空手で全国大会優勝を飾ったこともある。連日の猛特訓により、私の身体能力はかつてのものに限りなく近付いているのだ。普通の男には負ける気もしない。……なんてこと、誰にも言うつもりはないのだが。
「まぁ、見てなって」
私は笑いながらヒューゴに言う。そして、私の心は前世のように燃え盛っているのだった。
ヒューゴと別れ、ランニングの続きをしていると、
「あら、お姉様」
こんなところで聞くはずもない、一番聞きたくない声がした。気のせいだろうと走り続けようとするが、
「お姉様のくせに、私のことを無視するの? 」
もう一度その声が聞こえ、思わず足を止めてしまった。声のするほうを見ると、ピンク色のフリフリのドレスを着たラファエラが立っている。しかもラファエラは、いかにも強そうな、フリードよりも体格のいい男性と腕を組んでいる。男は俗に言うイケメンでもなく、見たところあまり清潔感はないが、とても強そうだ。ラファエラはこんな大男が好きなのか。ラファエラの好みとしては意外すぎる。
何も言えず、ただ茫然とラファエラを見ている私に、彼女は勝ち誇ったように告げた。
「お姉様、走って汗なんて流して不潔ね。おまけに、武術大会になんて出るのですって? 」
どこからその噂を聞いたのだろう。……まさか、その噂を聞きつけて、この地に来たわけではないよね?
嫌な予感がする。だけど、ラファエラと関わりたくない私は、彼女に背を向けて去ろうとした。そんな私に、
「あら、お姉様、逃げるの? 」
ラファエラは勝ち誇ったように言う。
「お姉様ってやっぱり変わってるわね。武術大会に出て目立ちたいおつもり?
女性として見られないから、そうやって野蛮なことをして価値を見出しているのね」
聞かない、聞かないと思うが、その言葉は呪いのように私の胸を抉る。
「私はこのアダムの救護係として出るわ。アダムは優勝候補よ。まあ、お姉様と対戦することなんてないでしょうが」
そう言って、ラファエラはアダムに寄りかかる。そしてアダムはラファエラをぎゅっと抱き寄せた。
まさか、二人は恋人同士なのだろうか。ラファエラのことだから、美形の位の高い男性にしか関心がないと思っていた。それなのに、よりによってこの清潔感のない大男だ。
そして、ラファエラは救護係など出来るのだろうか。ハイデマリーのような聖女の力はもちろんなく、医術に関しても素人だろうに。全くの謎だ。だが、ラファエラに何かを言っても彼女がヒートアップするだけだから、何も言わない。……私はこうやって、ずっと耐えてきた。
「せいぜい楽しみなさいね。
……あっ、それかここで、アダムにやられて再起不能にされちゃう? 」
ラファエラはアダムに寄りかかり、口元を歪ませて私を見る。そして、ぞっとするような甘い声でアダムに告げた。
「アダム。目の前にいる醜い女を、軽ーく怪我させちゃっていいわよ」
アダムはいやらしく笑い、手をポキポキと鳴らす。そんなアダムを見て、どうしようか本気で迷った。私は大抵大人しくやられていた。それは私のほうが強いのと、素人に技をかけてはいけないと思っていたからだ。だが、アダムは素人ではない。……私、ぶちかましてもいいよね!?
私が構えの姿勢をとった時だった。
「メリッサ、何している」
聞き慣れたフリードの声がする。いつもはフリードの声を聞いてきゅんとするが、今は違う。邪魔しないでよ!と叫びたい。
ラファエラは私の後ろにいるフリードを見て、さらににこりと笑った。
「ごきげんよう、ハンスベルク辺境伯閣下」
それに対して、フリードは何も答えない。ただ守るように、私に手を回す。本当は私がアダムを倒したかったが、こうやって守られるのもいいかもしれない。私には味方がいるのだと思って胸が温かくなる。
「閣下は、私と結婚されなかったことを一生悔やむといいですわ」
ラファエラは口元を歪めてそう吐き、踵を返して去っていった。大男アダムを従えて。そんなラファエラとアダムの後ろ姿を、私たちは黙って見ていた。
早朝、日課のランニングをしていると、
「メリッサ、おはよう!」
見慣れた隊服を着たヒューゴに話しかけられた。ヒューゴは少し疲れた顔をしているが、笑顔で私に告げた。
「武術大会、頑張ってね。僕が非番の時は見に行くから!」
「でも、ヒューゴも休まなきゃいけないでしょう? 」
そう聞くと、疲れた顔のヒューゴは告げる。
「武術大会の間は三日間寝ないつもりだよ。団長だって寝ないっておっしゃっているし」
「そういえば、ジルは武術大会に出ないんだよね? 」
気になっていることを聞く。ジルが去年武術大会に出たということを思い出したのだ。ジルが武術大会に出るとなると、私の優勝は果てしなく遠くなる。だが、プログラムにもジルの名前は無かったのだ。
「過去の大会での優勝者は、もう大会に出られないみたいだよ」
そうなのか。だから、ジルもフリードも出ないのか。彼らが私の相手とならないことは嬉しいが、やはり羨ましくも思ってしまう。私だって、優勝したいのだ。
「今回の優勝候補は、隣国の騎士だって。メリッサとは運良く決勝戦まで戦わない組み合わせだけどね」
「へー、私じゃないんだ」
冗談混じりでヒューゴに告げる。もちろん、誰も私が勝てるだなんて思ってもいないだろうし、一回戦で負けるとさえ思う人もいるだろう。だが、私だって訓練を続けてきた。目指すものはもちろん優勝だが、フリードを悲しませてもいけないと思う。これ以上無理だと思ったら、命を守ることを優先しよう。
私の言葉にヒューゴは苦笑いをする。ヒューゴですら、私が勝てるとは思っていないのだろう。だが、この武術大会で勝算もある。この武術大会は武器の使用や魔術の使用は一切禁止だ。パワー手袋やジャンプ靴が使えないのは惜しいが、普段から武器や魔術を使わない私にとって好都合でもある。
そして何より、私は柔道日本一に近かった女だ。オリンピック出場は確実視され、オリンピックでも金メダルに近かった。また、中学時代には空手で全国大会優勝を飾ったこともある。連日の猛特訓により、私の身体能力はかつてのものに限りなく近付いているのだ。普通の男には負ける気もしない。……なんてこと、誰にも言うつもりはないのだが。
「まぁ、見てなって」
私は笑いながらヒューゴに言う。そして、私の心は前世のように燃え盛っているのだった。
ヒューゴと別れ、ランニングの続きをしていると、
「あら、お姉様」
こんなところで聞くはずもない、一番聞きたくない声がした。気のせいだろうと走り続けようとするが、
「お姉様のくせに、私のことを無視するの? 」
もう一度その声が聞こえ、思わず足を止めてしまった。声のするほうを見ると、ピンク色のフリフリのドレスを着たラファエラが立っている。しかもラファエラは、いかにも強そうな、フリードよりも体格のいい男性と腕を組んでいる。男は俗に言うイケメンでもなく、見たところあまり清潔感はないが、とても強そうだ。ラファエラはこんな大男が好きなのか。ラファエラの好みとしては意外すぎる。
何も言えず、ただ茫然とラファエラを見ている私に、彼女は勝ち誇ったように告げた。
「お姉様、走って汗なんて流して不潔ね。おまけに、武術大会になんて出るのですって? 」
どこからその噂を聞いたのだろう。……まさか、その噂を聞きつけて、この地に来たわけではないよね?
嫌な予感がする。だけど、ラファエラと関わりたくない私は、彼女に背を向けて去ろうとした。そんな私に、
「あら、お姉様、逃げるの? 」
ラファエラは勝ち誇ったように言う。
「お姉様ってやっぱり変わってるわね。武術大会に出て目立ちたいおつもり?
女性として見られないから、そうやって野蛮なことをして価値を見出しているのね」
聞かない、聞かないと思うが、その言葉は呪いのように私の胸を抉る。
「私はこのアダムの救護係として出るわ。アダムは優勝候補よ。まあ、お姉様と対戦することなんてないでしょうが」
そう言って、ラファエラはアダムに寄りかかる。そしてアダムはラファエラをぎゅっと抱き寄せた。
まさか、二人は恋人同士なのだろうか。ラファエラのことだから、美形の位の高い男性にしか関心がないと思っていた。それなのに、よりによってこの清潔感のない大男だ。
そして、ラファエラは救護係など出来るのだろうか。ハイデマリーのような聖女の力はもちろんなく、医術に関しても素人だろうに。全くの謎だ。だが、ラファエラに何かを言っても彼女がヒートアップするだけだから、何も言わない。……私はこうやって、ずっと耐えてきた。
「せいぜい楽しみなさいね。
……あっ、それかここで、アダムにやられて再起不能にされちゃう? 」
ラファエラはアダムに寄りかかり、口元を歪ませて私を見る。そして、ぞっとするような甘い声でアダムに告げた。
「アダム。目の前にいる醜い女を、軽ーく怪我させちゃっていいわよ」
アダムはいやらしく笑い、手をポキポキと鳴らす。そんなアダムを見て、どうしようか本気で迷った。私は大抵大人しくやられていた。それは私のほうが強いのと、素人に技をかけてはいけないと思っていたからだ。だが、アダムは素人ではない。……私、ぶちかましてもいいよね!?
私が構えの姿勢をとった時だった。
「メリッサ、何している」
聞き慣れたフリードの声がする。いつもはフリードの声を聞いてきゅんとするが、今は違う。邪魔しないでよ!と叫びたい。
ラファエラは私の後ろにいるフリードを見て、さらににこりと笑った。
「ごきげんよう、ハンスベルク辺境伯閣下」
それに対して、フリードは何も答えない。ただ守るように、私に手を回す。本当は私がアダムを倒したかったが、こうやって守られるのもいいかもしれない。私には味方がいるのだと思って胸が温かくなる。
「閣下は、私と結婚されなかったことを一生悔やむといいですわ」
ラファエラは口元を歪めてそう吐き、踵を返して去っていった。大男アダムを従えて。そんなラファエラとアダムの後ろ姿を、私たちは黙って見ていた。
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