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第一章
28. 久しぶりに会う彼に、狂わされっぱなし
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アンドレ様が戦地に赴き、二週間が過ぎている。アンドレ様からの連絡はない。連絡がないということは、元気にされているのだろう。そう信じているが、そろそろ心配になってきた今日この頃。
思い返せば、前世の彼氏慎司だって多忙な人だった。自衛隊の慎司は、度々長期訓練や災害援助などの業務に就いていた。その度に無事でいて欲しいと心配していたが、慎司は元気に帰ってきた。
私はふと、窓の外を見る。昼だというのに、外は薄暗い。今朝からずっと雨が降っているから、お散歩や庭いじりも出来ない。今日は大人しく、アンドレ様にお渡しするミサンガでも作ろうかと思っている時だった。
玄関の扉が荒々しく開く音がした。続いて慌ただしい足音。その足音はどたどたと広間に向かっており……
「リア!」
懐かしい声と同時に広間に彼が駆け込んできた。
見慣れたグレーの隊服を着て、銀色の髪を輝かせている。だが、心なしか顔がやつれている。
(きっと、任務が大変だったのでしょうね。
それでもご無事で安心しました)
アンドレ様はなんだか慌てた様子だが、私は彼を見て心が緩んでしまったようだ。安堵が押し寄せ、頬を緩ませてアンドレ様を見る。
「おかえりなさい、アンドレ様」
ふと見ると、左手首には黄色のミサンガが結ばれている。グレーの隊服を着ると、余計に目立ってしまっている。
(付けていてくださったのですね)
それでも、次からはもう少し目立たない色にしようかと思ってしまった。
アンドレ様は少し眉間に皺を寄せて、ずかずかと私の方へ歩いてくる。最近は憑き物が取れたように穏やかだったのに、久しぶりにこの厳しい顔を見てしまった。それだけ、任務が大変だったに違いない。
私はそう思っているのに……
ずかずかと歩み寄ったアンドレ様は、不意に私の手をぎゅっと掴んだ。不意打ちを喰らった私は、ただ固まってただならぬアンドレ様を眺めるばかり。
アンドレ様はその厳しい顔のまま、切なげに告げた。
「行くな、リア」
「……え? 」
思わず聞き返した私を見て、アンドレ様はハッとした表情になる。そして口元をさらにぎゅっと結んだ。
「いや、何でもない」
そう告げて私の手を離す。不意に手を握られた私は、アンドレ様の手が離れてもドキドキが止まらない。アンドレ様の手の温もりがまだ残っており、手だけでなく顔まで真っ赤になって彼を見つめていた。
アンドレ様はこうも私を動揺させた……いや、アンドレ様だって少なからず動揺していたように見えたのに、今の彼はすっかりいつも通りだ。かつては表情のなかったその端正な口元を少し歪め、目を細めて私に言う。
「ただいま、リア」
その言葉を聞くと、さらに嬉しくなって笑顔になってしまうのだった。
アンドレ様がご無事で良かった。だが、先ほどの不安そうな表情は何だったのだろう。そんなことを考えている私に、アンドレ様は静かに聞く。
「リア。俺はどうしても君に確認をしたいことがある。
少し話をしないか? 」
「……はい、もちろんです」
そう答えながらも、やはりアンドレ様の様子が気になってしまう。彼はいつも通り私には優しいが、どこか不安そうな表情をする。一体、何があったのだろうか。
アンドレ様は時折不安そうな顔をしたまま、私を館の一番奥の部屋へ案内した。紅い絨毯の敷かれた、長い廊下の一番奥の部屋。私はこの部屋へ入ったことはないが、何の部屋かはよく知っている。……アンドレ様の寝室だ。
アンドレ様がゆっくり扉を開けると、百合の花の香りとともに、かすかにアンドレ様の香りがした。その香りに、胸が甘く鳴ってしまったのは言うまでもない。だが、この好意さえもアンドレ様の重荷になっているのは言うまでもない。ましてや、寝室に入ったからといってそういった行為をすることもないのだろう。『白い結婚』として、私はこの気持ちをひっそりと胸に留めておかなければならない。
アンドレ様の寝室は、この館の主に相応しい豪華なものだった。大きなベッドに大きな衣装室。部屋の手前には、立派なソファーとローテーブルまで置かれている。窓際には新鮮なユリの花が生けられており、この部屋に華を添えていた。もちろん部屋は綺麗に片付けられており、主人が留守の間も館の人々が管理していたのだろう。
アンドレ様は私をソファーへと促し、腰を下ろした私の隣に、同じように座った。だけど……
(ちっ……近いです!! )
そう。肘と肘が触れてしまいそうだ。もっと言えば、腕や脚だって……おまけに、アンドレ様の香りがして、さらに頭がくらくらする。
(わ、分かってされているのでしょうか。
で、ですが私は、平静を装わなくては!! )
過呼吸になりそうな私は、大きく深呼吸をする。
(こ、こうしてアンドレ様が隣にいてくださるだけで、わ、私は幸せです……!! )
取り乱しに取り乱している私とは対照的で冷静なアンドレ様が、低い声で告げた。
「国境の街にいた俺の元に、君の故郷からの手紙が届いた。
差出人は、パトリック・リョヴァン公爵」
その名前を聞いた瞬間、ピンク色の気持ちがすーっと冷めていった。そして、反対に恐怖が襲いかかってくる。背中を冷や汗が伝い、体が震えた。
(ぱ、パトリック様が……なぜ!? )
思い返せば、前世の彼氏慎司だって多忙な人だった。自衛隊の慎司は、度々長期訓練や災害援助などの業務に就いていた。その度に無事でいて欲しいと心配していたが、慎司は元気に帰ってきた。
私はふと、窓の外を見る。昼だというのに、外は薄暗い。今朝からずっと雨が降っているから、お散歩や庭いじりも出来ない。今日は大人しく、アンドレ様にお渡しするミサンガでも作ろうかと思っている時だった。
玄関の扉が荒々しく開く音がした。続いて慌ただしい足音。その足音はどたどたと広間に向かっており……
「リア!」
懐かしい声と同時に広間に彼が駆け込んできた。
見慣れたグレーの隊服を着て、銀色の髪を輝かせている。だが、心なしか顔がやつれている。
(きっと、任務が大変だったのでしょうね。
それでもご無事で安心しました)
アンドレ様はなんだか慌てた様子だが、私は彼を見て心が緩んでしまったようだ。安堵が押し寄せ、頬を緩ませてアンドレ様を見る。
「おかえりなさい、アンドレ様」
ふと見ると、左手首には黄色のミサンガが結ばれている。グレーの隊服を着ると、余計に目立ってしまっている。
(付けていてくださったのですね)
それでも、次からはもう少し目立たない色にしようかと思ってしまった。
アンドレ様は少し眉間に皺を寄せて、ずかずかと私の方へ歩いてくる。最近は憑き物が取れたように穏やかだったのに、久しぶりにこの厳しい顔を見てしまった。それだけ、任務が大変だったに違いない。
私はそう思っているのに……
ずかずかと歩み寄ったアンドレ様は、不意に私の手をぎゅっと掴んだ。不意打ちを喰らった私は、ただ固まってただならぬアンドレ様を眺めるばかり。
アンドレ様はその厳しい顔のまま、切なげに告げた。
「行くな、リア」
「……え? 」
思わず聞き返した私を見て、アンドレ様はハッとした表情になる。そして口元をさらにぎゅっと結んだ。
「いや、何でもない」
そう告げて私の手を離す。不意に手を握られた私は、アンドレ様の手が離れてもドキドキが止まらない。アンドレ様の手の温もりがまだ残っており、手だけでなく顔まで真っ赤になって彼を見つめていた。
アンドレ様はこうも私を動揺させた……いや、アンドレ様だって少なからず動揺していたように見えたのに、今の彼はすっかりいつも通りだ。かつては表情のなかったその端正な口元を少し歪め、目を細めて私に言う。
「ただいま、リア」
その言葉を聞くと、さらに嬉しくなって笑顔になってしまうのだった。
アンドレ様がご無事で良かった。だが、先ほどの不安そうな表情は何だったのだろう。そんなことを考えている私に、アンドレ様は静かに聞く。
「リア。俺はどうしても君に確認をしたいことがある。
少し話をしないか? 」
「……はい、もちろんです」
そう答えながらも、やはりアンドレ様の様子が気になってしまう。彼はいつも通り私には優しいが、どこか不安そうな表情をする。一体、何があったのだろうか。
アンドレ様は時折不安そうな顔をしたまま、私を館の一番奥の部屋へ案内した。紅い絨毯の敷かれた、長い廊下の一番奥の部屋。私はこの部屋へ入ったことはないが、何の部屋かはよく知っている。……アンドレ様の寝室だ。
アンドレ様がゆっくり扉を開けると、百合の花の香りとともに、かすかにアンドレ様の香りがした。その香りに、胸が甘く鳴ってしまったのは言うまでもない。だが、この好意さえもアンドレ様の重荷になっているのは言うまでもない。ましてや、寝室に入ったからといってそういった行為をすることもないのだろう。『白い結婚』として、私はこの気持ちをひっそりと胸に留めておかなければならない。
アンドレ様の寝室は、この館の主に相応しい豪華なものだった。大きなベッドに大きな衣装室。部屋の手前には、立派なソファーとローテーブルまで置かれている。窓際には新鮮なユリの花が生けられており、この部屋に華を添えていた。もちろん部屋は綺麗に片付けられており、主人が留守の間も館の人々が管理していたのだろう。
アンドレ様は私をソファーへと促し、腰を下ろした私の隣に、同じように座った。だけど……
(ちっ……近いです!! )
そう。肘と肘が触れてしまいそうだ。もっと言えば、腕や脚だって……おまけに、アンドレ様の香りがして、さらに頭がくらくらする。
(わ、分かってされているのでしょうか。
で、ですが私は、平静を装わなくては!! )
過呼吸になりそうな私は、大きく深呼吸をする。
(こ、こうしてアンドレ様が隣にいてくださるだけで、わ、私は幸せです……!! )
取り乱しに取り乱している私とは対照的で冷静なアンドレ様が、低い声で告げた。
「国境の街にいた俺の元に、君の故郷からの手紙が届いた。
差出人は、パトリック・リョヴァン公爵」
その名前を聞いた瞬間、ピンク色の気持ちがすーっと冷めていった。そして、反対に恐怖が襲いかかってくる。背中を冷や汗が伝い、体が震えた。
(ぱ、パトリック様が……なぜ!? )
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