追放された貧乏令嬢ですが、特技を生かして幸せになります。〜前世のスキル《ピアノ》は冷酷将軍様の心にも響くようです〜

湊一桜

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第一章

1. 突然の婚約破棄

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「ごめんなさいね、リアさん」

 前に立つ婚約者パトリック様の右腕には、金髪の美女が絡み付いていた。私はこの美女を知っている。社交の場でひときわ目立っている侯爵令嬢、テレーゼ様だ。彼女は私に見せつけるように彼に身体を密着させ、勝ち誇った顔で告げる。

「パトリック様は、あなたよりもわたくしを選んだの」

 状況が理解出来ない私は、ぽかーんと二人を見つめることしか出来ない。

「そんなわけだから、明日の結婚式、君は参加することが出来ない。僕が結婚するのは君ではなくて、このテレーゼだから」

 それでようやく分かった。これがいわゆる婚約破棄というものだ。だけど、頭が真っ白になって、なんの感情も浮かばない。

 咄嗟に私は

「おめでとうございます」

笑顔で告げた。
 こんな私を、口元を歪めてテレーゼ様が見下ろす。

「彼女、おかしいんじゃないですの? 振られたのに、全然響いていませんわ」

 響いていない、といえば嘘になる。少しずつ、これはまずい状況なのだということを理解し始めている。

 私は貧しいブランニョール男爵家の娘だ。このたび、なんと公爵のパトリック様との縁談をいただいた。パトリック様との結婚により、多額の資金援助と領地の安全が保障されるはずだった。
 私はパトリック様に直接お会いしたことはほとんどない。手紙でやり取りするだけの仲だった。少なくとも手紙の中ではパトリック様は紳士的だった。恋愛感情こそなかったが、まさかこんな目に遭うとは思ってもいなかった。

 そもそも、貧乏男爵令嬢の私が、公爵のパトリック様の結婚相手に選ばれたこと自体が謎だった。両親が必死に働きかけたのかもしれない。だが、結果的に私は婚約破棄をされ、両親を悲しませてしまった。ようやく貧乏から抜け出せると思ったのに……ただ、そのことだけが気がかりだった。

「わたくしのパトリック様を奪ったのだから、それ相応の罰を受けてもらいますわ」

 テレーゼ様は勝ち誇ったように言うが……テレーゼ様が私の婚約者を奪ったのではないだろうか。だが、侯爵令嬢に歯向かうことも出来ないし、騒ぎを起こしたくもない。だから私は、黙って俯く。

「パトリック様。はやくこの泥棒猫を、陛下に突き出しませんか? 
 明日の結婚式まで彼女を野放しにしておくのは、危険だと存じます」

「そうだな」

 パトリック様は守ってくれないかと、一瞬期待してしまった。だが、パトリック様はテレーゼ様にぞっこんだ。私が完全に悪者になっている。

 こうして私は騎士たちに捕らえられ、まるで犯罪者のように陛下の前に突き出された。



「話は聞いている」

 国王陛下は静かに私に告げる。静かに告げるのだが、その声には凛とした響きがある。その声に、思わず身震いした。

「リア・ブランニョール。
 そなたは我が甥パトリック・リョヴァンと婚約者テレーゼの仲を引き裂き、パトリックと偽の婚約関係を結んだ。間違いないな? 」

 少なくとも私は、パトリック様とテレーゼ様が婚約していたことを知らない。だが、私の知らないところで婚約が結ばれていたのかもしれない。否定したい、だが、確かな証拠がないから否定出来ない。万が一陛下の言葉が本当であれば、悪いのは私だ。
 いずれにせよ、パトリック様との関係を過信していた私が悪かったのだ。

「申し訳ありませんでした」

 頭を下げる私を、陛下は冷たい瞳で見下ろす。

「パトリックは可愛い我が甥であり、我が甥を誑かしたそなたを国内に置いておくわけにはいかない。

 よってそなたを、国外追放とする」

 目に涙が浮かぶ。それを悟られないよう、必死で頭を下げ続ける。

「そなたには、この罪を償ってもらわねばならない。
 我が国の隣国は、誰もが知る強国シャンドリー王国だ。現在敵対はしていないが、いつシャンドリー王国が攻め込んでくるか分からない。
 そこで、そなたはシャンドリー王国の軍事総司令官、アンドレ将軍と結婚してもらうことにする」

「えっ!? 」

 思わず顔を上げ、そして慌てて俯く。予想外の言葉に、鼓動が止まってしまいそうなほど早鐘を打つ。

「そなたがシャンドリー王国の将軍と結婚すれば、我が国も安泰だろう。
 もちろん、そなたの父母には報酬を与える」

 私は俯いている頭を、さらに深々と下げた。

 私は罪人とされてしまったが、その罰が隣国の将軍との結婚だ。結婚相手がパトリック様からアンドレ将軍に変わっただけで、状況は何も変わっていない。いずれも、いわゆる『白い結婚』だからだ。

 私がアンドレ将軍と結婚すれば、バリル王国の人々が救われる。おまけに、私の両親だって、責められるどころか報酬がもらえるのだ。こんなに好条件の罰はない。

「陛下、寛大な処罰、ありがとうございます」

 私は思わず告げていた。
 


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