悪役令息とは結婚したくないので、男装して恋愛工作に励みます

湊一桜

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15. 見つかってしまった……

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 私はシャワールームで足を洗いながらため息をついた。脱衣場には、放り投げたスラックスとカツラ、丸眼鏡が落ちている。なんだか酷く疲れたし、ルーカスに令嬢を仕向けるのは至難の業だった。おまけに、お兄様だけいい思いをしてしまって……ずるい。私はこんなにも上手くいかないのに。

 鏡を見ると、久しぶりに見る長い髪の私が、こっちを見返していた。今の私は化粧っ気もなく、とても地味だ。あの煌びやかな令嬢を見た後に自分を見ると、酷く惨めな気持ちになる。こんなボロボロの私を見せれば、ルーカスは嫌いになるのかな、なんて思ったりもした。

 ルーカスだって、意味不明だ。足を洗って出直せだなんて。だから私は、こうやって足を洗っている。



 鏡を見て再びため息を吐いた時……不意に、シャワールームの扉がガチャガチャと音を立てた。私は慌てて飛び上がり、近くにかけてあったスカートを身につける。その瞬間扉が開き、入ってきたのはなんとジョエル様だった。

 やばい!ジョエル様にバレてしまう!!
 セリオがセシリアだとバレたら、私はどうなってしまうのだろう!!

 体に震えが走った。一刻も早く隠れたいのに、シャワールームの中には隠れる場所もない。

 


 シャワールームにぽつんと立つ私を、ジョエル様はしっかりと見つめた。どうしよう、なんて言い訳しようと必死に考える私に、ジョエル様は驚いたように告げた。

「こんなところで、何をされているんですか? 」

 ……えっ!?

「さぁ、皆のところに帰りますよ」

 ちょっと待ってください、なんて言う間もなく、ジョエル様は私の手を引く。そして私は否応なくホールへと連れ戻されてしまった。この、使用人のブラウスとシャワールームにかけてあった所有者不明のスカートを穿いて。

 こんな姿、誰にも見られたくない。もちろん美しくないからだし、バレてしまうから。私が大嘘をついていることがバレたら、使用人たちからも白い目で見られ、ルーカスにも愛想を尽かされるだろう。いや、それでルーカスに嫌われたら、しめたものかもしれないが。

「も、申し訳ございません。忘れ物が……」

 ジョエル様にそう言って、慌ててシャワールームに戻ろうとしたが……なぜかシャワールームには鍵がかかっている。そして、中からは男女の声が聞こえた。まさか、シャワールームの中でエッチなことをするわけじゃないよね!? 

 パニックを起こしてシャワールームの扉をガチャガチャとするが、男女は開けてくれない。
 最悪だ。こうなったら帰るしかない!そう思った時だった。

「何している」

 こんな時に絶対に聞きたくない声が背後から聞こえた。きっと彼は私を見て、怒りに震えながら言うのだ。お前、女だったのかと。

 私は下を向きながら、ルーカスに告げる。

「も、申し訳ございません」

 どうかこのまま逃げさせて。どうか気付かないでいて。必死に祈る私に向かって、

「……セシリア」

 彼は私の本当の名前を呼んだ。

 思わず顔を上げてしまった。だってルーカスの声は、普段私をクソチビと呼ぶその声と全然違っていたからだ。とても甘くて切なげで、普段の狂気なんて全く感じられない声だった。

 ルーカスの綺麗な碧眼と視線がぶつかる。彼は切なげに眉を寄せ、口元を歪め、頬を紅潮させている。そんなに感情ダダ漏れの顔で、私を見ないで欲しい。そんな顔で見られると、心が揺らいでしまいそうだ。

 だが、ルーカスに流されてはいけない。どうやらルーカスは私がセシリアだとは気付いているが、セリオだとは思ってもいないようだ。

「お久しぶりです、ルーカス様」

 私はさらっと告げると、ルーカスはさらに悲しげな顔になる。そして不意に私の手を取り、唇を寄せる。ゾッとした私は思わず手を引こうとするが、ルーカスは離してくれない。

「ルーカスでいい。……昔のように接して欲しい」

 そんなに甘く切ない声で言わないで欲しい。普段と別人のようなルーカスを見て、そのギャップにやられてしまいそうだから。

「セシリア、会いたかった」

 私の手を握ったまま、甘くて掠れた声でルーカスが告げる。

「お前がどんないい女になったか想像して、夜も眠れなかった」

「でっ、でも!想像以下でびっくりしたでしょう? 」

 思わず言ってしまった。それもそのはず、私は今や使用人の服に持ち主の分からないスカートを穿いている。カツラを被っていたため、髪も逆立ってボサボサだろう。この空間にいる令嬢に比べたら、哀れなほどに醜い。ここから消えたいと思うほどに。

 それなのに、ルーカスは頬を緩めて告げる。

「綺麗だ」

 ……え!? ルーカスの目は、節穴ですか!?

「想像以上に綺麗で、俺は今戸惑っている」

 どうしてそうなるの? 今の私を見てそんなことを言うのだから、ルーカスはからかっているのだろうか。それとも、馬鹿にしているのだろうか。だが、その真剣で甘い瞳は冗談を言っているようには見えなくて、私は真っ赤な顔で俯いた。

「さあ、セシリア。会えなかった八年分の話をしよう」

 ルーカスは低く甘い声でそう告げ、私の肩を抱く。ルーカスなんて大っ嫌いなのに、こうやって優しくされて、不覚にもドキドキしてしまうのだった。
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