7 / 16
第七話
しおりを挟む
「ごめん、待った?」からの「ううん、今来たとこ」
おそらく、多くの男子は一度は言ってみたいセリフではなかろうか。
僕は、待ち合わせ1時間前にはすでに準備が整っていた。
身体のラインぴっちりの白Yシャツに、黒いスラックス。そして茶色い革靴。
なんだか、どこかのサラリーマンのような出で立ちだが、それでも今持っている服の中で一番オシャレな格好でアパートを出た。
少しは大人っぽく見えるかもしれない、という下心もある。
アパートからかしわ駅までだいたい15分。
つまり、待ち合わせの45分前には駅に到着する計算になる。
僕はドキドキしながら、出会う前の予行練習をしていた。
「やあ、おはよう」
「今日も可愛いね」
「よく眠れた?」
いろんなセリフをブツブツとつぶやきながら、彼女がそれにどんな反応をするか想像を膨らませる。
想像を膨らませる度に顔がにやけるものだから、きっと道行く人が見たら完全に危ない人に見えるだろう。
「おはよう、誘ってくれてありがとう」
うん、これが一番しっくりくる。
そう思いながら、今日のデートコースも考えていた。
映画と、食事と、ショッピング……etc.
本当は水族館とか遊園地とかも候補にあったけど、デートすらしたことのない僕にとってどこに行って何をするかなんて全然思いつかなかった。
結局、彼女の行きたいところに行くのだろう。
それはそれで、ありだと思っていた。
かしわ駅は、たいして大きな駅ではない。
けれども、この沿線上では急行も止まるし、アパートやマンションも多いので割りと人が多い。
そんな中で、僕は駅前の球体オブジェの前にたどり着くと、時計を見た。
9時13分。
予定よりだいぶ早い。
それでも、女の子を待つという一大イベントの前では、僕は全然気にならなかった。むしろ、こうしてワクワク待っている時間が、新鮮で幸せだった。
「あ!」
ふと、声が聞こえた。
パッと振り向いて愕然とする。
球体オブジェの陰から、春野さんが顔を出してきたのだ。
「早いですね、秋山さん」
「は、は、春野さん!? え、もういたの!? はやくない!?」
時計を確かめると、確かに9時13分。僕の時計が壊れているわけではない。
「そういう秋山さんだって」
「ぼ、僕はその……えーと……」
なんてことだ。
彼女の方が先に着いているなんて。
「ごめん、待った?」からの「ううん、今来たとこ」
見事に撃沈だ。
「その、遅刻しないようにと思って……。春野さんは、いつからいたの?」
「今、来たとこ」
おおうっふ。
逆に言われてしまった。
いつからいたのかわからないが、きっとかなり前からいたに違いない。
彼女は手にしていた本をバッグにしまい込むと、嬉しそうに笑った。
改めて見ると、彼女は恐ろしく可愛かった。
なんてことだ、昨日の比ではない。
いや、昨日は昨日で完璧に近かったけれど、今日はさらにその上をいっていた。
女性の着る服の名称なんてよくわからないけど、全身を白で統一した清楚な印象だった。少し短めのスカートが、僕には眩しい。
「………」
思わず見惚れていると、春野さんがツンツンと僕の腕をつっついてきた。
「どうしました?」
「はわ!? あ、いや、なんでも……」
ない、と言いかけて口をつぐむ。
慣れない相手と出会った時、まずは相手の見た目を褒めてあげよう、というどこぞの雑誌記事を思い出したのだ。
これはもう、褒める要素満載ではないか。
「え、と。その……。か、可愛いですね」
ヤバい、それ以外の言葉が出てこない。
もう少し本を読んでボキャブラリーを詰め込んでおけばよかったと思う。
けれども、彼女は僕の言葉に顔を真っ赤に染めて「ありがとう」と言ってくれた。
そして、続けて言う。
「秋山さんの格好も、大人っぽくて素敵です」
キタコレ!
僕は内心、くうう、と拳を握りしめる。
よかった、この服にして正解だった。
「なんだか私、子どもっぽいですね」
残念そうな顔をする春野さんに、僕は懸命に首を振った。
「ないない! そんなこと、絶対にない! 春野さんは可愛くてきれいで素敵で、非の打ちどころのない完璧な格好だよ! 誰が見ても完全に惚れちゃうよ!」
言った直後、あまりに自分の言葉がストレートすぎたことに気づき、「あ」と口をおさえる。
案の定、春野さんはものすごく恥ずかしそうにうつむいていた。
「ご、ごめん」
何が「ごめん」なんだかわからないが、とりあえず謝る。
彼女も、きっとなんのごめんだかわからないだろうけど「いえ」と返事をした。
「じ、じゃあ、ちょっと早いけど行こっか」
気を取り直してそう言うと、春野さんは「はい」と言ってうなずいた。
彼女とのデートは、驚くほどシンプルだった。
電車に乗り、少し大きめの街へと行く。
そして、そこでプラプラと散策するという何の目的もないデートだった。
でも、普段一人では絶対に入れない店や商店街に行き、そこで目についたものを見て回るのはすごく新鮮だった。
例えばアンティーク屋さん。
一人では絶対に入れない場所も、彼女といれば気兼ねなく入れた。
ショーケースに飾られている年代物のパイプを眺めながら「こんなのでタバコを吸ったらオシャレだね」と言う僕に、彼女は「全然、似合わない」と答える。
逆に、彼女はお城で使われてそうな食器家具に目を奪われていて「こんなので食事をしたらおいしいだろうな」とつぶやくのを僕は「息がつまりそう」と否定して、お互いに笑いあった。
続けて古本屋さん。
全国にあるチェーン店ではなく、個人で経営している古書堂に行った。
春野さんは、いかにも、と思えるような古びた本を引っ張り出しては興味深げに眺めていた。
僕はというと、昔見たアニメのフィルムコミックスがあって興奮した。
「あ、これ観てた!」
という春野さんに親近感を覚え、しばらくそこで昔のアニメ話に花を咲かせていた。
「コホン」
と咳払いする店主に、僕らは時間の経つのも忘れていたことに気が付き、そそくさと店を出てクスクスと笑いあった。
そんな感じで、いろんな店を順番に見て回り、そのすべてを楽しんだ。
本当にすべてが楽しかった。
何気ないひとつひとつが、輝いていた。
恋人同士は時間が経つのを忘れるというけれど、まさにその通りだと思った。
数時間後には僕らはランチを食べるのを忘れていたため、小さな喫茶店にいた。
オシャレを絵にかいたような場所で、昼食とともにスイーツを堪能した。
少しお高いパスタを食べたあと、彼女はザッハトルテ、僕は無難にチーズケーキを注文していた。
「んー、おいしい!」
一口食べるごとにうなる彼女に、僕は自分が食べるのも忘れて見惚れてしまった。
「秋山さんも食べてみます? ものすごくおいしいです!」
その一言にドキッとする。
「い、いいの?」
「もちろん! 本当においしいから秋山さんも食べて」
そう言って、まだ食べていない新しいところを切り取って僕のお皿に移してくれた。
それだけで僕はもう甘くてとろけそうになる。
パクリと一口食べると、ザッハトルテの濃厚な甘さが脳天を突き抜けた。
「な、なにこれ、おいひい……!」
「ね、ね! おいしいよね! ほんとビックリ! こんなにおいしいザッハトルテ初めて」
そう言いながら、「ううーん」と足をばたつかせる春野さんに心ときめく。
彼女は子供っぽいと言っていたけど、確かにそうかもしれない。
目の前の彼女はとても自然体で、心のままに動いている、そんな感じだった。
「秋山さんもチーズケーキ食べて見てください」
春野さんが言う。
その目は、「お前のチーズケーキも食べさせろ」と言っているかのようだった。
「う、うん」
いそいそとフォークで少しさっくりとしたチーズケーキを切り分ける。
これまた濃厚でおいしそうだった。
ごくりと喉を鳴らしながら、パクリと口に入れた。
「どう!?」
春野さんが興味津々で聞いてくる。
「うん、めちゃくちゃおいしい!」
思わず頬っぺたをさすりたくなるほどおいしかった。
ザッハトルテといい、このチーズケーキといい、ここの喫茶店は当たりだ。
「春野さんも食べて」
そう言って、今度は僕のチーズケーキを切り分ける。
彼女はそれをパクリと口に入れた。
モグモグと口を動かす春野さん。
うーん、何を食べても可愛らしい。
じっと眺めていると、彼女は言った。
「んー、最っ高……!」
「でしょ!?」
足だけでなく身体全体でおいしさを表現する春野さんは、見ていて爽快だった。
「不思議だね、こんなにおいしいお店なのに、混んでない」
僕は店員に聞こえないようにひっそりと言いながらチーズケーキを口に運んだ。
もう味なんてわからなかった。
彼女がいれば、どんなものでもおいしく感じられた。
「うん、不思議ね」
「不思議不思議」
僕らはそんなことを言い合いながら、いつまでも喫茶店でスイーツを堪能していた。
おそらく、多くの男子は一度は言ってみたいセリフではなかろうか。
僕は、待ち合わせ1時間前にはすでに準備が整っていた。
身体のラインぴっちりの白Yシャツに、黒いスラックス。そして茶色い革靴。
なんだか、どこかのサラリーマンのような出で立ちだが、それでも今持っている服の中で一番オシャレな格好でアパートを出た。
少しは大人っぽく見えるかもしれない、という下心もある。
アパートからかしわ駅までだいたい15分。
つまり、待ち合わせの45分前には駅に到着する計算になる。
僕はドキドキしながら、出会う前の予行練習をしていた。
「やあ、おはよう」
「今日も可愛いね」
「よく眠れた?」
いろんなセリフをブツブツとつぶやきながら、彼女がそれにどんな反応をするか想像を膨らませる。
想像を膨らませる度に顔がにやけるものだから、きっと道行く人が見たら完全に危ない人に見えるだろう。
「おはよう、誘ってくれてありがとう」
うん、これが一番しっくりくる。
そう思いながら、今日のデートコースも考えていた。
映画と、食事と、ショッピング……etc.
本当は水族館とか遊園地とかも候補にあったけど、デートすらしたことのない僕にとってどこに行って何をするかなんて全然思いつかなかった。
結局、彼女の行きたいところに行くのだろう。
それはそれで、ありだと思っていた。
かしわ駅は、たいして大きな駅ではない。
けれども、この沿線上では急行も止まるし、アパートやマンションも多いので割りと人が多い。
そんな中で、僕は駅前の球体オブジェの前にたどり着くと、時計を見た。
9時13分。
予定よりだいぶ早い。
それでも、女の子を待つという一大イベントの前では、僕は全然気にならなかった。むしろ、こうしてワクワク待っている時間が、新鮮で幸せだった。
「あ!」
ふと、声が聞こえた。
パッと振り向いて愕然とする。
球体オブジェの陰から、春野さんが顔を出してきたのだ。
「早いですね、秋山さん」
「は、は、春野さん!? え、もういたの!? はやくない!?」
時計を確かめると、確かに9時13分。僕の時計が壊れているわけではない。
「そういう秋山さんだって」
「ぼ、僕はその……えーと……」
なんてことだ。
彼女の方が先に着いているなんて。
「ごめん、待った?」からの「ううん、今来たとこ」
見事に撃沈だ。
「その、遅刻しないようにと思って……。春野さんは、いつからいたの?」
「今、来たとこ」
おおうっふ。
逆に言われてしまった。
いつからいたのかわからないが、きっとかなり前からいたに違いない。
彼女は手にしていた本をバッグにしまい込むと、嬉しそうに笑った。
改めて見ると、彼女は恐ろしく可愛かった。
なんてことだ、昨日の比ではない。
いや、昨日は昨日で完璧に近かったけれど、今日はさらにその上をいっていた。
女性の着る服の名称なんてよくわからないけど、全身を白で統一した清楚な印象だった。少し短めのスカートが、僕には眩しい。
「………」
思わず見惚れていると、春野さんがツンツンと僕の腕をつっついてきた。
「どうしました?」
「はわ!? あ、いや、なんでも……」
ない、と言いかけて口をつぐむ。
慣れない相手と出会った時、まずは相手の見た目を褒めてあげよう、というどこぞの雑誌記事を思い出したのだ。
これはもう、褒める要素満載ではないか。
「え、と。その……。か、可愛いですね」
ヤバい、それ以外の言葉が出てこない。
もう少し本を読んでボキャブラリーを詰め込んでおけばよかったと思う。
けれども、彼女は僕の言葉に顔を真っ赤に染めて「ありがとう」と言ってくれた。
そして、続けて言う。
「秋山さんの格好も、大人っぽくて素敵です」
キタコレ!
僕は内心、くうう、と拳を握りしめる。
よかった、この服にして正解だった。
「なんだか私、子どもっぽいですね」
残念そうな顔をする春野さんに、僕は懸命に首を振った。
「ないない! そんなこと、絶対にない! 春野さんは可愛くてきれいで素敵で、非の打ちどころのない完璧な格好だよ! 誰が見ても完全に惚れちゃうよ!」
言った直後、あまりに自分の言葉がストレートすぎたことに気づき、「あ」と口をおさえる。
案の定、春野さんはものすごく恥ずかしそうにうつむいていた。
「ご、ごめん」
何が「ごめん」なんだかわからないが、とりあえず謝る。
彼女も、きっとなんのごめんだかわからないだろうけど「いえ」と返事をした。
「じ、じゃあ、ちょっと早いけど行こっか」
気を取り直してそう言うと、春野さんは「はい」と言ってうなずいた。
彼女とのデートは、驚くほどシンプルだった。
電車に乗り、少し大きめの街へと行く。
そして、そこでプラプラと散策するという何の目的もないデートだった。
でも、普段一人では絶対に入れない店や商店街に行き、そこで目についたものを見て回るのはすごく新鮮だった。
例えばアンティーク屋さん。
一人では絶対に入れない場所も、彼女といれば気兼ねなく入れた。
ショーケースに飾られている年代物のパイプを眺めながら「こんなのでタバコを吸ったらオシャレだね」と言う僕に、彼女は「全然、似合わない」と答える。
逆に、彼女はお城で使われてそうな食器家具に目を奪われていて「こんなので食事をしたらおいしいだろうな」とつぶやくのを僕は「息がつまりそう」と否定して、お互いに笑いあった。
続けて古本屋さん。
全国にあるチェーン店ではなく、個人で経営している古書堂に行った。
春野さんは、いかにも、と思えるような古びた本を引っ張り出しては興味深げに眺めていた。
僕はというと、昔見たアニメのフィルムコミックスがあって興奮した。
「あ、これ観てた!」
という春野さんに親近感を覚え、しばらくそこで昔のアニメ話に花を咲かせていた。
「コホン」
と咳払いする店主に、僕らは時間の経つのも忘れていたことに気が付き、そそくさと店を出てクスクスと笑いあった。
そんな感じで、いろんな店を順番に見て回り、そのすべてを楽しんだ。
本当にすべてが楽しかった。
何気ないひとつひとつが、輝いていた。
恋人同士は時間が経つのを忘れるというけれど、まさにその通りだと思った。
数時間後には僕らはランチを食べるのを忘れていたため、小さな喫茶店にいた。
オシャレを絵にかいたような場所で、昼食とともにスイーツを堪能した。
少しお高いパスタを食べたあと、彼女はザッハトルテ、僕は無難にチーズケーキを注文していた。
「んー、おいしい!」
一口食べるごとにうなる彼女に、僕は自分が食べるのも忘れて見惚れてしまった。
「秋山さんも食べてみます? ものすごくおいしいです!」
その一言にドキッとする。
「い、いいの?」
「もちろん! 本当においしいから秋山さんも食べて」
そう言って、まだ食べていない新しいところを切り取って僕のお皿に移してくれた。
それだけで僕はもう甘くてとろけそうになる。
パクリと一口食べると、ザッハトルテの濃厚な甘さが脳天を突き抜けた。
「な、なにこれ、おいひい……!」
「ね、ね! おいしいよね! ほんとビックリ! こんなにおいしいザッハトルテ初めて」
そう言いながら、「ううーん」と足をばたつかせる春野さんに心ときめく。
彼女は子供っぽいと言っていたけど、確かにそうかもしれない。
目の前の彼女はとても自然体で、心のままに動いている、そんな感じだった。
「秋山さんもチーズケーキ食べて見てください」
春野さんが言う。
その目は、「お前のチーズケーキも食べさせろ」と言っているかのようだった。
「う、うん」
いそいそとフォークで少しさっくりとしたチーズケーキを切り分ける。
これまた濃厚でおいしそうだった。
ごくりと喉を鳴らしながら、パクリと口に入れた。
「どう!?」
春野さんが興味津々で聞いてくる。
「うん、めちゃくちゃおいしい!」
思わず頬っぺたをさすりたくなるほどおいしかった。
ザッハトルテといい、このチーズケーキといい、ここの喫茶店は当たりだ。
「春野さんも食べて」
そう言って、今度は僕のチーズケーキを切り分ける。
彼女はそれをパクリと口に入れた。
モグモグと口を動かす春野さん。
うーん、何を食べても可愛らしい。
じっと眺めていると、彼女は言った。
「んー、最っ高……!」
「でしょ!?」
足だけでなく身体全体でおいしさを表現する春野さんは、見ていて爽快だった。
「不思議だね、こんなにおいしいお店なのに、混んでない」
僕は店員に聞こえないようにひっそりと言いながらチーズケーキを口に運んだ。
もう味なんてわからなかった。
彼女がいれば、どんなものでもおいしく感じられた。
「うん、不思議ね」
「不思議不思議」
僕らはそんなことを言い合いながら、いつまでも喫茶店でスイーツを堪能していた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる