悪役令息とは結婚したくないので、男装して恋愛工作に励みます

湊一桜

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1. 突然求婚されても困ります!

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 私は、手紙を持って震えていた。その手紙には、綺麗な男性の文字でこう書かれている。


『セシリアへ

 このたび、俺は君と結婚しようと思う。
 君のご両親にも挨拶をし、結婚を前向きに考えてくださっている。
 近々、正式に挨拶に伺う。

 君の愛しい、ルーカス・トラスター』


 何これ……何かの悪戯としか思えない。もちろんルーカスのことは知っているが、急にこんな手紙を送ってくるだなんて考えられない。私は誰かに嵌められたのだろうか。




「セシリアー」

 階下から、お母様が私を呼ぶ声がする。私は手紙をクローゼットに押し込み、急いで階段を降りた。

「セシリア、パンとミルクが無くなったわ。
 おつかい頼めるかしら」

 お母様はいつもと同じように私に話しかけ、いつもと同じように財布とバッグを私に差し出す。その様子に安心しつつ、差し出されたバッグを受け取った。

「マロンの散歩もよろしくね」

「はーい」

 私は、愛犬マロンをリードで繋ぐ。外に連れ出してもらえると分かったマロンは大興奮だ。そのもふもふの体をくねらせ、ちぎれそうなほど尻尾を振る。

「ほら、マロン、暴れないの!」

 マロンの前にかがむと、ぺろぺろと顔を舐め回される。可愛いマロンは、私の癒やしだ。こうやってマロンと戯れている私に、お母様は告げる。

「寂しくなるわね」

「……え? 」

 思わず聞き返してしまう。私の頭の中には、ルーカスからの手紙が思い浮かんだ。まさかとは思うが……

「セシリアは優しい自慢の娘だもの。
 トラスター公爵令息と結婚出来るなんて、あなたは幸せ者だわ」

 お母様はうっとりとした表情で私を見つめる。その様子は、嘘を言っているようには思えない。

「ち、ちょっと待って、お母様……」

 私の声は震えている。そして、その震える声で聞いていた。

「な、何その話!? 」


 お母様まで知っているのなら、あの手紙の通り、本当に結婚の依頼があったのかもしれない。それか、トラスター公爵やルーカスを名乗る偽物から連絡があったのかもしれない。いずれにせよ、おかしすぎるのだ。

「セシリア、あなたもトラスター公爵令息から手紙をもらったでしょう? 」

 お母様は嬉しそうに言うが、浮かれすぎだ。私は怪訝な顔で、お母様に告げていた。

「手紙はもらったけど……私が最後にルーカス様に会ったのは、もう八年前だわ。

 それに、お父様はもう爵位を剥奪されているわ。私みたいな平民が、公爵令息と結婚するなんて、おかしな話だと思うの」


 そう。詳細は知らないが、私のお父様は伯爵の爵位を剥奪された。誰かに嵌められたとお兄様から聞いている。つまり私はもう、平民なのだ。

 この国には平民と貴族の結婚に関する厳密な決まりはないが、平民が貴族と結婚するなんてごく稀なことだ。ましてや公爵だ。周りからの反対や批判もすごいだろう。

「とにかく、私はルーカス様と結婚なんてするつもりはないわ」



 どうせするのなら、好きな人と結婚をしたい。身分だけやたら高い、八年も会っていないルーカスなんてごめんだ。さらに言うと、ルーカスと結婚すると、気苦労も耐えないだろう。私は平民なのだから、平民らしい結婚をしたい。ルーカスだって、いちいち私なんかと結婚しなくてもいいのに。もっと身分に合った、私よりもずっと綺麗な令嬢だっているだろう。

「お母様も浮かれていないで、現実を見ましょうよ」

 そう言い残して、マロンを連れて家を出た。




 マロンを連れて、森の中の一本道を歩く。時折野鳥や動物の声が響くが、たいして気にもならない。

 お父様が爵位を剥奪されてから、八年も私たちはこの森の中の一軒家に住んでいる。はじめは森が不気味で怖かったが、八年も過ごせば慣れたものである。むしろ、今は八年前の立派な館に住んでいた頃の記憶が、少しずつおぼろげになってきている。

 たくさんの使用人に囲まれ、三食豪華な食事が出てくる。欲しいものはなんでも買ってもらえ、話題と言ったら貴族の令息の話や社交界の話……あの頃はそれで幸せだったが、今の森での暮らしも悪くない。お金はないが、優しい家族に囲まれて温かい時間を過ごす。それで満足なのだ。


「マロン」

 私はもふもふのぬいぐるみのようなマロンの横に座り込む。そしてマロンに話しかけた。

「私は今の暮らしで満足なのよ。マロンもそう思うでしょ? 」

 こうして私は、街にある店へ、いつものように向かったのだ。

 
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