「また会おうね」と手を振る君は、なぜか泣いていた

たこす

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第十二話

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「私は、10年後の未来からきたあなたの妻です」

 めぐるの言葉は、衝撃的だった。
 あまりに現実離れしすぎていて、すとんと胸には落ちてこなかった。
 けれども、今この胸の中にいる彼女は確かに僕よりはるかに年上の彼女だ。

 どういうことかわからずにいると、めぐるは続けた。

「っていっても、実体のない魂みたいなもの。私は10年後、交通事故で死んじゃうから」
「死……」
「ううん、正確には生死の境をさまよっている状態。で、その時にね、神様が現れて言ってくれたの。死ぬ前に何か願い事はないかって」

 どんどん彼女の話す内容がわからなくなってくる。
 魂ってなんだ?
 神様って、なんだ?
 混乱する僕に、彼女はさらに続けた。

「私は神様に願った。すぐると、もう一度恋をしたいって。デートして、おいしいものを食べて、素敵な思い出を作りたいって。そうしたら、過去に飛ばされた。覚えてないと思うけど、すぐるが高校生の時にも会ってるんだよ?」
「高校生の時に?」
「あの時は、私は中学生の姿だった」
「……知らない。覚えてない」

 でも、なんとなく初めて彼女を見た時、初めてではない感じはしていた。
 その記憶があったため、彼女の言葉すべてを否定することはできなかった。

「そうね。神様が、記憶を全部消してしまうから、覚えていないはず」
「記憶を、消される?」
「そう。だって、歴史が変わっちゃうから。私の存在は、なかったことになる。だから、今この世界で生きている本当の私と出会う前の……、つまり今のすぐるとしか会えないの」
「ちょっと待って!」

 僕はガバッと胸に抱いためぐるを引き離すと、その顔を見つめた。

「じ、じゃあ、君との想い出は全部忘れてしまうの!? なかったことになっちゃうの!?」
「……」

 僕の言葉に、彼女は一粒の大きな涙を流した。
 その涙が、僕の言葉を肯定していた。

「……ごめんね。本当にごめん」
「めぐる……」
「あなたの貴重な時間を、私のわがままのために奪ってしまった。本当に、ごめん」

 その言葉に、ハッとした。
 めぐるは……彼女はもしかしたらものすごく苦しんでいたのかもしれない。
 僕とまた恋がしたい、たったひとつのその願いを叶えるために、過去にやってきた。
 けれども、それはすべて幻で、楽しかったことも嬉しかったことも、全部なかったことになる。
 これほど虚しいことはあろうか。

 それはあまりにも悲しくて……、


 残酷だ。


「めぐる。謝らなくていいよ。正直、まだ少し混乱しているけど、僕は君と知り会えてよかった。君と恋人になれてよかった。心からそう思ってる」

 彼女は泣いていた。
 号泣していた。
 姿は大人びているけれど、それだけは変わらないなと思った。

「それで……、いつまでここにいられるの?」

 まだ現実を受け入れ切れていないものの、僕はそう尋ねた。
 それはイコールいつ旅立ってしまうのか、ということになる。
 彼女は言った。

「明日の……18時」
「明日!?」

 また大きな衝撃が僕を襲う。
 明日の18時。つまりはもう24時間を切っている。

「さっき、電話で確認した。予定だと、明日の18時に私は死んじゃうって」
「電話……。あ、この公衆電話」
「うん。この公衆電話は神様ともつながってて、これで毎日18時に未来の私の状態を確認していたの」
「で、電話で……」

 なんてアナログな神様なんだ。
 いや、それよりも。
 僕はあせった。
 彼女といられる時間があと1日足らずと聞いて僕はいてもたってもいられなくなった。

「めぐる! 何か、何かしたいことってある!?」
「え……?」
「君が魂ということは、門限なんてないんだろう?」
「うん。ずっと、この公園で寝てたから」

 なんてことだ。
 僕は天をあおいだ。
 こんなことなら、初めから知っておくべきだった。
 この2週間、魂とはいえ彼女は帰る家もなくずっとこの公園にいたのか。

 公園のベンチで一人寂しく眠るめぐるを想像すると、胸がつまった。

「じゃあさ、僕のアパートに来る?」
「え?」
「ちょっと狭くて汚いけど……。家デートしよう!」

 真剣にお願いする僕に、彼女は少しはにかみながらも「うん」とうなずいてくれた。

「……じゃあ、お呼ばれされちゃおうかな」

 その言葉に、僕はギュッと彼女を抱きしめた。
 年上の女性になっても変わらない。
 僕の、大好きで愛しい恋人。
 彼女が死ぬまであと1日弱。
 正直、まだその実感がわかないけれど、彼女と過ごす最後の貴重な時間を大事に使おうと思った。



 めぐるは、また二十歳の姿に戻って僕の隣に立って歩き出した。

「すぐるは、もう夕飯食べた?」
「ううん、まだ。めぐるは?」
「私も。っていっても魂だから食べなくても平気なんだけどね」
「あ、そうなんだ。あれ? じゃあお金とかはどうしてたの?」
「神様がね、必要な時だけ必要な金額だけポケットに入れてくれた」
「あ、そう」

 なんでも神様、神様か。
 もしかして神様もめぐるのことが好きなんじゃなかろうか。なんて思ってしまった。
 ちょっとだけ神様に嫉妬してしまう。

「できれば、めぐるの手料理が食べたいな」

 他の話が飛びすぎてて何となく聞き逃してしまってけど、彼女は未来の僕の奥さんだという。
 好きな子の手料理は、男の夢だ。
 僕がそう言うと、彼女は顔を輝かせて言った。

「いいよ! 腕によりをかけて振る舞っちゃう!」

 腕によりをかけて。
 素敵過ぎる言葉だ。

「何が食べたい?」
「んー、めぐるが食べたいものでいいよ」
「えー! すぐるが食べたいもの言ってよ」
「じゃあ、せーのでお互いに言ってみようか」
「いいよ。せーの」

 二人同時に出た言葉は「カレー」だった。
 まったく同じ意見で、あまりの嬉しさに二人で笑ってしまった。

 僕らは、スーパーに立ち寄ってカレーの食材を調達した。
 ウキウキ気分で前を歩くめぐると、かごを持ってその後ろを歩く僕。なんとなく新婚さんっぽくて笑いたかったが、これからの運命を考えると複雑だった。

 本当に彼女は死ぬのだろうか。
 僕を騙そうとしてるのではないだろうか。

 10歳も歳をとった彼女を目の前で見たのに、僕はまだ半信半疑だった。

「えーと、じゃがいも、にんじん、たまねぎ……」

 彼女はカレーで使うポピュラーな食材を次々とかごに入れている。
 何気ない日常。
 それが、本当に幸せに思えた。
 未来の自分は、こんな幸せな経験をずっとしているのだろうか。

 めぐるは死ぬことなど気にもしてないようで、楽しげに食材を選んでいた。
 それよりも、だ。
 彼女の食材選びは雑だった。とりあえず、手にしたものを入れていくという感じ。
 野菜ひとつにしても、僕はけっこう鮮度を気にして選ぶほうだけど、彼女はあまりそういうことにはこだわらないようだった。

「あ、あとルー! カレーのルー買わなきゃ!」

 めぐるは思いのほかはしゃいでいた。そんなに手料理を振る舞うことが嬉しいのだろうか。

「未来のすぐるは、全部自分で料理するんだもん。私にも作らせてよって言っても、全然作らせてくれなかったんだから」

 彼女はむくれながらそう教えてくれた。
 未来の自分、何やってんだ。


 ある程度、食材を買い揃えて僕らはアパートへとやってきた。

 築ウン十年のボロアパートだ。
 それでも、まあ、一応きれいに使っているつもりではあった。

「おじゃましまぁす」

 それでもめぐるが入ってくると、少し緊張した。

「うわあ、これが男の一人暮らしかあ」

 その「うわあ」の意味がすごく気になった。
 部屋の中はベッドとテーブルとテレビ、それにオーディオと本棚ですでにいっぱいだ。
 洗濯ものが散乱しているけれど、隅っこに寄せれば問題ない。
 めぐるは特に何も言わなかった。

「じゃあ、すぐに作るね!」

 そう言って、電気コンロ一つしかない小さいキッチンへと向かう。
 一応、鍋もあるけど一人ようの小さいのしかなかった。
 それでも、彼女はそれに水を入れて電気をつけた。

「あ、その前にお米! お米とがないと!」

 そう言って、僕が教えた場所からお米を取り出し、目分量で炊飯ジャーのお釜にお米を入れていった。
 その時点で、僕は「ん?」と思った。

 さらに水を大量に入れてジャラジャラといだかと思えば、その水を捨てることもなくそのままジャーにセットしようとする。
 慌てて僕は止めた。

「いやいや、捨てて! 水捨てて!」
「え? といだ水で炊くんじゃないの?」

 どこのだれ情報だ、と僕は思った。
 未来ではそうなのか?
 いや、もしかして、という大きな不安が僕を包み込む。

 未来の僕は、めぐるに料理を作らせなかったという。なんとなく、その理由がわかってきた。

「めぐるってもしかして料理……」
「うん、したことない」

 おおう。
 僕は顔をひきつらせた。
「めぐるの手料理が食べたい」だなんて、なんて提案をしてしまったんだ。
 けれども「手料理が食べたい」と言った以上、引くに引けなかった。

 結局、お米は僕がとぎ、カレーだけを彼女に任せた。
 いったい、どんな手料理が出て来るのか。不安でいっぱいだった。
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