追放された貧乏令嬢ですが、特技を生かして幸せになります。〜前世のスキル《ピアノ》は冷酷将軍様の心にも響くようです〜

湊一桜

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第一章

27. 国境の街にて ーアンドレsideー

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 ここは国境の街。
 広い平原には、至る所で黒い煙が上がっている。そして、焦げついた大地には青黒い鎧の隣国の兵士たちがまだ大勢倒れている。

「アンドレ将軍、あいつら、どうしましょうか? 」

 部下の言葉に、俺は改めて辺りを一瞥した。
 隣国軍の指揮官は捕えられている。平原に横たわっているのは、指揮官の手となり足となり、我が身を犠牲に戦った兵士たちだ。敵とはいえ、彼らにも家族がいる。

「我が軍の負傷者の手当てを最優先に。
 余力があるようであれば、敵軍で酷い傷を負った者も治療に当たれ」

 俺はそう言い放って、隣国軍の指揮官に近付いた。立派な鎧を着た屈強な男は、自らが殺されるかもしれないというのに、抵抗するかのように俺を睨む。軍人でありながらも、俺はこういった視線に弱い。だが、俺はシャンドリー王国の軍事総司令官である。国のために、時には悪魔にならねばならない。

「貴様らは、何のために我が国に押し入ってきた? 」

 俺の質問に、男は敵意を剥き出しにして噛み付くように吐き出した。

「お前らが富を独り占めするから……だから、我が国は貧乏なんだ」

 その言葉は幾度となく聞いてきた。富を独り占めする……か。確かに隣国からすれば、そう見えるかもしれない。だが、今の豊かなシャンドリー王国があるのも、先代の苦労があるからだ。領土を守り、産業を発展させ、治安を安定させたからこそ、今のシャンドリー王国がある。そして俺が出来ることは、この豊かなシャンドリー王国を守りさらに発展させることだ。

「そうやって罪を我々になすりつけている限り、貴国は豊かにならないだろう」

 俺は吐き捨て、部下に命じる。

「こいつらを、地下牢にぶち込んでおけ。捕虜として隣国との交渉に使う」

「そうやって、俺たちの国からなんでも貪り取って!」

 耐えきれず叫んだ男の喉元に、剣の先を突き付けた。鈍く光る刃先を喉元に当てられ、さすがの男も息を呑む。そんな哀れな男に向かって、俺は再び静かに告げた。

「これ以上無駄口を叩くと、命はないと思え」

 そして踵を返して砦へ戻る。我ながら冷たい男だと思う。こういった態度を取るから、冷酷無慈悲だと言われるのだろう。誰に嫌われようが恐れられようが、関係ないと思っていた。だが……こんな俺を見ると、リアは幻滅するだろうか。

 俺はふと足を止め、捕虜たちを引き連れている部下に告げた。

「最低限の食糧は与えよ。
 傷を負っている者は、感染防止のためにも治療するように」


 
 砦に入ると、ようやく戦いから解放されたシャンドリー軍の兵士たちに迎えられる。

「将軍!今回も夢のような戦術でした!」

「将軍!助けてくださってありがとうございます!
 将軍のおかげで命拾いしました!」

 そう言われても、俺だって無敵ではない。自衛隊で鍛えた戦闘の勘と、地道に鍛えた肉体があるだけで、いつ死ぬか分からない人間であることには変わりない。
 ……そう。人間というのは、信じられないほど呆気なく逝ってしまうのだ。

 何気なく目を落とした左手首には、リアが結んでくれたミサンガが付いている。黒い鎧を着ていると、黄色のミサンガはとても目立つ。それを見て、思わず微笑んでいた。

「将軍、変わった飾りですね」

 俺の視線に気付いた部下の言葉に頷く俺。

「ああ。……リアが作ってくれたんだ」

 俺の言葉に、部下たちは驚いたように顔を見合わせていた。そして俺は、それに気付かないふりをして足早に歩く。



 ピアノの曲といいミサンガといい、リアはあの世界の記憶を持つのだろう。リアはどんな生活を送り、何をしていたのだろう。……愛する人はいたのだろうか。
 そんなことを考えると、胸がずきんと痛む。そして、愚かな自分を憎んだ。

 俺は確かにリアに特別な感情を抱いている。だが、ここでリアに惚れてしまえば、香織に合わせる顔はない。俺は人からどう思われようと関係ない、ただ香織だけを愛して生きてきたのだ。
 万が一リアを好きになれば……次はリアを殺してしまうかもしれない。

 (……駄目だ)

 頬を一筋の涙が伝い、慌ててそれを拭った時だった。


「将軍!」

 慌ただしい足音と声が聞こえ、俺は足を止めて振り返る。すると、取り乱した部下がバタバタと走り寄ってきた。

「将軍!バリル王国のリョヴァン公爵から、伝令です」


 (……バリル王国から? )

 嫌な予感がする。俺は手紙を受け取ると、急いでその封を開けた。そして、その白い便箋に書かれていたことは、俺の予想を遥かに凌駕したものだった。

『アンドレ・ルピシエンス将軍

 貴方の妻リアは、私の婚約者だ。返していただきたい。

 パトリック・リョヴァン』
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