悪役令息とは結婚したくないので、男装して恋愛工作に励みます

湊一桜

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19. 彼の言葉と甘い口付け

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 ルーカスは静かに話しながら、そっと私の髪に触れる。ルーカスの触れた部分が、ちりちりと熱を持つ。

「お前は知らないと思うけど、俺はずっとお前が好きだった」

 知っている。セリオの時に、ルーカスに聞いたから。だが、改めてこうやって言われると胸がきゅんとする。何しろ、セリオとセシリアに対する、ルーカスの態度が違いすぎる。

「子供の頃は、恥ずかしくて好きだと言えなかった。バレないように必死だった。
 でも、お前は急に俺の前からいなくなった」

 ルーカスは悲しそうに私を見る。暴君ルーカスが、こんなにも切なげで泣いてしまいそうな顔をするなんて。そのギャップにもくらくらする。

「俺はお前がいなくなってから後悔した。お前は新たな地で恋に落ち、新たな男と結婚するのだろうと思って。
 
 ……でも、俺は諦められなかった。
 どんな女を見ても、無意識のうちにセシリアと比べてしまう。お前しか俺にはいないと分かった」

 ルーカスは手に取った私の髪に、そっと唇を落とす。そして甘く優しい声で、そっと話す。そういうの、やめて欲しい。いつもとは違うルーカスの様子に、不覚にもドキドキしてしまう。

「そんな時、俺はマルコスが国の騎士団に応募しているという話を聞いた。

 俺は国の騎士団から、マルコスを引き抜いた。それで俺は、マルコスにお前の様子をたくさん聞いた」

 ルーカスに引き抜かれたという話は、お兄様から聞いた。だがお兄様は、私の味方……だと思う。私の味方ではなかったら、変装して屋敷に潜入したら? なんて馬鹿げた提案はしないだろう。屋敷に潜入したからこそ、ルーカスには別の姿があることが分かった。暴君という、今の紳士な態度からは想像出来ないほどの姿が。

「お……お兄様は何て? 」

 思わず聞くと、ルーカスは暗闇の中、儚げな笑顔で笑う。

「セシリアは恋人おらず、森の外れで寂しい生活をしていると。

 それは俺にとって、大チャンスだと思った」

 だから求婚の手紙を送ってきたのか。ルーカスのその気持ちは嬉しいが、ルーカスとの結婚には障害が大きすぎる。私と結婚することによって、ルーカスも多大な影響を受けてしまう。それに、今はこんなに甘やかしてくれるが、明日セリオになった瞬間に、この甘い気持ちは吹っ飛ぶのだろう。

「ごめん、ルーカス。……ルーカスの気持ちは嬉しいんだけど……」

 だけど、結婚は出来ない。そう言おうとした。だが、私の言葉をルーカスは遮る。

「嬉しいなら、どうして結婚したくないんだ!? 
 俺は、お前を手に入れるなら、何でも捨てる覚悟はある。それくらい、お前しか見えていない!」

 ルーカスの素直な言葉が、ぐいぐい胸を抉る。そして、ルーカスから目が離せなくなる。ルーカスのその綺麗な目鼻立ちに見惚れてしまうだけでなく、その必死で優しげな声だとか、甘い瞳だとか、全てに狂わされっぱなしだ。これ以上ルーカスといたら、身が持たない……

「セシリア……」

 低く甘い声で名前が呼ばれる。そして髪に触れていた手は、いつの間にか私の両肩を優しく、だがしっかりと掴んでいる。

「好きだ、セシリア……」

 その澄んだ瞳から、目が離せなくなる。

「俺と結婚してくれ」

 すがるように切ない声で告げ、ルーカスはそっと唇を重ねる。私の気持ちだって伝えていないのに。結婚出来ないと言おうとしたのに。

 一瞬、何が起こったのか分からなかった。ただ、頭がぼーっと真っ白になる。そして、キスされていたと思った時には、キスは深いものへと変わっていた。

 ちょっと待って!
 息が出来ないし、いきなりそんなこと……!!

 私の意識が飛ぶ寸前、ルーカスはようやく唇を離した。熱い吐息が漏れ、ルーカスは熱っぽい瞳で私を見る。まるで獲物を狙う猛獣のようなその瞳に、私の心は危険信号を発している。

 私は肩で息をして、唇を手で覆った。

「初めてだったのに……」

 その声は震えている。

「初めてなのに、あんなキス……ひどい……」

 ルーカスは頬を紅潮させて私を見ている。そして、低い声で静かに言った。

「俺だって初めてだ」

「それなのに、随分慣れているのね」

 ルーカスは嘘でもついているのだろうか。ルーカスのことだから、嘘ということも十分あり得る。私を落とすためなら、ありとあらゆる手段を使ってきそうだ。ルーカスはそういう人だということを忘れていた。

 ルーカスは頬を染めたまま、口元を歪めて告げる。

「初めてだが、イメージトレーニングはよくしている」

「……はぁッ!? 」

「指南書もよく読んでいる」

「あぁッ!! それ以上もう言わないで!」

 私は真っ赤になって顔を覆った。もう……ルーカスの変態!! ルーカスと結婚だなんてことになったら、早々と私の処女は奪われるのだろう。その指南書に沿って。やっぱり無理だ。

「わっ、私、もう帰るね!! 」

 一刻も早く逃げようとする私に、

「また手紙を書くから」

ルーカスは甘く切ない声で告げる。

「それに、花祭りも待っているから」

 ルーカスは再び唇にキスをした。だが、次は軽くて爽やかなキスだ。少し唇が触れただけで、酷く動揺してビクッとしてしまう私がいる。それに……さっきのキスだって、不思議と嫌ではなかった。むしろ体が熱を持ち、ルーカスに触れたいだなんて思ってしまう。私の体はおかしくなってしまったのだろうか。

「本当はお前をはやく抱きたいよ」

 恥ずかしげもなく吐き出されるその言葉に、もう黙って頷くしかなかった。

 私は確実にルーカスに毒されているのだろう。



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