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第一章
16. 少しだけ開かれた、彼の心
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あっという間だった。私たちが踊っているのは最初の数分間で、気付いたら他のゲストも踊っていた。いつの間にか自分に注がれる視線を感じることもなくなり、もう踊るのをやめてもいいのではないかと思い始める。
(私、もうそろそろ美味しいお料理を食べに行きたいです)
だが、アンドレ様は私を話してくれない。ずっとダンスの練習をしていたためか、もちろん踊れるし足を引っ張ることなんてしていないと思うのだが……それでも、自分の役目を果たした私は、早く黒子に徹したいと思ってしまった。こう思うのも、バリル王国での社交の場での経験があるからだ。人々はいつも美しい令嬢にばかり構って、地味で貧しい私なんて、見てもらえない……
「アンドレ様……」
痺れを切らした私は、とうとう彼を見上げて彼の名を呼んでしまった。
至近距離で視線がぶつかる。その菫色の瞳は、まっすぐ私を捉える。だが、不思議にもいつもの拒絶感や冷たさは感じない。そして、男慣れしていない私は、その綺麗な顔にどきんとしてしまった。
一瞬の隙だった。私はアンドレ様の足を引っ張らぬよう、完璧な妻を演じていたのだが……胸が鳴った瞬間、油断して足がふらついてしまった。そのまま、アンドレ様の胸元へと倒れ込む。
(い、いけません!!)
そう思った時には、私はアンドレ様の大きな胸元へとダイブしていた。そしてアンドレ様は、当然のように私を抱き止めてくれている。その礼服に頬を付け、アンドレ様の硬い胸元と爽やかな香りに頭がくらくらする。胸がドキドキして止まらない。
だが、頭の隅でこれはまずいと、今までの経験が警告を発していた。私はアンドレ様の足を引っ張ってしまった。アンドレ様は大層お怒りだろう。
「す、すみません!!」
思わずそう告げ、身を離す。そして、冷たい言葉が私に降りかかるのを待った。
(何を言われても私が悪いのです。
アンドレ様の足を引っ張ってしまったのですから……)
だが、
「君が疲れていることに気付かなかった。
……すまなかった」
アンドレ様の予想外の言葉に、再び彼を見上げてしまう。彼は少し頬を染め、その銀色の髪をかき上げた。相変わらず無表情だが、少なくとも怒りは感じ取れない。
私はホッとして、そして遠慮がちに告げた。
「私こそ、申し訳ありませんでした」
(アンドレ様の言いつけを守れず、足を引っ張って迷惑をかけてしまい、申し訳ありません……)
「君が謝る必要はない」
アンドレ様は、体を離した私をまっすぐに見る。その瞳からはやはり冷たさは消えていて、ホッとすると同時に不安にもなる。
(アンドレ様は何を考えておられるのだろう。
いっそのこと、前みたいに冷たく拒絶してもらえたほうがやりやすいです)
そしてそのまま、彼は告げた。
「この後、俺は君と王族のもとへ結婚の報告に行く。それが終わったら、今日の仕事は終わりだ。
君も今日まで訓練して疲れているだろう。ゆっくり休んで食べたいものを食べるといい」
「はい……」
予想外の言葉に頷いたあと、はっと我に返る。そして、まるで軍隊みたいに深々と頭を下げていた。
「あっ、ありがとうございました!! 」
こんな私を見て、アンドレ様は少しだけ笑った気がした。もしかすると、私の見間違いかもしれないのだが。
アンドレ様の腕に手をかけ、王座のほうへと歩いていく。その間にも、私の頭はフル回転でアンドレ様のことを考えていた。
(私がダンスの猛特訓をしていたこと、アンドレ様は気付いていらっしゃったんだ。
それに……おそらく演技だと思いますが、今日のアンドレ様はいつもよりも優しいです。距離感が近くなった気がします)
それがとても嬉しかった。演技でも、こうして近付いて話をすると、結婚したのだと改めて思った。……ようやく、結婚した実感が湧いてきたのだ。
(だけど、これ以上深入りするのも良くないですよね。
私はこれ以上アンドレ様に迷惑をかけないように、頑張るまでです)
ホールの中でも一段高い場所に、立派な椅子に座っている国王陛下と王族の方々が見える。王冠を被り、赤いマントを身につけている国王陛下を見て、胸がざわついた。
バリル王国では、国王陛下は話を出来るような存在ではなかった。陛下も私のことなんて気にもしなかったが……パトリック様の一件により、私は罪を着せられて国外追放させられた。その記憶があるためか、国王陛下は怖い存在であったのだ。
だが……
「アンドレ、リア。このたびは結婚おめでとう」
シャンドリー王国の国王陛下は、にこやかに私たちを見て、拍手を送ってくださるのだ。おまけに、私なんかの名前を覚えてくださっているなんて、恐れ多い気持ちでいっぱいになる。
アンドレ様は陛下の前に片膝を付いて跪き、私もそれに倣う。
「陛下。お心遣いいただき、深く感謝申し上げます」
慎み深いアンドレ様の言葉に、
「もういい。頭を上げよ、我が甥よ」
陛下は楽しそうに告げた。
(甥!? ……ですか!?)
びっくりして、私まで頭を上げてしまう。アンドレ様が陛下の甥だなんて、私は知らなかった。国軍総指揮官だから、それなりの身分の人だとは分かっていた。だけど、陛下の甥だなんて……!!
思い返せば、パトリック様だってバリル国王陛下の甥だった。そして、バリル国王陛下は、パトリック様を大層可愛がっておられた。万が一私がアンドレ様と揉めれば、あの時と同じようにまずいことになるだろう。だから私は、アンドレ様に不快に思われないように一層頑張らねばならない。背中を冷や汗が伝った。
だが、今のところ、表面上その必要はなさそうだったのだ。
(私、もうそろそろ美味しいお料理を食べに行きたいです)
だが、アンドレ様は私を話してくれない。ずっとダンスの練習をしていたためか、もちろん踊れるし足を引っ張ることなんてしていないと思うのだが……それでも、自分の役目を果たした私は、早く黒子に徹したいと思ってしまった。こう思うのも、バリル王国での社交の場での経験があるからだ。人々はいつも美しい令嬢にばかり構って、地味で貧しい私なんて、見てもらえない……
「アンドレ様……」
痺れを切らした私は、とうとう彼を見上げて彼の名を呼んでしまった。
至近距離で視線がぶつかる。その菫色の瞳は、まっすぐ私を捉える。だが、不思議にもいつもの拒絶感や冷たさは感じない。そして、男慣れしていない私は、その綺麗な顔にどきんとしてしまった。
一瞬の隙だった。私はアンドレ様の足を引っ張らぬよう、完璧な妻を演じていたのだが……胸が鳴った瞬間、油断して足がふらついてしまった。そのまま、アンドレ様の胸元へと倒れ込む。
(い、いけません!!)
そう思った時には、私はアンドレ様の大きな胸元へとダイブしていた。そしてアンドレ様は、当然のように私を抱き止めてくれている。その礼服に頬を付け、アンドレ様の硬い胸元と爽やかな香りに頭がくらくらする。胸がドキドキして止まらない。
だが、頭の隅でこれはまずいと、今までの経験が警告を発していた。私はアンドレ様の足を引っ張ってしまった。アンドレ様は大層お怒りだろう。
「す、すみません!!」
思わずそう告げ、身を離す。そして、冷たい言葉が私に降りかかるのを待った。
(何を言われても私が悪いのです。
アンドレ様の足を引っ張ってしまったのですから……)
だが、
「君が疲れていることに気付かなかった。
……すまなかった」
アンドレ様の予想外の言葉に、再び彼を見上げてしまう。彼は少し頬を染め、その銀色の髪をかき上げた。相変わらず無表情だが、少なくとも怒りは感じ取れない。
私はホッとして、そして遠慮がちに告げた。
「私こそ、申し訳ありませんでした」
(アンドレ様の言いつけを守れず、足を引っ張って迷惑をかけてしまい、申し訳ありません……)
「君が謝る必要はない」
アンドレ様は、体を離した私をまっすぐに見る。その瞳からはやはり冷たさは消えていて、ホッとすると同時に不安にもなる。
(アンドレ様は何を考えておられるのだろう。
いっそのこと、前みたいに冷たく拒絶してもらえたほうがやりやすいです)
そしてそのまま、彼は告げた。
「この後、俺は君と王族のもとへ結婚の報告に行く。それが終わったら、今日の仕事は終わりだ。
君も今日まで訓練して疲れているだろう。ゆっくり休んで食べたいものを食べるといい」
「はい……」
予想外の言葉に頷いたあと、はっと我に返る。そして、まるで軍隊みたいに深々と頭を下げていた。
「あっ、ありがとうございました!! 」
こんな私を見て、アンドレ様は少しだけ笑った気がした。もしかすると、私の見間違いかもしれないのだが。
アンドレ様の腕に手をかけ、王座のほうへと歩いていく。その間にも、私の頭はフル回転でアンドレ様のことを考えていた。
(私がダンスの猛特訓をしていたこと、アンドレ様は気付いていらっしゃったんだ。
それに……おそらく演技だと思いますが、今日のアンドレ様はいつもよりも優しいです。距離感が近くなった気がします)
それがとても嬉しかった。演技でも、こうして近付いて話をすると、結婚したのだと改めて思った。……ようやく、結婚した実感が湧いてきたのだ。
(だけど、これ以上深入りするのも良くないですよね。
私はこれ以上アンドレ様に迷惑をかけないように、頑張るまでです)
ホールの中でも一段高い場所に、立派な椅子に座っている国王陛下と王族の方々が見える。王冠を被り、赤いマントを身につけている国王陛下を見て、胸がざわついた。
バリル王国では、国王陛下は話を出来るような存在ではなかった。陛下も私のことなんて気にもしなかったが……パトリック様の一件により、私は罪を着せられて国外追放させられた。その記憶があるためか、国王陛下は怖い存在であったのだ。
だが……
「アンドレ、リア。このたびは結婚おめでとう」
シャンドリー王国の国王陛下は、にこやかに私たちを見て、拍手を送ってくださるのだ。おまけに、私なんかの名前を覚えてくださっているなんて、恐れ多い気持ちでいっぱいになる。
アンドレ様は陛下の前に片膝を付いて跪き、私もそれに倣う。
「陛下。お心遣いいただき、深く感謝申し上げます」
慎み深いアンドレ様の言葉に、
「もういい。頭を上げよ、我が甥よ」
陛下は楽しそうに告げた。
(甥!? ……ですか!?)
びっくりして、私まで頭を上げてしまう。アンドレ様が陛下の甥だなんて、私は知らなかった。国軍総指揮官だから、それなりの身分の人だとは分かっていた。だけど、陛下の甥だなんて……!!
思い返せば、パトリック様だってバリル国王陛下の甥だった。そして、バリル国王陛下は、パトリック様を大層可愛がっておられた。万が一私がアンドレ様と揉めれば、あの時と同じようにまずいことになるだろう。だから私は、アンドレ様に不快に思われないように一層頑張らねばならない。背中を冷や汗が伝った。
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